03(86.03)「左足の法則」

 第3号で早くもページ数が倍になったということは、この勢いで3号ごとに倍になるとすると「ページ数=2の3分のχ乗(χ=号数、χ≧3)」という「メンデルスゾーンの左足の法則」に従い、6号で4ページ、9号で8ページ、12号で16ページとなり、2年後の24号では256ページ、さらに3年後の36号では4096ページで、毎月「広辞苑」2冊分くらい、5年後の60号に至っては104万8576ページという、「ブリタニカ百科事典全27巻」も裸足で逃げ出すという、とんでもないものを作ることになる。

 今はただ、そのことばかりを考えて、頭が痛い毎日なのだ。


04(86.04)「肩甲骨の第2法則」

 ところが、心配には及ばず「左足の法則」は間違っていた。また1ページにもどったからだ。

 ということは、この勢いで、1号ごとにページが半分になるとすると「ページ数=0.5の(χ-4)乗、(χ=号数、χ≧5)」という「ストラヴィンスキーの肩甲骨の第2法則」に従い、6号でハガキ、8号で名刺、10号で切手くらいの大きさになってしまう。20号だと顕微鏡でないと読めなくなる筈だ。

 そんな小さな文字が書けるかどうかを心配している。


08(86.08)「英会話でレッスン」

 週に1度英語で会話をするのだが、日本語に訳すと恐らくこんな感じだ。

「やあ。調子はどうだ」

「偉大だ。こんにちはだ」

「兄弟はどうだ」 

「彼は家だ。家になった」

「それは北海道か」

「いやいやいやいや、家になったのだ」

「そうか。それはよかった」

「いつおまえはところで、来るか日本か」

「3日前だ。日曜日だ」

「ロンドンは焦げたか」

「暑い」

「焦げたのか」

「そうだ」

「うそか」

「そうだ」

「そうか」

「帰るか」

「それは電気だ」

「じゃあな」 

「またな」


31(88.7)「時間がはやい!」

 もう今年の半分が過ぎた。時間の流れが速くなってきていることに気付いているのは私だけではない。「私もそー思う」と言う人が何人もいるからだ。という事は、地球の自転速度、公転速度が速くなっているに違いない。最近、道を歩いていると、遠心力と慣性の法則のせいで、よく西側に転ぶのが何よりの証拠だ。

 ブーニンだって西側に転んだのだから間違いない。


(追伸)発行か遅れてごめんなさい。完璧な理論で証明した様に、なにしろ時間が速くて、一日かけて一行書くのが精一杯で、「編集後記」だけでも、6日もかかってしまうのだから驚いた。


45(89.09)「ボイジャー2号」

 ボイジャー2号は、70億キロ飛んで海王星にたどり着いたのだそうだ。 70億キロなどと漢字混じりで書くと近そうに見えるが、7,000,000,000キ口と書くと、これは大変な距離だとわかる。ましてや7,000,000,000,000メートルだと、めまいがしてくる。さらに700,000,000,000,000センチだと、馬鹿バカしくなってきて、7,000,000,000,000,000ミリだと、読み方を考えるだけで、3日かかってしまう。それ程遠いのだ。

 フル・マラソンを1億6千6百13万3千4百28回走らなければならないのだから、瀬古やらイカンガーやらは裸足で逃げ出すし、アべべだって靴を穿いて逃げ出す始末だ。


60(90.12)「ワープロ様還暦」

 メデ夕くも、ギターランドが60号である。

 60というと、人間なら還暦である訳で、大変なことだ。何かお祝いをしなくてはと思い、赤い座布団の上にギターランドを乗せてみたが、特に喜んだ様子もない。赤い帽子も被らせてみたが、無表情だ。彼自信は特に感慨深いものはないらしい。

 そこで、60号まで発行出来たのも、ワープロ様のお陰であることに気付き、ワープロ様を赤い座布団に乗せてみた。心なしか、印字の時の音が優しくなったような気がする。喜んでいるのかもしれないので、赤い羽織も着せて、キーを叩いてみたら、カーソルが消えて、メモリーが消し飛んだ。

 モ一ロクしていたのだ。


66(91.06)「レコーディングは体力だ!」

 今月「合点承知之助トリオ」でCD用の録音をする。

 大抵のCDなりレコードなりの音楽ソフトは、マルチトラックといって、何回でも録り直しが出来る方法で行う。三人で録音して、もし一人がミスをしても、あとからその人だけがやり直せば良い。あるいはミスした部分だけを録り直してハメ込むことも出来る。

 ところが我々の演奏は、曲中でテンポが変化する場合が多く、マルチ録りだとノリが出ない。音質の問題も絡んで、全て一発録りだ。

 一人ミスれば最初からやり直し。曲の冒頭部でならまだ良いが、あと1小節でおしまい、とかいうあたりでミスったりしたら、恐らく他の二人の白い眼攻撃は避けられない。

 それだけで済めばまだいい。そういうことが、二度、三度と重なったりしようものなら、ウェスタン・ラリアートぐらいは覚悟せねばなるまい。

 とはいえ、何もミスる可能性があるのは私に限ったことではなく、他の二人だって普段のミス発生率は私と同じ3割3部3厘だ。とすれば、録音予定の12曲中8回は私以外のものがミスる計算になる。ラリアートを8発喰らったとしても、8発はこちらからお見舞いできるわけだ。

 やはりこれは体を鍛えておいて、先制攻撃を仕掛けて序盤で決着を付けた方が賢明だ。


69(91.09)「嬬恋コンサート」

 群馬県の嬬恋(つまごい)村という所でコンサー卜をやった。

 午後2時の開演なので、午前11時頃には現地に着いていないと、仕込みが間に合わない。従って、上野を朝7時に出なければならない。従って、横浜を5時半に出なければならない。従って、上大岡を5時に出なければならない。従って、4時半には起床しなくてはならない。

 目覚まし時計の非情な音で、無理やり布団から体をひっぺがし、フラフラと駅に向かう。途中ヤケになって牛乳配達でもしてやろうかと思ったが、やめ、電車に乗り込む。

 予定通り11時に会場に着き、30秒の休憩の後さっそく舞台の仕込みにかかる。

 会場に入ってまず驚いたのが、客席から見て右前方の所に 「来賓席」と書いた短冊をヒラヒラさせているテーブルがあったことだ。過去いろいろとコンサートをやってきたが、来賓席を目撃したのは初めてだったので、3人共気が動転し「今日は運動会も兼ねているのか?」とか「紀子様も来るのか?」とか「始球式もあるのだろうか?」などと口走っていたが、そのようなことは無く、結局最後まで誰もそこには座らなかった。いまだに、あの無人の来賓席は七不思議のひとつとして、我々の間で語り継がれている。

 気を取り直して仕込みを始めようと思ったら、今度はPA(音響装置)がヤバい。恐るおそる上を見上げると、ミラーボールの様な丸いものか2つぶら下がっていて、よく見るとどうもこれがスピーカーらしいという結論に達し、ステージを見ると平安時代末期のものと思われるステレオがある。この2つを併用して、まあ事無きを得たが、音が出たことは七不思議のひとつとして我々の間で語り継がれている。

 ま、無事音も出たし、あとは本番を持つだけとなり、胸を撫で下ろしていると、今度はテレビカメラらしきものがドヤドヤと入りこんできて準備を始めている。群馬テレビで収録するのだそうで、カメラが3台も来た。

 いよいよ本番開始で、コンサートの実行委員長様のご挨拶だ。つかつかと客席前方に歩み出てきた委員長様は、やおらテレビの集音用マイクをつかみ「アーアー」とかやり始めた。中継車の中で、ヘッドフォンを被っていた音声さんが気を失ったのは、まず間違いない。

 無事コンサ-トを終え、聴衆の皆さまも喜んで下さって、トンボがえりで舞い戻って来た一日だった。


73(92.01)「飛行機操縦考」

 飛行機に乗っていて、揺れか激しい時はさすがにコワい。「ガクン」 とか云って急に下降などしたら「そう云えば足下に床らしきものはあるが、本当の地面は8千メートルも下なのだった」などと思い出し、背骨がツララになる。大体が顔も見たことがないアカの他人であるパイロットに命を預けているのだから我ながら大胆な話だ。余程スチュワーデスさんに 「今日のパイロットさんの性格は温厚ですか。連動神経はニブくありませんか。酒は飲んでませんか」と質問しようとも思うが、途中で降ろされると困るのでやめた。仕方がないので勝手に"本日のパイロット分析"というものをしてみることにした。話しの相手は合点承知之肋トリオのH井Y則だ。

「どうも今日の離陸は助走が長かったな」

「うん。途中で一回ギヤダウンしたしな」

「飛行機にギヤってあんのか?」

「最近はオートマかな」

「で、滑走路がなくなりそうになって、慌てて離陸してやんの」

「だって今日の運転手はまだ仮免だぜ」

「なんだ。じゃあこれ路上教習か」

「ま、そうだな。空中教習というか」

「バレてんだよな。すっかり」

「あ一あ。こんなに急ハンドル切っちゃって裏返っちまうぞ」

「きのう、そこのスチュワーデスにフラれて気が立ってんだよな」

「困るよな。私情からめちゃ」

「ほら。あの羽の先っぽのところの点滅する赤いライトもつけ忘れてるよ」

「あーあ。 羽田に着いたらおっこられるぞー」

「ビークかもな」

「スチュワーデス呼んで教えてやろうか」

「いいよいいよ。ほっとこうぜ」

「そーするかァー」・・・・・馬鹿が怖がってもロクなことは考えないという例だ。


79(92.07)「スペイン語料理講座」

 お料理講座でも出てきたが、スペイン語には日本語の語感とよく似た言葉が色々ある。

「バカ」は「牛」で、「アホ」は「ニンニク」だ。

「マグロ」が「豚」だからややこしい。

「イカ」は足がからまるから「カラマル」。

「サル」は「塩」で、「タント」は日本語と同じで「たくさん」のこと。

「トマテ」が「トマト」。

「サルサ」は「ソース」。

「ハモン」は「ハム」だ。

 従ってスペインの料理番組はこんな風になる。

「まずバカとマグロを合挽きにして下さい。そうです。バカはよーく叩いてね。アホは細かく切ってそこに入れましょう。あ。サルもタントね、3匹程。あ、いや小さじ3杯程ね。それとちょっとまて!いや、ちょっとトマテも入れましょう。サルサもね。あ、こらこら踊っちゃいけません。サルサです。サルサ。それからカラマルです。因縁をつけちゃいけません。そーゆー意味ではありません。ハモンしますよ。あ。これ日本語だわ。あはははは」

 そんな番組はない。


86(93.02)「北海道コンサート記しかも地震付き」

 「あ。サイフが無い」

 女満別行きJAS183便に乗り込もうとする直前の、H井Y則のこの発言から旅が始まった。

 「電車の中でスられたかもしれないなー。満員スシ詰めだったしなー。まいったな一。70方位入つてたのになー。しょーかないよなー」

 うちひしがれるH井を 「ま、人生いろいろ。苦あれは楽あり。捨てる神あれば拾う神あり。果報は寝て持て。猿も木から落ちる。カッパの川流れ。損して得取れ。寝耳に水。泣き面に蜂。覆水盆に返らず。くよくよするなよ」となだめつつ、どんどん乗り込む。

  北海道の東半分は私のナワバリなので、機内は知り合いばかりで、肉親まで現われる始末だ。着陸直前に機体を30度程傾けて、 屈斜路湖やら知床連山やら摩周湖やらをお見せするという、運転手さんのイキなはからいがあって、無事女満別空港に到着。

 預けた荷物が回転寿司と化して戻ってくる。

 H井がすかさずバッグの中を調べる。

 「あったわ」の声と共に2方円入りのサイフが現われ、ナグル、ケルの袋叩きの刑に処す。

 途中網走でシースー(寿司)を80個づついただき、一路佐呂間町へと向かう。

 到着後直ちに仕込み作業開始。現地の音響機材の老朽化にてこずるも、なんとか目標のサウンドをクリアし、主催者様でおさななじみのK井君と前夜祭を取り行なう。

 左隣で飲んでいたオジサンが帰る時に「オカンジョ-」とか言つたら、店のオヤジが「680円」と答えたので、全員イスからズリ落ちる。続けざまに右隣のオジサンが「オカンジョー」で、オヤジ「480円」で、再びズリ落ちる。

 そういう店なのだ。

 安心して、カキホタテツブイカ等を5キロ程づつと、ビール8ガロンと、ブランデーの水割りという、ちょっと許し難いものをどんどんいただく。

 宿に引き上げ、去年泊まった時と部屋割りがまったく同じであるというCIAの陰謀としか考えられない状況に甘んじつつも、寝、あっという問に起き、まだ胃の中の80%程を占めているアルコール共を70℃程の温泉で追い出し、いざお仕事だ。

 成人式の記念式典後のアトラクションで演奏する。

 ここまでは良かったのだ。夜の一般向けのコンサートがマズかった。演奏自体がマズかった訳ではない。

 コンサート中に、あの釧路沖地震が起きてしまったのがマズかった。

 「今日はお客さんもノリがいいな。みんなからだがユレてるわ」と思ったら、こっちもユレてた訳で、ステージ頭上の照明はアメリカン・クラッカーのようにスウィングしてるし、客席側の天井のライトもズリスリズリズリと落ちてきている。お客様は数名避難したが、太半は落ち着いていらっしゃる。私達がニゲれぱ、皆もニゲてしまうだろうし、パニックになってはいけないので、じっとガマンしていた訳だ。

 ふと横を見るとH井Y則は堂々として、落ち着きはらっている。「なるほど。晋段は人サウガセな奴だが、イザという時はしっかりしているのだなあ」と感心してしまったが、いつまでたっても立ち上がらない。

 失神していたのだ。

 その後コンサートも再開し、皆「地震友達」という連帯感も生まれ、終演。主催者様の後夜祭しかもカラオケ付きをクリアし、宿に戻りL、寝起き空港飛行機バス電車の順で横浜にたどり着き、現在に至る。



94(93.10)「日付変更線の怪」

 日本からハワイに向かうと、日付変更線を越えるので日付が1日戻ることになる。

 日本が10日だったらハワイは9日だ。

  だったら、ものスゴイ速さでハワイを飛び越え、アメリカ、大西洋、ヨーロッパ、アジアと回って、もう一回日本方面から日付変更線を越えたら8日になるのか。 そのままグルグル回つたら7日、6日、 5日と過去に戻るのか。若返つちやうのか。 ど一してくれるのよ、そこんとこ。という内容の質問をされた。友人H井Y則からである。

 余りにも盲点を突いた質問であったので、ちょっと動揺してしまい、自信の無いままに「日付変更線は 『1日に付き1回のみ有効』って決まってんだよ。国連で」とか答えてしまったが、どうも不思議だ。

 もし本当にどんどん逆戻りしてしまうのだったら、何も赤道付近を"ものスゴイ速さ"で飛ばなくても、南極点とか北極点の回りをグルグル歩けばいいことになるから、植村直巳さんなんか自在に若返ったり、年取ったり出来た筈だ。

 いろんな人にも聞いてみたが、なかなかこれだという答はない。中でもスゴかったのは生徒さんのM山K子さんの「やってみないとわからない」というもので、あやうく納得しそうになってしまった。

 ところが、なんとその謎が解けてしまったのだ。KGS教務部地球物理学担当の0橋T和教授が実に明快な答を出してくれたのだ。

 このパラドックスの謎の答が知りたい人は、地球儀持参で教授に質問するように。


109(95.01)「十二支」

 「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」であるから、今年の「亥」は十二支の一番最後なのだ。

 しかし数ある動物の中から、何故この12種類が選ばれたのだろうか。別に他のモンでも良かったのになあ。

 このメンツからすれば「熊」なんか居ても良さそうだし、きっと発祥は中国だろうから「パンダ」でもいい。「子」が居るのだから「猫」も入れないと「トムとジェリー」が成り立たない。ディズニー方面から見れば「ミッキーマウスとドナルドダック」の関係で「アヒル」も外せないな。北京ダックもからんでるし。「丑午未酉」あたりは家畜系でまとまってるから、まあ納得出来るが、“家畜の王様”とも云われる「豚」を外したのはちょっとマズかったな。親戚ってえことで「亥」が選ばれたのかな。あとは「寅」があって「ライオン」がないのはヤバい。西武のツツミからクレームが出る。「巳」がいいんなら「鰻」もいい筈だ。「卯」があって「亀」がないと、イソップの立場がないし、「亀」が出て「鶴」を外すと縁起系方面で問題がある。また「申」があって「蟹」がないと昔話が出来ない。「戌」は、まあそこら辺にゴロゴロ居るからいいと思うが、せっかくだったら「ハイエナ」とかの方が生命力がありそうでいいな。それと「辰」なんかは架空の動物だ。そんなのがユルサれるんだったら「ユニコーン」とか「ヤマタノオロチ」とか「ツチノコ」とか「人魚」とか「河童」とか「ゴジラ」とか「砂かけババア」とか「キングギドラ」とか、何でもよくなる。

 その辺でまとめてみると「パンダ猫アヒル豚ライオン鰻亀鶴蟹ハイエナユニコーンヤマタノオロチツチノコ人魚河童ゴジラ砂かけババアキングギドラ」で十八支だ。

 あ。言いにくいんだわ、これ。 


110(95.02)「見慣れない人」

 最近家で見慣れない人をよく見かけるのだが、これがまたよく眠る人で、ほぼ一日中横になっている。そのダラケ具合がちょっと目に余るので忠告することにした。

「あなたってぇ人は何ですか。え。突然人ン家に住み着いちゃったと思ったら、一日中ゴロゴロごろごろして。少しは起きて仕事とか運動とか、そーいうことをしたらどうなんですか。せめて挨拶くらいしなさい。そんな泣いたってだめです。あ。こんだぁ急にニヤニヤしちゃって。」

 頭にきて力ずくで追い出そうとしたら「生後2ヶ月の赤ちゃん相手にバカなことばかり言ってないで、とっとと仕事かなんかしなさい」と息子と娘の母親ににシカラれてしまった私。


111(95.3)「ひな祭り」

 3月は「ひな祭り」で決まりだ。

 連想ゲームでも「3月→ヤマメ解禁→釣り人いっぱい→釣れない→暇な釣り→ひな祭り」となるから間違いない。

 私は全員男の二人兄弟だし、生まれてから33年間ずーっと硬派で過ごしてきたせいもあってか、去年までは「ひな祭り」など、全く縁が無かった。それがどうしたことか、今年は何故か無性に「雛人形」を買いたくなって、ヤもタテもたまらず「雛人形ショップ」に走り込んでしまった。

「ま。こんくらいあれば、凡月だか西玉だかの豪華32段飾りぐらいは買えるだろう」と思って数枚の1万円札を握りしめていったのだが、何と一番安いのでもその枚数の倍の値札が付いているのだ。きっとこれはビックリさせようとして、ワザと高いものばかりを並べているのだろうと思い、ショップのおじさんに訊いてみた。

「まったくもう、こんな高いのばかり並べちゃって。あるんでしょ、この半分くらいの値段の。ね。早くソーコから出してきてよ。ね」

「ない」

 おじさんの冷たい返事が返ってきた。

「いや。そんな冷たいこと云わないで。ね。ゼータクは云わないから、豪華16段飾りぐらいでいいから。ね。ね」

「ない」

「じゃ、ほら、あの三人官女ってえの二人にしてもらってもいいから。それと五人囃子も、えーい一人でいいや。ナガシみたいで。ね。早くソーコから持ってきて。ね。ね」

「ない」

 あきらめて別のショップを探すことにした。あった、あった。

「ください。その豪華1段飾りで、板持ってる男子と扇子持ってる女子が二人で座ってるやつ」

「はあ。この親王飾りですね。まいど」

 かくしてやっと私にも「ひな祭り」がやってくる。


112(95.04)「数量呼称一覧」

 「数量呼称一覧」というものが国語辞典のうしろの方に載っている。要するにモノの数え方の話だ。

「いか」は「一杯」と数えるが、昔の人はイカに液体を入れて飲んでいたのだろうか。その頃から「いか徳利」があったのかなあ。

「うさぎ」は「一羽」だが、ぴょんぴょん跳ぶから鳥の仲間にしてしまったのだろう。だったら「ノミ」も「一羽」だし、カンガルーもだ。三段跳びの選手もそうだし、ブブカもドクター中松も「一羽」と数えるべきだ。

「鏡」の「一面」はわかるが、「そろばん」も「一面」とは知らなかった。

 きわめつけで「弦」が「一掛け」だとは驚いた。

「あーぁ。ギターの弦が一掛け切れちゃったよ。このあいだ六掛け全部替えたのにな。しょうがないから一掛けだけ張ろうかな。あ、ちょっとそこの三掛け目の弦、一掛け持ってきて」なんて云ったことはないよな、今まで。

 

113(95.05)「ゴミと太陽」

 「太陽って燃えてるんスよね?」W部S悟さんからの質問だ。

 「燃えてる。燃えてる。むちゃくちゃあっついらしいぞ」

 「だったら、でっかいロケットかなんかにゴミいっぱい詰め込んで、太陽めがけて打ち上げちゃえば、ゴミ問題なんか一気に解消しちゃいますよね。ちょっとコストがかかりすぎるのが気がかりですけど」

 「ま。そうかもしらんけど、生ゴミとか混ざってたら途中で腐っちゃってクサ過ぎるんとちゃう?」

 「でも、誰かがニオイを嗅ぐ訳じゃないし。それより燃えカスが散らばっちゃったら、宇宙の環境破壊になっちゃいますかね」

 「そんくらいは勘弁してもらえるんじゃない?ただ、“燃えないゴミ”が燃えるかどうかが心配だな」

 「むっちゃくちゃ熱いから大丈夫でしょ」

 「じゃ、“燃えないゴミ”って名前を変えないといかんな」

 「“燃えないけど燃えるゴミ”」

 「矛盾してるな」

 「“燃えるかもしれないゴミ”」

 「はっきりしてほしい」

 「“頑張れば燃えるゴミ”」

 「頑張ってる訳じゃないでしょ」

 「“ホントは燃えるゴミ”」

 「嘘を認めてしまってるな」

 「“燃えたり燃えなかったりするゴミ”」

 「どっちなんだよ」

 「“燃えないと云ってはいるがその実体は燃えるゴミ”」

 「回覧板に“燃えるゴミは月水金、燃えないと云ってはいるがその実体は燃えるゴミは火木土です。”って書くのか?長いよな。考えるのよそうか。意味ないから」

 

114(95.06)「太陽は知っている」

 「太陽は燃えているのではなく、核融合反応を起こしてそのエネルギーを放出しているのだ」

  ギタリスト兼西洋占星術師兼ちょっとだけ手相見というO津N明さんのお教えだ。

 「なるほど。ロケットにゴミ詰め込んで太陽に飛ばしても燃えないのね」

 「燃えるというよりは、溶けると言った方が正しいです」

 「ん?じゃあその溶けたモノはどうなっちゃうわけ?」

 「まあ、太陽の表面にペタとか云って張り付くんでしょうね」

 「じゃ、あんまりペタペタやってたら太陽がマダラになっちゃったりするんだ」

 「まあ、そういうことでしょう」

 彼もよくわかんないようだった。

 

115(95.07)「堀井式ゴキブリ捕獲法」

 「ゴキブリをさ、簡単に捕まえてしかも簡単に始末できる画期的なシステムを考えたんだけど、聞いてくれる?」

 お馴染みのH井Y則だ。

「あれって叩き潰すのも気持ちワルイし、運良く叩き潰せたとしても、その後で片づけるのがまた気持ちワルイじゃん。そんで考えたんだけど、こう透明な何かグニョグニョした物体でさ、一応ボール型してんのがあって・・・」

「何なんだよ、その物体って」

「寒天のよーなゼラチンのよーなスライムのよーな、ま、そーゆーものよ。多分お菓子屋かオモチャ屋に云えば作ってくれると思うの。で、ゴキブリを見つけたらそれをぶつけるのね。そうするとゴキブリがそん中で身動き取れなくなって、しかもそのまま『ウニュ』とか丸めちゃってポイだから最高でしょ」

「世の中そんなにコントロールのいい奴ばかりじゃないぞ。それにお年寄りとか子どもだったら投げるのも大変じゃねえか」

「んー。じゃあ筒にその物体を入れて、後ろから『ポン』とかって押し出すの。あのコルクにヒモの付いた鉄砲みたいな。ね、売れそうでしょ、5百円位で。特許取ろうかな」

 彼との付き合いを続けるかどうか考えているところだ。


116(95.08)「信号待ち猿」

 2、3年前の話なのだが、私が上大岡の駅前で信号待ちをしていたら、隣にやたらと小さい人が居た。

 朝なのにミョーに赤ら顔をしていて、腕が異常に長い。しかも非常に毛深い。どうやら服も着ていないようだ。困った人だな、とか思ってよーく見るとどうも人ではないようだ。

 猿だ。

 交差点で猿が一人で信号待ちをしていたら驚いてもいいと思う。つい一人と書いてしまったが、一匹というよりはほんと、一人という感じでだ。で、やっぱり驚いた。

 いや、驚きますよ隣に突然猿が居たら。「こら。お前は猿のくせにどーして信号待ちなんかしてるんだ」と言いそうになったが、言っても解ってもらえないだろうし「キー!」とか云ってひっかかれても嫌だし、なんかこう「うわー。猿だね」ってだけなのよ。落ち着いて「毛づくろい」かなんかしてあげたら、ムツゴロウっぽくて面白かったのになあとか思うが、ただビックリしていただけだった。

 今度会ったら絶対にそうするつもりだ。


117(95.09)「求む。どこでもドア」

 北海道に日帰りの演奏旅行でビックリしてたら、今度は佐賀の翌日が青森ときた。もう何も恐いものはない。覚悟は出来た。午前中が沖縄で午後が稚内でも驚かないぞ。

 ただ、飛行機の乗り継ぎがうまく行かない時はちょっと困る。佐賀で2回公演を終えて、福岡羽田青森の場合も、タッチの差で羽田青森の最終便に間に合わない。結局その日は羽田に泊まるか、一旦横浜に戻ってパンツを取り替えてから翌朝6時に出直すかのどちらかだ。どっちにしても機材車に積んである音響機材は青森には届かないから、現地のものでマカナうしかない。

 こんな時に「どこでもドア」があったら非常に便利だと思うので、ドラえもんによく似た人を探しているところだ。


118(95.10)「光タイムマシン」

 たとえば1光年離れている星は、今地球で見ているのは1年前の姿だ。

 34光年と3光日(?)の距離にある星は、私が産まれたときの姿を今見せていることになるし、何億光年もの彼方の星は地球ができる以前のものだ。

 ということは何光年も離れていなくても、距離があるものはすべて過去の姿しか見られないことになる。

 これは一種のタイムマシンだ。

 今、窓の外300メートルほど離れたところに「そごうデパート」が見えるが、あれも本当は今の姿ではないのだ。

 そういえば壁にくっついている時計も少し遅れている。危うくダマされるところだった。

 本当の今の時間が知りたければ、時計の文字盤に限りなく顔を近づけて見るしかないのだ。それでも距離は決して「ゼロ」ではないから、少しはズレてしまう。

 自分の手とか足とかも見えているのは過去のものだし、鏡で顔を見てもそうだ。一体今の本当の自分の顔はどうなっているのだろうか。

 それを考えると不安で眠れなくなってしまうかと思ったら、バカバカしいのですぐに眠れた。


119(95.11)「卑弥呼遭遇」

 もともと私は「狩り」というものが嫌いである。

 「動物狩り」は当然のこと、「イチゴ狩り」とか「ブドウ狩り」などは言語道断で、動かないものを狩ってどうするのだ、という主張を34年間し続けている平和主義者なのだ。

 ところが佐賀県の中学校公演が終わって時間が余り「『ヨシノガリ』に行こう」ということになった。気が進まなかったが、団体行動の和を乱すのも大人気ないので行ってみた。

 夕方だったので、本当はもうおしまいの時間だったらしいのだが、佐賀県教育委員会様のご配慮のお陰で、ご案内付きというVIP扱いで入れてくれた。だだっ広い原っぱに物見やぐらや墳丘墓、竪穴式住居や高床式倉庫が見える。「こんな弥生人の様な暮らしをしている『ヨシノ』を狩るなどということはとても私には出来ない!」と言って逃げ出そうとしたら、ご案内のおばさんに「こらこら、これからこの『吉野ヶ里遺跡』の説明をするから待ちなさい」と止められてしまった。んー、我ながら長いボケであった。

 そう云った訳で、かの有名な「吉野ヶ里遺跡」を見学したという話だ。後で聞いた話だが、そのご案内のおばさんが実は「卑弥呼」だったのだそうだ。


120(95.12)「トレント・ウェイクナイトからの手紙」

 「DEAR GSN TRIO GSN TRIOのCD受けた。どうもありがとうございます!!!GSNのCDは私とともだちすきです!だいすき!!金受けたでしょうね?銀行で10月12日から5000円を送りった。もし、受けない。話して下さい。また、どうもありがとうございました!ほかのGSN CDをありますか?もし、あなたたちはNEW CD作って、話して下さい。Sincerely トレント・ウェイクナイト」

 滋賀県の甲賀中学校に赴任している英語教師、トレント・ウェイクナイトからの手紙だ。学校公演で私たちの演奏を聴き、「CDが欲しいので送ってくれ」ということになり、送ったわけだ。で、ご丁寧にお手紙までくれたものがこれだ。

 まだ日本に来て1年足らずなのに、きちんと漢字まで使って書いてあるのだからたいしたものだ。言いたいことも、その純粋な気持ちも十分わかる。

 だが、悪いけど、その、ウケた。オモシロ過ぎる。

  実はこの手紙には伏線があって、彼にCDを送るときにこちらからも英語で手紙を添えてあったのだ。その英語を日本語に訳すときっとこんな感じだ。

 「鹿トレント・ウェイクナイト。この前の演奏するコンサートのあれは私だ。GSNのだ。約束した私はCDがおまえのだ。金よこせ。よこさない。話して下さい。どうもありがとう。あなたに残された時間は日本は子供たちが英語が上手になることを楽しむ。さようなら。GSN TRIO」

 この手紙のパロディーで返事を書いてきたのかも知れない。

 

121(96.01)「墓場にMacintosh」

 とうとう121号だ。

 鉄人だって28号だったし、欽ちゃんとニ郎さんだって55号だったのだから、これはもうスゴイことだ。

 一年は12カ月だから12で割ると10で1余る。マル10年が過ぎて11年目に突入した訳だ。「十年一昔」ってくらいだから、創刊の頃はもう既に昔のことになってしまったのだ。

 「石の上にも三年」だから、それを3回以上クリアしている。

 「桃栗三年柿八年」ってことは、もうとっくに柿よりエライ。桃とか栗なんて、ちゃんちゃらオカしくて馬鹿に見える。

 まあ、それ位長いな、10年は。途中で「もう廃刊にしよう」とか「合併号にしてひと月サボろうぜ」などと、ナキの入ったひよりタワケ系編集部員も居るには居たが、ここまで続いたのはもう編集部の尽力のタマモノであると今断言する。間違いない。私はエライ!今度私に会ったら必ずホメるように。

 思い起こせば10年前の私はまだ24才の若者で、アタックナンバーワンのように目もキラキラしていたし、お肌もピチピチして、体重も今より8キロも少なかった。体が重くて、ヒザが痛くなるなんてことは想像もしなかった。ね、花山さん。

 今はといえぱ、目は魚屋て売れ残って床に落っこちてるサパのようだし、お肌はタルんでぶよぶよで、いったん指で押してへこましたらもう二度と元には戻ってこない。

 やはり10年はあなどれない。ま、どうのこうの言ってもせっかく11年目になったのだから、この際生きてる間は書き続けてみようかと思う。

 いや、死んでも書き続けてやろうじやないの。

 だから私の墓の前にはMacintoshを置いといてほしい。夜中に出てきてキーボード叩くから。


122(96.02)「鶴岡コンサートレポート」

 朝6時に家を出たときはそれ程でもなかつた雪が、羽田に着く頃にはかなりの量になっていた。今日は山形県鶴岡市でコンサートがあるのだが、もう既に待ち合い室で30分近く待たされている。

「まいったな一。飛行機が飛んでくれないと、電車で行かなきゃなんないしなー。山形まわりでも新潟まわりでもアラスカまわりでもどれも面倒だしなー。飛んでくんないかなー。もし間に合わなかったらギャラもパーだしなー、そうだ、改札のおねーさんに頼んでみよう。あー、もしもし、その何とかこの飛行機あなたの一存で飛ばしてもらうことは出来ませんかね。私も生活かかってるもんでね、一応。いや、そんな簡単なもんじゃないってのはよーく分かってます。ええ。見切り発車して落っこっちゃったりしたら、そら大変ですもんね。それはジユージユー分かってますが、そこをしとつ何とかね、うまくこうしてビユーンと行かないっすかね」

「お客様、そろそろバスが出ますが」とっくに改札していたのだ。

 いやー良かったよかった、と云いながらどんどん乗り込む。もう後はオマジナイのビールも飲んだし、落ちる心配はない。さー、飛んでみやがれってんでタンカ切って待ちかまえたが、飛行機はびくともしない。

「おうおうおうおう。こちとらチャキチャキの江戸っ子でい。気が短けえんだ。とっとと飛ぱねえとハッパかまして飛行機ふっとぱすぞ。おう」と女車掌さんにスゴんでみたら、

「お急ぎのところ大変ご迷惑をお掛けしておりますが、ただいま除雪作業の順番待ちをしておりますので、もうしぱらくお待ち下さい」とニッコリ笑ってアヤされてしまった。

「あ。それじゃしょうがないですね」

江戸っ子もときには素直だ。

 ところがそれからいくら待っても除雪というのが始まらない。

 女車掌さんに訊くと「なにぶん羽田には除雪用の車が2台しかございませんので、なかなか順番が回ってこないのです。主翼の上に数センチでも雪がありますと翼の形が微妙に変わり、浮力までもが変わって危ないのでございます、と訓練所で教わったのでございます」

 見ると、翼の上の雪なんてうっすらとあるだけだ。

 再び気の短い江戸っ子と化し「おらおらおらおら。なんでえ、あんくれえの雪でまごつきやがって。しかもおめえ、それを言うなら浮力じやなくて揚力ってんだ。こちとら今じゃデークの身分だけど、ちゃんとマサチューセッツ工科大学の物理学部出てんだぞ。天下の「全日空」だろ、おい。「アナ」があったらへえりてえってか。洒落たことぬかしやがる。あんな雪くれえはおいらがきれーにしてやっから、竹ボーキ持ってこいってんだ。おらおら、とっととそこの非常口開けてみろい」

 女車掌さんがスーっと近付いてきてモルヒネを3本打ち込まれる。

 1時間10分後に目が覚め、結局1時間40分遅れで離陸。無事庄内空港に到着。会場に入り、どんどん仕込む。

 生協の2階がホールになっている。

 本番で「場所が場所だけに今日はセイキョウですね」という洒落を用意していたら、O橋T和に先に言われてしまった。敵もなかなか噺のキモが分かってきたようだ。

 仕方がないのでこっちも「雪で遅れて出は散々(出羽三山)でした」と言う今世紀最高の洒落で応酬する。

 コンサートは大盛り上がり。みんなニコニコしながら帰ってくれた。

 主催者様の話だと、CDの売れ行きと、打ち上げの参加人数がバロメーターなのだそうだ。そのどちらも鶴岡市音楽鑑賞協会の記録だったそうだ。うれしい。うれしい。というツアーでございました。

 それにしても、山形県の地図に鶴岡を入れたら驚いている人の顔になるというのは知らなかったなあ。


123(96.03)「ハニカミ屋さん」

 「ハニカミ屋さん」というお店があるらしい。

 とにかくハニカんでしまうので、電話をかけてもなかなか話が進まず、何を売っているのか、またはどういうサービスをしてくれるのかがよく判らない。直接店に行ってもハニカんでしまって出てこないし、そもそもハニカんじゃってるもんだから広告なども出さないので店がどこにあるのかすらはっきりしない。タウンページなどに掲載するなどとてもじゃないけど出来る訳がない。ただ、何年か前に勇気をふりしぼって「ぱど」の行広告欄で宣伝したことが1回だけあるらしい。だけどやっぱり問い合わせの電話にもまともに応対できず、それ以来ひっそりと営業しているというウワサだ。H井Y則教室のI本君が一度だけ店の人に会ったことがあるらしく、どんな様子だったのか彼に訊いてみたところ、もうそれはそれはこの世のものとは思えない程のハニカミ方だったそうだ。以下がその時の会話だ。

「あなたがハニカミ屋さんですね」

「(伏し目がちにポッとホホを赤らめる)」

「そんなに恥ずかしがらないで下さい。ハニカミ屋さんでしょ」

「(うつむいたまま両手の指をからめて肩を動かしている)」

「あー。相当ハニカんでますね。でもあの、返事をしてくれないと話が進みませんよ」

「(少し視線を上げるがまだ目と目は合わせられない。口が動きかけるが『ヒュー』という空気が漏れる音しか出ない)」

「うわー。すっげぇハニカミ方だなあ。まいったなあ。ま、いいか。あなたがハニカミ屋さんだってのは十分わかりました。で、どういう店なんですか」

「(ポケットから10センチ四方位の畳を出して人差し指でグリグリしている)」

「おどろいたなあ。そんな畳どこで売ってるんですか。あ。もしかしてハニカミ屋ってのは、そういう『ハニカミ・グッズ』を売ってる店ですか」

「(両手で顔を覆い180度向きを変えて急に走り出す)」

「あ、ちょっと待って。ねえ、あー、ハニカミ屋さーん。あーあ、行っちゃった」

 やはりどんな店なのかは謎のままなのだ。


124(96.04)「右臀部の筋肉に痛み」

 このところ右臀部の筋肉に痛みを感じるので、医者に診てもらおうと思った。

「はい次の方どうぞ。どうしましたか」

「どうもお尻が痛いんです」

「はあはあ。恐らくそれはお尻の筋肉を覆っている膜が炎症しているのでしょう。これがホントの『ケツ膜炎』ってか。ぶはははは」

「あの、冗談じゃなくて痛いんですから」

「いや、しっけい失敬。で、どこらへんが痛いですか。場所が尻だけに『でーんぶ』ってか。うひひひひ」

「あの、ふざけないで下さい。右側が痛いんです」

「ん。ちょっと調子に乗りすぎた。すまんスマン。ではズボンを脱いで見せてごらんなさい。おーっ!お客さん、尻の穴にウ○コが付いてますよ。『アスは我がミ』なんちゃって。くくくくく」

「いいかげん怒りますよ。それに私はお客さんじゃなくて患者さんです」

「おうおう、そうだった。わるかった悪かった。ところで、いつ頃から痛みを感じましたか」

「1週間前くらいです」

「ほおほお。では過去は痛くなかったのですね。『あなたの過去など尻痛くないの』ってな。菅原洋一か、おまえは。うひゃひゃひゃひゃ」

「いい加減にして下さい。もう帰ります」

「待てまて。馬鹿なことを言ったが私も医者だ。ちゃんと治療はするから許せ。どれどれ、じゃあ磁気治療でもしてみるか。『ヒップエレキバン』ってか。ぎゃはははは」

 こんな事になるのは嫌なので、まだ医者には行っていないのだ。


125(96.05)「脳内インターネット」

 「まいったなー。インターネットしようと思ったら、マックが調子悪いわ。こういうことじゃ困るんだよなー、マックには結構金かけてんだから、読売サイドとしても。結構ヒットは打ってるけど、ただヒットよりももっとトクなのがビッグだ。利回りがいいからな。中国ファンドってのもあるな。そう云えば中国ファンドって、中国の銀行に預けちゃうのかと思ってたよな、このあいだまで。引き出して『元』とかで戻って来たら、どうしようかと心配してたもの。中国なんて、みょーに略しちゃうから誤解されるんだよな。しないか、剣道は。でもどうして『竹刀』と書いて『しない』と読むのかなあ。それと『メン』『コテ』『ドウ』は場所の名前だからわかるけど『ツキ』だけ異質だよな、ワザの名前だもの。『クビ』だったら会社辞めちゃうことになるから、生活に困ってしまってわんわんわわん、わんわんわわんって歌は『いぬのおまわりさん』だけど、この『わんわんわわん』ってところが秀逸だな。これが『わわんわんわん』だったらとってもつまんないリズムだし、『わんわんわんわんわ』だったら急にスウィングしちゃうし、『わわわわわわわわ』っだたらヘビメタだし、『わんわわわわんわわわわんわわわわわわわわわわん』だったらボレロだしだな、和食は。道場六三郎もそう言ってたし。さすがに鉄人28号は強いわ。正太郎君がリモコンで操作するんだけど、やっぱり鉄人にもCPUが入ってたんだろうな。そうでないと、あんな複雑な動きが出来る筈はないもの。PowerPCの100ギガHzが30個とRAMを7万テラHzぐらい積んでるんだろうな。そんだけのスペックだったらマックもサクサク動くよな」

 こんな風にして、私は脳内インターネットを楽しんでいる。


126(96.06)「親子で勉強」

 「おとーさんは“筋肉”あるの?」

  ウチに同居している小学1年生の人から寄せられた質問だ。この人は時々こういうトートツな質問をしてくる。

 「そりゃあ、あるに決まってるよ。筋肉があるから身体のいろんな所が動くんだよ」

 「脳が身体を動かしてるんじゃないの?」

 「まあそうだな。脳が筋肉に命令を出して、その命令に従って筋肉が身体を動かすのだ」

 「ふーん。そうか」こういうことに疑問を持ったときが学習のチャンスなので、この際自然科学について教えることにした。

 「動物って知ってるよな」

 「キリンとかカバとかゾウ」

 「そうだ。それと人間も動物なのだ」

 「うっそー。動物園のオリに人間はいないぞー」

 「動物園に居なくても動物であるものはたくさんおるのだ」

 「そっかー。イヌとかネコも動物園に居ないか」

 「では植物は知ってるか」

 「知らなーい」

 「生きているけど動かないものだ」

 「かあちゃんのことか?」

 「そういうことではない。それも一応動物だ。木とか草とか花などのことだ」

 「風が強い時、木が動いてたぞ」

 「それは自分で動いているのではなくて、風が動かしているのだ」

 「朝顔をビデオで撮影して、早回ししたら動いてたぞ」

 「そ、それは動いたというより成長したのだ」

 「ハクセイのクマとか動物なのに動かないぞ」

 「それは死んでいるからだ。死んだら動物も動かない」

 「ゾンビは」

 「あれは架空のものだ」

 「オバQもか」

 「そうだ」

 「高島屋の屋上でオバQ見たぞ。ゲゲゲの鬼太郎見たぞ」

 「それらは生き物ではない。バケモノだ」

 「バケモノは動物じゃないのか」

 「だってバケちゃってるしな」

 「あれは中にヒトが入ってるから動物だぞ」

 「あ。そう云えばそうだな」

  何を教えようとしていたのか忘れてしまったので、今日の勉強はここまでにした。

 

127(96.07)「死の北海道開拓ツアー〜その1」

 ビールの神様に護られていたお陰で、無事に函館空港に着陸した。

 6月16日、とうとう「死の北海道開拓ツアー」が始まってしまった訳だ。GSNトリオ、フランシス・シルヴァ、機材車のF川ちゃん、マネージャのY武ちゃんの御一行6名様の旅だ。

 これからの3週間のことを考えると到底生きて帰れるとは思えないので、皆それぞれに遺書はシタタメてある。ま、どーのこーの言ってても始まってしまったものは仕方がない。どーとでもしやがれってんだい的態度をとることに決め、タクシーでどんどん江差町に向かう。「追分(おいわけ)」のメッカだ。「江差って唄が多いわけ?」というシャレを思いついたが、未発表のままだった。町には追分の譜面が看板になっていて、アラビア文字のようなものがのたくっている。私にはまったく理解出来なかったが、すかさずフランシスが読み取って唄い出す。

「ハァ〜ア〜ァ〜〜ア」いくぶんサンバっぽいのは仕方がないところだ。

 17日、1本目の「上ノ国町」だ。ホールの客席前列部が枡席になっている。

「何だ、なんだ、俺達相撲ショーかなんかやらなくちゃなんないのか」

「そう云えば最近みんな太ってきてるからな」

「でもマゲが結えないのが二人いるぜ」

「マイクでも乗せとけ」

 心配には及ばず、生徒を乗せたバスの事故で1時間遅れのスタートだったが、始まってみたら普通のコンサートだった。初日にしては好調な滑り出しだ。どんどん片づけ、森町に向かう。

 恐らく最後に客が来たのは昭和であっただろうと思われる、山奥の牧場でやってるステーキ屋という所に行く。なかなかの美味。調子に乗って、恐らく最後に誰かが弾いたのは大正であっただろうと思われる、そこに置いてあったギターを弾く。店の主人の岡林信康に「まさかタンバリンはないよね」と訊いたら「ありますよ」ときた。国籍不明のブラジル人、フランシスの目が一瞬キラリと光る。もう気分はサンバ・カーニバルだ。

 ところが出てきたタンバリンには皮がない。フランシスにとっての皮のないタンバリンは、私たちにとっての弦のないギターに等しい。山奥のサンバ・カーニバルはあきらめ、帰って寝る。

 18日、2本目の「砂原町」。いい雰囲気でコンサートは終わったのだが、引率の教師がコンサートとは全然関係ないことで生徒に説教を始める。「おまえ達は何を考えているんだ」おまえこそ何を考えているのだ。子供達にとっての思い出が台無しではないか。と、イカリつつ岩内に向かう。今回、岩内町ではコンサートは無いのだが、何故か教育委員会の高橋さんという自衛隊出身の人が現れ、いろいろ案内してくれる。コケ方のタイミングも教わる。それにしても、この人がどこから現れたのかは未だに謎のままだ。

 19日、3本目「泊村」。コンサートの途中で血圧を測る。日本初の健康診断コンサートだ。

 4本目「積丹町」へ移動。途中の当丸峠が霧で恐いコワイ。小学校の体育館で、ステージを使わずにフロアで弾く。人数が少ないときは、この方が良かったりする。父兄が泣いて喜んでくれる。例の豊浜トンネルを見ながら、岩見沢に移動。

 20日、5本目「月形町」。旭川に移動。すかさず、コインランドリーを見つけ洗濯作業を行う。

 21日、6本目「幌加内町」。この辺は寒さのスゴイところで、マイナス40度の記録がある。「ダイアモンドダスト」は当たり前で、空気中の水分が結晶になり、それがこすれあって音を立てる「天使のささやき」というものすごい現象もあるのだそうだ。

 22日、7本目「東神楽町」。高校時代の友人が聴きに来てくれる。夜、旧交を暖めつつベロベロに飲む。フランシスはFMの音録りで東京に戻る。H井Y則とF川ちゃんは、紋別でのオフに向けて3千9百円の釣竿を買い込む。アオイソメに触れないH井は、アオイソメエキスを固めてアオイソメのよーな形に成形した人工のエサも買い込む。その方がよっぽど気持ちワルイと思うのは私だけではあるまい。しかもそのエサをホテルの冷蔵庫に置き忘れて、結局本物のアオイソメで釣る羽目になったのだ。ホテルで冷蔵庫からそれを発見した人も驚いただろうと思う。ミョーなものを買うんじゃありません。

 23日、列車で士別に移動。そのまま翌日の仕込みに入る。夜、フランシスと合流。うわあ。まだ1週間しか過ぎてないわ。(以下、次号に続く予定)


128(96.08)「死の北海道開拓ツアー〜その2」

(前号より続く)

 24日「朝日町」。ホールの名前が「サンライズ・ホール」だ。「モーニング・デイ・ホール」の方がカッコイイのに、と思った。良くないか。これがまた、ものスゴいホールで、音響バッチリ設備バッチリ雰囲気バッチリなのだ。人口2千人の町にこんなものがあっていいのだろうかと考え込んでしまう程だ。

 午後は「剣淵町」。ほぼ最初から最後まで踊り続けていた「加藤君」という少年が現れる。フランシスの観察記録によると「彼は2度と同じステップは踏まなかった」らしい。この日の泊まりは「羽幌サンセットホテル」。すっごく綺麗なホテルで、さらに窓から望む水平線に沈む夕日が素晴らしい、のだそうだ。曇ってたからわかんないのよ。

 25日「羽幌町」。天売、焼尻の島からも子供達がやってくる。会場の音響も良く、気持ちが良い。前から演奏していた「オールディーズ・メドレー」を作り直す。フランシス曰く「“新しい”オールディーズだな」。時々笑点めいたことを言うガイジンだ。

 午後「遠別町」。古い体育館だが、生徒も先生も明るくてよろしい。「音威子府」に移動。目の前がスキー場という宿。ゲレンデを見るなりO橋T和が「何故ゲレンデに雪が無いのだ。雪をどこへやった。何?今は6月だ?6月に雪があっちゃいけねえってのか。誰が決めた。横道か。堂垣内か。君島一郎か。連れて来い、ちくしょうめ」。スキーのことになると人格が破綻してしまうのだ。

 26日「音威子府」が終わり、いよいよ稚内から海を渡る。目指すは利尻島だ。音威子府から稚内までの車の中で、ウィスキーを500cc程タシナんでいたので気分はかなりハッピーだ。今から思うと、船酔い恐さのあまり、えーい先に酔っぱらっちまえ的精神状態が取らせた異常行動だったのだろう。目が醒めたらフェリーの甲板のベンチだった。他のメンバーはおろか、マネージャーさえも昼の1時から泥酔している私を見捨てていたのだ。悔しいから売店で「アンパン」を買ってきてデッキで海を眺めながら食べた。我ながらニヒルな姿だと思う。

 夜、トリオとF川ちゃんとでヌケガケして寿司屋にシケ込み、利尻のウニをいただく。「ウニ食ったから、明日帰る」と言ってみたが、みんなからジロリとニラマれただけだった。全員同じ気持ちだったのだろう。

 27日「利尻町」のリハーサル中鼻水が止まらず、ずっと上を向いて弾いていた。みんなはスティービー・ワンダーのものまねだと思っていた筈だ。昨日の甲板ベンチ睡眠がタタっていたのだ。本番のMCで「みなさん、ズー、こんに、ズー、ちは。ズーズー、よろし、ズー、く、おね、ズー、がい、ズーズー、しま、ズー、す。ズー」とかなるかと思ったが、不思議なものでいざ本番になると、その間だけは鼻水も止まったりするのだ。咳とかくしゃみもそうだ。もちろん放屁放尿嘔吐脱糞なども止まる。どういう脳内抑止命令伝達システムの為せる業かは知らないが、そういうことになっているのだから不思議だ。

 もっと不思議なのは、2週間無事に生きていられたことと、まだあと1週間もツアーが残っていることだ

(以下、次号に続く、と思う)


129(96.09)「死の北海道開拓ツアー〜その3」

(前号より続く)「利尻町」が終わり、慌ててコンブを買い込みフェリーに飛び乗る。岸壁に完璧に横付けするというフェリーの運転手さんの腕前に感心しつつ、稚内に到着。

 ジャンボタクシー(通称ジャンタク)に乗り込み、オホーツク海の海岸線をひたすら走る。本当にひたすら走る。このオホーツク海の海岸線がどれくらい長いかって、あの九十九里浜が土下座して泣きながらハダシで逃げ帰ったっていうくらいに長い。万里の長城が「謝々」と謝って「哀号」と叫びながら崩れ落ちたという程長い。タクシーの運転手さんも、帰りは泣きながら帰った筈だ。で、なんとか紋別に到着。これから3日間のオフだ。

 ゆっくりしてエネルギーかなんか蓄えてみるか、と思ったら、翌朝目が醒めると起き上がることが出来ない。起きようとすると首から肩にかけて激痛が走るのだ。首、肩の筋肉が全て反乱を起こしている。「今日はもうシューシュクとかシカンとかしないから」という態度を決め込んでいるのだ。「今日は鉄板のつもりなの」とフザケているらしい。「こら、フザケルな」と叱ってみたが、敵は筋肉質な馬鹿だから全然通じない。

 アキラメて、第2回目の洗濯作業に入る。コインランドリーを探し当て、シャツ、パンツ、靴下、ジーパン、ハンカチ、スリップ、ブラジャー、ガードルなどを担ぎ込む。さーて、洗濯機でも回しながらビールかなんか飲んで目でも回してみるか、と思ってたら、何とそこのは有人のコインランドリーであった。

 洗濯ジジイが現れたのだ。赤のポロシャツにジーパン姿で、白髪のオールバック、顔は浅黒く眼光はスルドイ。どこかで見たことがあると思ったら、ウェスタンの映画に出てくるインディアンの酋長そのものなのだ。その証拠に、第一声が「ハウ」だったから間違いない。

 それから、この洗濯ジジイ酋長の演説が始まることになるとは予想もしなかったのだ。

「洗濯かい?ここに来たんだから洗濯だよな。決まってるよな。いひひひひ。あんた、地元のモンじゃないべ。どこから来た?何、横浜?じゃあ、さっき来たのはあんたの相棒だべ。そうそう、来たんだよ、相棒が。ほら、この洗濯物が相棒のだ。な。見覚えあんだろ。な。な。ウチはな、コインランドリーって言ってるけどな、セルフサービスじゃねえんだよ。俺が洗ってやるのよ。ん。だってな、洗濯物はな洗濯機に放り込んでガラガラ回しゃあいいってもんじゃないの。ね。ウルカスの。ね。ウルカス。標準語だと「浸けおき洗い」ってのか。そうでないと、ガンコな汚れは落ちないじゃん。わかる?だから、夕方に取りに来なさい。俺が洗っといてやるから、な。何でこんなに親切かって、俺も昔横浜に居たのよ丁稚奉公で。弘明寺でリヤカー引いてたのよ。上大岡って弘明寺の隣じゃん。なつかしいな、横浜。ね。だから洗ってやんのよ。ほら、俺の名刺だ」

 コインランドリーで名刺を貰ったのは初めての経験だったので、少々面食らったが、よろしくお願いしてそこを去った。反乱しっぱなしの首を運びつつ宿に帰る。

 こういう具合の首の壊れかただと、マッサージをするというのはイチカバチカの勝負ではある。筋肉疲労の場合は刺激を与えると逆効果なのだ。筋肉疲労でないことを願って、夜マッサージのおじさんを呼ぶ。

 翌日起きてみて、勝負に負けたことを実感する。裏目に出て、さらに悪化していたのだ。

 「滝上」に移動。この日はまだ本番ではなく、仕込みだけの日なので不幸中の幸いではある。そこの担当者が、もとスキーのジャンプの選手だったという人で、身体の異常事態関係に詳しく、私の首を見てすぐに判断を下した。

 「お灸でしょう」

 すかさず自宅に戻り、お灸セットを持ってきた。5秒後に背中はカチカチ山状態だ。

「熱かったら言って下さいね」

「熱い!」言った。

「もう少し我慢しなさい」10分間の我慢を終え、恐る恐る首を動かしてみる。

 何と、今までの首の状態が冗談だったかのようにスイスイ動くではないか。驚いたの何のって「あはははは。動いた」と言ってしまった程だ。改めて東洋医学の神秘を思い知らされた一瞬であった。

 1日「滝上」「佐呂間」を終え「清里」に移動。

 私の生まれ故郷だ。バーベキューで盛り上がる。

 2日「清里」「斜里」と弾きまくり、「津別」に移動。翌日の仕込みに入る。

 3日「津別「阿寒」を終え、釧路へ。開業以来、40年間炉ばたに座り続けているバアちゃんが居るというので、その炉ばた焼きに行く。さすがに40年の重みはスサマじく、バアちゃんと炉はすでに一体化していた。炉に染み込んだ魚のアブラを、尻から伸びた根で吸い取って生きているらしい。

 4日「浦幌」を終え、襟裳岬経由で「浦河」へ移動。

 5日「浦河」を終え、千歳から戻る。道内の移動距離は3000キロにもなった。21本の公演が無事終了したのは、奇跡としか言いようが無い。

 もうひとつは、一人一日あたりビール5リットルとウィスキー3本、香水は2オンス以内に制限して健康管理に務めたことも無事だった要因だ。めでたしめでたし。


130(96.10)「オーストラリアツアー」

 こあらまいった、ちょっとじっくりかんがるー。

 というネタを用意しつつオーストラリアへと向かった。初の南半球体験だ。

 どうしてもオマジナイのビールは避けられないので、仕方なく飲む。改札が始まったので、どんどん乗り込む。勢いが付いてしまって、カンタス航空のスチュワーデスのおじさんに「Bourbon please」などと言ってみる。気分はエグゼクティブだ。ただ、余りにも何度も「Bourbon please」を繰り返してたら、仕舞におじさんもダブルで持ってくるようになってしまった。気分はアル中だ。

 しかも隣の席では、私と同じ両親を持つ者が「Beer please」を15分間隔で繰り返している。

 カンタス航空のブラックリストに「Ohashi」という名前が、ふたつ加えられたのはほぼ間違いない。

 太平洋上空を9時間半飛んでシドニーに降りる。機内が全面的に禁煙だったので、慌てて空港の外に出てタバコ20本丸ごと吸う。ちょっと「クラッ」とかしながらホテルに向かう。5つ星の「ANAホテル」だ。私はいつも7つ星なので少し不満だ(ここで「てんとう虫か、おまえは」と突っ込んでくれると非常に助かる)。

 翌日から5日間、オーストラリアを徘徊した訳だ。その世にも恐ろしい状況は、いつかホトボリがさめた頃にこのコーナーで明らかになると思われる。


130+(96.10)「福島県只見町コンサートレポート」

 「きっとギリギリになって飛び乗って来るんだよ。ベルが鳴ってからね。そういうタイプだもの、フランシスは。だってまだ1分もあるんだから、大丈夫だって。いくらラテン系のノリでも、仕事の時はちゃんとしてるから。来るって。え。ベルが鳴ってる?ドアが閉まった?大丈夫、ダイジョーブ。きっとほかの車両から乗って、ここまで来るんだよ。ん。ほーら来るよ」

 来なかった。

 福島県只見町でのコンサート。上越新幹線の中でフランシスを待ちわびていたときの実況中継だ。

 首都高が混んでいて遅れたのだそうだ。波乱の幕開けとしては上々の展開だ。フランシスは1本遅れの新幹線でやって来たので、まあ無事と云えば無事。

 次のパニックは、浦佐から只見までの道だ。この世のモノとは思えない道路状況なのだ。

 どんどん山道を登っていくのだが、その曲がりくねり具合たるや、ヘビが腸捻転起こして振り向いたとしても、まだ真っ直ぐな方だと思えるくらいグニョグニョなのだ。その道を1時間半走った訳だから、当然のごとくヨッた。こちとら酒で酔うのは毎日欠かしたことはない訳で、そういう酔い方だったらかなり自信はある。いつでもカランであげる。ただ乗り物酔いには、どうも弱い。

 大体が同じ「酔う」という言葉を使っているが、あれ、別モンだもの。乗り物で酔って、カラオケするやつはいないもんね。ハシゴもしないし。「いやー、酔いましたな。もうフラフラ。どうです、もうひとっ走り山道でも。いい山知ってますから」なんて聞いたことがない。

 ま、何だかんだ言ってもコンサートの開幕はどんどん迫って来る訳で、ヨイつつも仕込む。ここでまたPAトラブルだ。スピーカーの調子が悪い。歪んでしまうのだ。アルハンブラを弾いてもジミヘンになってしまう。

 死ぬほど焦りつつも、モニターをメインに回して急場をしのぐ。「キューバ危機」という言葉が頭に浮かんだが、発表する余裕は無かった。

 トラブル続きの一日ではあったが、お客さんも喜んでくれたし、目出度しめでたしで御座います。


131(96.11)「佐賀ツアーレポート」

 2回目の佐賀県公演も無事終わった。今回は5日間毎日2本づつ、計10本の公演だったので「起きる→移動→仕込み→本番→バラシ→移動→仕込み→本番→バラシ→寝る」という、「移動→仕込み→本番→バラシ」のリピートが入った「A-B-B-C」形式の循環進行であった。

 従って「D」に当たるところの「呑む」という状況はわりと少なく、「E」の「宿酔い」が無かった。もちろん「ダカーポ」で「寝る」とか、「コーダ」で「粗相をする」など、ある由もない。これは近年希に見る特殊な状態と言って良いだろう。更には「F」の「観光」は皆無の状況で、長崎をカスメたにもかかわらず、ハウステンボスることも無かった。

 ただ、1度だけ「アドリブ」の「タクシーを飛ばして温泉に飛び込む」はやった。

 「嬉野温泉」というヒナビた温泉だ。「浴槽内で大便をした方は、罰金10万円を頂きます」という張り紙が印象に残っている。近所のライバルである温泉から100人くらいで押し掛けられて、一気にされたかなんかの前例でもあるのだろうか。そう云えば、ある学校のトイレには「うんこは流そう!」という張り紙があって、その天才的なコピーに非常な感銘を受けたのだが、もしかすると佐賀県という所は、そのモノに対して異常なほどキビシイ土地柄なのかも知れない。または、そーゆーことに無頓着な人間が他県に比べて多く、いちいち注意を促さないとそこら中大惨事になってしまうのかだ。

 何れにしても、そのモノに関してかなりの関心を抱いていることは間違いない。

 それにしても、大便が10万って一体どういう計算で算出されたのでしょうか。


132(96.12)「ヘリコプター購入計画」

 奈良県内の平らな部分を全て歩き回った最初の日本人とブラジル人が、GSNトリオとF.シルヴァだと思う。山と山の間をぬって会場を駆け回るツアーだった。その道たるや、もう上下左右にグニョグニョなので、車酔いとの戦いの日々だ。自分の向いている方角を表すと「東、北東、北、北東、東、東南東、南東、南、西、南、上、北、下」みたいな感じで、この間約10秒の出来事だ。真剣にヘリコプターの購入を考えた所以だ。これが北海道だと「東」かなんかが、1時間も続く。

 あ、これもやっぱりヘリコプターがいるわ。学校公演だと校庭に降りちゃえばいいし。

 ただ、機材が2トン車1台分あるから、プロペラが2つ付いてる軍隊系のやつになるな。「ランボー」とか「地獄の黙示録」とかに出てくるカーキ色の。だったらいっそのこと、ギターを弾きながらパラシュートで降りた方がカッコイイな。あ、でもフランシスが困るか。なーに、かまうものか。コンガとカシシとガンザとタンバリンとパウデシューヴァとシンバル全部身体にくくりつけちまえばいいや。完璧なプランだ。

 残る問題は、ヘリコプターをどこで購入出来るかということと、ガソリンスタンドでガソリンを入れてくれるかどうかだ。


133(97.01)「一年の計は元旦にあり」

 あっという間にネズミが走り去って、ウシがやって来た。

 1997年、平成9年だ。新しい年を迎えるにあたって、今年の目標を立ててみる。

 「今年こそタバコをやめよう」これは過去に18回、正月毎に考えたが成功したことがない。考えながらタバコを吸ってるからいかんのだ。

 「今年こそ酒をやめよう」これも過去に20回、正月毎に考えたが成功したことがない。考えながら酒を飲んでるからいかんのだ。

 「今年こそ覚醒剤をやめよう」これも過去に・・・いやいや、これはやってないから大丈夫。これ、ホントに考えてる人もいるんだろうなぁ。もっとスゴイ奴は「今年こそ銀行強盗をやめよう」とか「今年こそ殺人及び死体遺棄をやめよう」とか考えている。いないか、そんなの。

 人によって目標はいろいろだと思う。

 政治家だと「今年こそ汚職をやめよう」と思う人も居るだろうし、プロ野球のピッチャーだと「今年こそわざとデッドボール当てて頭カチ割るのはやめよう」なんて物騒な人も居るかも知れない。カーレーサーだと「今年こそスピンののちコースアウトして大クラッシュで即死するのはやめよう」などと決意しているだろうし、ウルトラマンだと「今年こそ本当は3分以上地球に居るのに最後までもったいぶってスペシウム光線を出さないのはやめよう」と考えている。

 私もギター弾きのはしくれなので、それなりの目標を考えてみる。

 「今年こそタバコの吸いすぎで咳をこらえつつしかも二日酔いでフラフラの状態でステージに出るのはやめよう」だ。

 あ。最初のと同じだわ、これ。


134(97.02)「クビ」

 またクビだ。

 と云っても私は会社員とか公務員ではないので、そういう意味ではない。突然「首」が動かなくなった話だ。

 昨年の北海道ツアーで、同じように首が動かなくなった話は前にこの欄でご報告した通りだが、今度は更にグレードアップしたやつが襲ってきたのだ。北海道ではお灸をしたら、一応は効果が現れて少しは首が動くようになったのだが、今度のはお灸だろうが湿布だろうが一向に効かない。ぜーんぜんビクともしない。ちょっとでも無理に動かそうとすると、首を中心に背中から頭のてっぺんまで100万ボルトの電気が走る。しかも腕、肩、胸、腹、腰、足などを動かしても、その筋肉活動がしっかりと首まで伝達されて、やはり100万ボルトの電気が走る。仕方がないので全身を固めたまま、目だけをキョロキョロさせる。イグアナの気持ちがとてもよくわかる。やつらも首が痛いに違いない。フクロウもだ。

 動かないものは、みんな首が痛いのだ。

 そう考えると、今ここにある「ボールペン」もきっと首が痛いのだ。でもどこが首なのだろう。このネジになってるところかな。あ、ネジが回りにくいからここだな。確かに痛そうだ。この「ウィスキーの瓶」も首が痛いのだな。ボトルネックってくらいだから、細いところが首だろう。あー、カチンカチンだもの。痛いわこれは。何々、ジャック君という名前か。苗字がダニエル、テネシー生まれか。かわいそうに。ん?そこの「机」も首が痛そうだな。インバーターライト付きなんて、さぞ高貴な出なのだろうに。コクヨちゃんてのか。女の子だね。お互い頑張ろうな。

 などと考えているうちに私は治ってしまいました。


135(97.03)「宿メシ考」

 仕事柄、旅に出ることが多いのだが、食事付きの宿の場合に悩むことがひとつだけある。出てきた料理のどれを「酒の肴」にして、どれを「ゴハンのおかず」にするかという問題だ。和食系の場合は「刺身」「焼き(または煮)魚」「和え物」「煮物」「鍋物しかも固形燃料付き」「茶碗蒸し」「お新香」「椀物」が定番で、それぞれにその土地の名物がアレンジされていたりする。この場合「お新香」「汁物」は、当然「ゴハンのおかず」用にキープされるのだが、それだけではやはりちょっと「おかず隊」としてのパワーに欠ける訳で、もう1、2品は必要になる。で、どれを「おかず隊」に回すかというのが難しく、毎回悩んでモガき苦しむ訳だ。まず「刺身」の場合、これはれっきとした「酒の肴」であって、決して「おかず隊」になり得るものではない。世の中に「刺身定食」などというものも存在はするが、私はそれを絶対に許さない。「刺身」はそのまま、または少し冷めた酢飯の上に乗っかって「寿司」として初めてその存在価値が問われるものであって、炊き立てでプレーンのご飯とペアを組むべきものではないのだ。だから「刺身」はダメ。「焼き(または煮)魚」は「おかず隊」としての素質は持ち合わせているが、特に日本酒の場合、非常にオツな組み合わせでもあるので「酒の肴」にしたくなるのが人情だ。「和え物」「煮物」は呑みながら箸を動かしているうちに、いつの間にかなくなっているという脇役的存在なので「おかず隊」になるには力不足だ。そこで最も問題である「鍋物しかも固形燃料付き」が出てくるのだが、これはもうメニュー全体から見ても「主役」級であるのは間違いない訳で「酒の肴」「ゴハンのおかず」のどちらに所属しても充分なパワーを持っている。「固形燃料」の為せる業で「アツアツ」であるというのも、その地位をユルギないものにしている。ただ、固形燃料が燃え尽きるのに要する時間はおよそ20分で、その時には「鍋物しかも固形燃料付き」も煮えきっている訳だ。食事開始後20分というと「酒タイム」が終了している訳がなく、「ゴハンタイム」まではあと小1時間はあるという頃合だ。それを無理矢理「ゴハンタイム」まで引き延ばしても、結果は「冷たい煮物」でしかないので、必然的に「酒の肴」としてその役割を終えることになる。最後の頼みの綱は「茶碗蒸し」だが、これは「和風デザート」としてのみ認知されるものであって、ほとんど蓋も開けずに終わってしまう。結局「お新香」「汁物」のみ、という貧弱な「おかず隊」のままゴハンを頂くハメになって、いつも悔しい思いをするのだ。誰か「上手な宿メシの食べ方」を教えてちょーだい。


136(97.04)「オモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ」

 とりたてて巨大なモノをした訳ではないし、誤って粘土を2キログラム流した訳でもないのに、何故かトイレが詰まった。水が流れないのだ。いろいろな策を講じてはみたが、便器様は「オレ、詰まってんだもんねー。流れてやんないんだもんねー」という態度だ。水洗便所歴18年目にして初めてのパニック状況だ。これは困る。非常に困る。

 こんな時に下痢かなんかになったら、大惨事は避けられない。「犬のぬいぐるみ」を着て道路ですれば大丈夫かとも思うが、あいにく「犬のぬいぐるみ」の買い置きがない。こんなことなら、早く「汲み取り式」にしておけばよかった、などと変なマイナス思考になったりする。

 考えていても便器様の態度は一向に変わらないので、仕方が無く下水道屋さんを呼んだ。いつもコンサートをプロモートしてくれる「青少年文化センターの金子さん」と同じ顔のオジサンが直しに来た。

 「詰まっちゃったの?え。何か流したの?え。セメントとか流すとたいてい詰まるよ。そんなもの流さねえか。あはははは。どれどれ」と言いつつ、「オモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ(ひどい文章だが、わかるでしょ。)」でシュポシュポする。2秒で「ンガゴー」と云って便器様のおイカリは収まり、一件落着だ。さすがプロの業は違う。ダテに金子さんに似ているのではないなと思って、賞賛の言葉を述べようとしたら、

「えーと、工事費が1万2千円で、出張費が2千円だから、しめて1万4千円ね。あ、消費税付くから1万4千420円だわ」ときた。

 賞賛の気持ちなどは一瞬にして消し飛び、怒りがこみ上げてくる。

 ま、出張費はわかる。わざわざ出向いて来てくれたのだからそんなもんだろう。消費税もわかる。私だって国民のひとりだ。年貢ぐらいは納める。だが、工事費とは何だ。作業時間2秒だぞ。

 2秒で1万2千円なら、時給にすると2,160万円だぞ。1日8時間労働で1億7,280万円だぞ。月に20日働いて34億5,600万円だぞ。年収にしたら414億7,200万円だぞ。

「マイケル・ジャクソンかあんたは」

と叫んでみたが「俺が儲かるんだったらいいけど、会社の儲けなのよ、これ。だから『このオモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ』買っときな。1,200円で売ってるから。じゃ、そーゆーことで。まいど」

 帰った。

 すぐに買うから、誰か「オモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ」の正式名称を教えてくれ。


136+(97.04)「J-CITYコンサートレポート」

 日野インターから横横に入り、奇跡的に練馬区に着いた。J-CITYという場所だった。

 ホテルと高層ビルの間をつなぐオープンスペースだ。総ガラス張りだから、巨大な温室と思ってもらえば間違いない。

 予定より早く着いたので、まだ係の人が舞台の仕込みをしているところだった。構わずどんどん入り込み、ジャケットのポケットから「菓子パン」をのぞかせている人がプロモーターだろうと見当を付け、予想通りやはりその人がプロモーターだったのだが、よろしくということで挨拶を済ませ、ホテルのラウンジで待機する。

 ガラス越しにしばらく仕込みの作業風景を眺めていたが、PAのセッティング速度係数が0.85程度なので、まだ30分くらいはかかると読み、楽屋でウォーミングアップをする。

 PAも上がりサウンドチェックに入る頃、約束の時間から20分遅れで奥さんのK子さんと一緒にフランシスがやって来た。彼の20分は私たちの20秒に相当するから、ほぼオンタイムだ。上出来と言って良いだろう。

 O橋T和がスペイン語でフランシスと何やら談笑している。言っていることは大体判るのだが、こちらから発言するまでには及ばない。悔しいので、イヌイット語か古代サンスクリット語か何かマスターしてやろうと決心する。

 4ヶ月振りのセッションなので、アヤシいところを一通りさらう。諸々OKということで本番に控える。40分3ステージの長丁場だ。

 1回目のステージを「ラ・アグア」で始める。聴衆は50人くらい。ホールコンサートとは違って、こういう人の流れがある場所ではなかなか盛り上がりにくいのだが、終わってみるとアンコールが来た。

 気持ち良くお応えする。控えに戻ると、モミアゲからアゴヒゲがつながっていて、顔を180度回転させてもまた別な顔になるんだろうなと思われる主催者様が来て「今までここでコンサートをやって、アンコールが出たのは初めてです。はい」とノタマワレたので益々気持ち良くなる。

 気持ち良いままホテルで昼食。バイキングだったのだが、PAの助手のおねーちゃんが結構いろいろ食べた後に、デザートでケーキ4個喰いという攻撃をしてきたので、負けじとシュークリーム2個喰いで応戦する。先ほどまではいろいろ気持ち良かったのに、少し気持ち悪くなる。

 2回目、3回目と曲目を替えつつ、滞り無く終了。3回目などは、2回もアンコールが来た。また気持ち良くなる。

 気持ち良いまま、奇跡的に日野インターに着いた。一件落着。


137(97.05)「頭の中が七五調」

 考え事をしていると、頭の中で文章が「七五調」になってしまって困っている。

 別に、近頃俳句に凝っているとか、交通標語作りに夢中だとか、毎朝起き抜けに百人一首をやっている訳でもないのに、何故かそうなる。今もこの文章を書きながら、頭の中では次に何を書こうかと考えているのだが、それもやはり「七五調」だ。それを無理矢理普通の文に直して書いている。

 考えて、いることをただ、そのままに、書いてみるなら、このように、とぎれとぎれの、文になりぬる。

 ね。こうなっちゃうの。最近はだんだんエスカレートしてきて「七五調」のものしか目に入らなくなってきた。

 中華料理のメニューを見ても「五目麺、天津麺に水餃子、八宝菜と五目炒飯」などと、つい和歌になったりする。

 そのまま注文などしたら、とんでもなく食べ過ぎだし、第一コストがかさんでしまう。

 かと云って「焼きソバ」とか、4音節のものなど考えるだけでもハズカしいし、「今日のランチ」なんかは発声するのもイマイマしい。まして「ラーメン炒飯セットしかもシュウマイ付き」なんて死んでも注文出来ない。

 レッスンの時もいささか困るのは、生徒さんの名前を呼ぶことだ。「勅使川原」とか「太郎左右衛門」など、もともと5音節、7音節の苗字か名前の人は、ちょっとブッキラボウだがそのまま呼んでしまえばいい。

 「鈴木」「田中」「佐藤」など3音節の場合も「君」とか「さん」とか「殿」とか「様」を付ければメデタく5音節になるから問題ない。

 難しいのが4音節の人だ。目の前に居るのに「氏」を付けるのも変だし、「越後屋さ」とか「石川よ」とか「五十嵐ね」とか、いちいちいうのもちょっとアレだ。

 だからと云って、毎回「おまえさん」とか「あなたさま」とか「ねえちょっと」などと呼ぶのもいやだ。オイランじゃないんだし。

 ただ、もっと困るのが7音節を越えた場合だ。「ストラビンスキー」とか「アマテラスオオミカミ」とか「イリオモテヤマネコ」とか「美少女戦士セーラームーン」などは呼びようもない。

 あ。でも今はそういう生徒さんは居ないから大丈夫だわ。


138(97.06)「三内丸山遺跡」

 青森県の「三内丸山遺跡」に行って来た。

 「狩猟と採取で食料を確保して、村のような集団生活はしていなかった」という、私が学校で習った縄文人の姿が間違いであったことの証拠がいくつも見られた。

 植物の種子をDNA鑑定したら、明らかに栽培していたことが判ったそうだ。

 出土したものから、日本各地との交流があったことも判る。漆塗りの技術がすでにあって、専門の漆職人がいたらしい。

 残っている柱の跡からは、建物の大きさが推測出来る。その復元されたやぐらとか家を見ると、当時の建築技術の高さが相当なものだったことに驚かされる。

 大人の墓地、子供の墓地も発見されていて、集団生活をしていたことの裏付けになる。ただ、人の骨は見つかっていない。5千年も経っていれば当然だとも思うが、魚の骨なんかは結構残っている。

 ガイドさんの説明では「たまたま湿地帯で真空パック状態だったので残っていたのです」とのことだったが、どうもアヤしい。一人ぐらいは足を滑らせて、湿地帯に落っこちてミマカった縄文人も居た筈だ。なのに一切人骨が残っていないというのは納得出来ない。

 「変だよな。変だよな。変だよな」とブツブツ言いながら資料館を見学していたら、稲妻のようなものスゴいヒラメキが私の脳内を駆け巡った。

 資料館のいたる所に「土偶」が見られるのだ。人の形をしたアレだ。

 「『土偶』は無数に発掘されている」。

 これだ!

 この「土偶」こそが縄文人そのものに違いない。この「土偶」が縄文人のミイラなのだ。そう考えれば、すべての疑問が解決する。

 もし土偶でない縄文人が、そのおびただしい数の「土偶」を作ったとしたら、何故そんな労力を土偶作りに費やしたのかが誰にも説明出来ない。弥生人だって不思議に思う筈だ。人骨が残っていないことも、それで納得だ。

 その証拠に「土偶」は口からお尻の所にかけて、ちゃんと穴が貫通しているのだ。立派な消化器官だ。

 すかさず、ガイドさん及び同行のO橋T和、H井Y則、Fランシス・Sヴァ、機材車のF川ちゃん、マネージャーのM保子(推定34才)等に、その天才的ヒラメキを発表した。

 「あはははは」というのが大半の反応だ。

 唯一、違う反応を示したのがO橋T和で「からだカタそうだよな」だった。

 全員すこぶる立派な現代人のバカだったのだ。


139(97.07)「マーズ・パスファインダー」

 1億9千万キロ彼方の火星から鮮明な映像が届いた。米の「マーズ・パスファインダー」からだ。

 1億9千万キロを7カ月で到着しているから、平均時速は約3万8千キロだ。

 速いので有名な、京浜急行の快速電車もビックリだ。上大岡から横浜が1.6秒で着いてしまう速さだ。

 届いた画像は全体に赤みを帯びた砂漠のような様子で一見暖かそうに思えるが、日中で-20℃、夜は-70〜90℃なのだそうだ。

 これは寒いぞ。

 私も-42℃までは知っているが、-90℃は想像も出来ない。バナナで釘が打てるなどというレベルではない筈だ。きっとバナナが釘を打てるぐらいなスゴさだと思う。

 大気は地球の100分の1で、95%が二酸化炭素だ。これはちょっとクルシそうだ。人が暮らすには厳しすぎる状況だ。

 まだ、真冬のシベリアで素っ裸のまま布団圧縮袋に入れられる方が快適かも知れない。

 または、液体窒素で瞬間冷凍されながら鼻にコルクを詰められる方が幸せなのかも知れない。

 うわー、やっぱり、それもイヤだわ。


140(97.08)「平成版ことわざ〜その1」

 平成も9年目ともなれば、そろそろ「ことわざ」も平成版に改訂してもいいのではないか。と思ったので、新しい「ことわざ」を提案する。


「川が河童の流れ」

 川の流れが全て河童であるということ。空想上の生き物である筈の河童が、川一面を覆いつくして流れているからには、その存在を認めざるを得ない。事実は素直に認めるべきだというたとえ。(用例)「そんなに強情を張ってもこれだけ証拠が上がってんだぞ。いいかげん川が河童の流れにしたらどうだ」


「嫁は秋茄子に喰わすな」

 秋茄子ババアが現れても、嫁だけは守れという教え。但し、秋茄子ババアはまだ誰も見たことがない。転じて、無駄な心配をしても意味がないこと。


「明日の風は明日吹く」

 当たり前のこと。反対語は「あさっての風はおととい吹く」。


「回れば急げ」

 遠回りしてしまったら遅れを挽回すべく急ぎなさいという教え。(英)Run, don't walk.


「三度あることは二度あった」

 ものには順番というものがあるということ。同義語に「四度あることは三度あった」がある。


「上には下がある」

 上ばかり見て生きていると、偏った人間になってしまうという戒め。類義語に「下には上がある」がある。下ばかり見て生きていると、ロクな人間にしかならないという戒め。 


「まことから出た嘘」

 話を面白くするために、つい嘘が混じってしまうこと。面白くなるんだったら、その方が良い。


「寝床のウナギ」

 寝ようと思ったら布団の中がウナギだらけ。転じて気持ちワルイこと。(用例)「何だよ、一人でヘラヘラ笑って。寝床のウナギな奴だなあ」


「餅に描いた絵」

 食べ物を粗末にしてはいけないということ。(用例)「こら。ピーマン残しちゃ餅に描いた絵だぞ」


「起きて一畳寝て半畳」

 変な寝方は身体に悪いということ。


「憎さ余って可愛さ百倍」

 そういう屈折した心理状態だと、まともな社会生活は出来ないということ。


「肉を切らせて皮を切り、骨を切らせて肉を切る」

 自ら進んで負けてはいけないということ。類義語に「負けと思うな、思えば勝ちよ」がある。


「猫、窮鼠を噛む」

 自然の掟はキビシイということ。


「森を見て木を見ない」

 全体ばかりを見て、物事の基本を捕らえていないこと。


「山河破れて国在り」

 日本がこれまで繁栄したのも、ゴルフ場建設やダム建設のお陰だということ。自然保護団体では禁句のことわざ。


「正直は三度目」

 本当の事を言ったのが、生まれてから3回目だというものスゴい嘘つきのこと。


「一兎を追うものは二兎をも得ず」

 どうせ何かやるんだったら、効率良くしなさいという教え。


「喰う者働くべからず」

 食事をしながらまで仕事をすると、体に良くないという教え。


「泥棒を見たら人と思え」

 泥棒だって人なんだぞ、という泥棒サイドからの悲痛な訴え。


「勝が負け」

 座頭市も癌には勝てなかったということ。類義語に「勝と思うな思えば玉緒」がある。


141(97.09)「平成版ことわざ〜その2」

 前号に続き「平成版ことわざ」を提唱する。


「筆は弘法を選べず」

 どんなに立派な筆だって、弘法大師に使われるか、そのへんの馬の骨に使われるかは分からない。同義語に「ギターはイエペスを選べず」がある。


「石の下にも三年」

 古すぎる漬物のこと。


「ボタモチから棚」

 ボタモチを食べたら、中に棚が入っていた。転じて、災いはいつ訪れるかわからないということ。


「王道に学問無し」

 王様に学問など必要はない。生まれつき地位も名誉も財産もあるのだから当然だ。


「ギョのふり」

 驚いたふりをすること。


「五十万歩百万歩」

 一日一歩の法則から計算すると、50万日、約1370年の差が出る。ずいぶん違うことのたとえ。類義語に「五十ギガバイト百ギガバイト」がある。


「自画持参」

 自分の絵を持ってきたこと。それだけ。


「地震雷火事親爺」

 ものスゴい地震のさなかに、落雷にあって家が全焼してしまったとても悲惨な親爺のこと。


「一日十年のごとし」

 ブラックホールの「事象の地平線」近くでは、第三者から見ると時間が遅くなる。1日があたかも10年のように見える。「相対性理論」の奥深さを現している。


「三本も矢は折れない」

 一度に折ろうとするとその通りだが、一本づつ折れば良い。反対語に「三兆本の矢は折れない」がある。1日に1万本の矢を折っても3兆本の矢を折るには、約82万年かかる。


「暇なし貧乏」

 暇あり富豪、暇なし富豪、暇あり貧乏の下の階層に位置する。最悪の状況。じつは、中産階級のはほとんどはここに属する。


「剣はペンよりも強し」

 半月刀を持っているやつと、モンブランの24Kを持っているやつとが戦ったら、どっちが勝つでしょう。始めから勝負が決まっていることのたとえ。


「小は大を兼ねる」

 小だと思ってトイレに入ったら間違って大をしてしまったこと。そこまでヨッパラってはいけないという教え。


142(97.10)「フライトイン台風」

 台風19号に向かって秋田に飛び、台風20号に向かって羽田に帰ってきた。台風の「追っかけ」と呼ばれている今日この頃だ。

 さすがに台風の近くは飛行機のユレが激しく、時折機体が急激に下降して、一瞬の無重力状態でスッと身体が軽くなる。脊椎の牽引と同じ効果で、ヘルニアが治ってしまった人が何人か居たようだ。

 ま、それくらいユレた訳だ。

 「このまま墜落するのではないか」と、ほとんどの乗客が一瞬は考えた筈だ。

 「えー、皆さん、こんにちは。機長の田中です。えー、ただ今当機は福島上空を順調に飛行中です。えー、台風20号の影響で現在も軽いユレが続いておりますが、今後はさらに激しいユレが予想され、えー、それは恐らくモノスゴいユレで、今まで私も経験の無いほどのユレだと思われますが、飛行には問題はありませんので、どうぞご安心下さい。えー、ほら、だんだん激しくなってきました。乗客の皆様はシートベルトをしっか、うわー、びっくりしたなー、もう。あ、失礼いたしました。こんなに急にユレるとは思っていなかったもので・・・ねえ、ちょっと、大丈夫?しっかりしなさい、ほら・・・あ、失礼いたしました。隣で副操縦士が天井に頭を打ち付けて気を失っている模様です。えー、飛行には問題はありません。ご安心下さ、うわ、うわ、うわ、あー驚いた。スッゲーなあ、このユレ。ん?何?・・・尾翼が取れた?何枚?・・・全部!?まいったなあ、トンボじゃねーんだから・・・えー、ただ今機関士から尾翼が取れたとの報告がありましたが飛行には問題はありません。まだ、主翼が残って・・・げ。主翼も取れたぁ?2枚とも?うっひゃー。トンガラシじゃねーか、それじゃあ・・・えー、ご安心下さい」

 こんな機内アナウンスだったら気も紛れたのにと思う。


143(97.11)「カッシーニ」

 10月15日、現地時間で午前4時43分、フロリダ州ケープ・カナベラル空軍基地から土星探査機「カッシーニ」が打ち上げられた。7年後の2004年7月に土星に到着する予定だ。

 ところがこやつ、最初の2年ほどは地球の辺りをウロウロしているのだ。ロケットの推力だけでは土星に到達する速度まで加速できないので、「スイングバイ」という方式で加速する。まず半年後に金星に接近してその重力で加速する。その1年後にもう一度金星の重力で加速。2カ月後に今度は地元、地球の重力でさらに加速。やっと土星方面に向かうのだが、1年後に念のため木星の重力で加速する。その後はひたすら土星を目指す。3年半後に到着。32億キロの旅だ。

 6年と9カ月で32億キロだから、平均時速はおよそ55,000km/hになる。前半はゆっくりで、後半はどんどん加速されているからこんなもんじゃない。

 速いは、これは。京浜急行の550倍だもの。上大岡から品川が3秒足らずで着いちゃう。絶対川崎なんかでは降りられないな。アブナくて。

 仮に京浜急行で土星まで行くとすると、3,652年もかかる。飛行機でも456年だ。マラソンのスピードで走ったとしたら、1万8,000年だ。カール・ルイスがずーっと全速力で走っても1万年かかる。遠いわ、これは。

 2004年7月から4年間に渡って土星のデータや画像を送ってくる。18個ある衛生の中で最大の「タイタン」には、小型探査機が着陸する。楽しみなことです。


144(97.12)「ハイパーで便利な世の中」

 便利な世の中だ。このギターランドも、コンピューターを使って電話回線でデータをやり取りして、DTPソフトのひな形に張り込んでレイアウトしている。

 ギターランド創刊の12年前は、手書きの記事を徒歩か自転車で運び、2行しか見えないワープロで打ち、手作業で切り貼り細工をしていた。誤植が1文字あったりしたら、その文字だけを打ち出して上から貼ったりもした。

 もっと昔だったら修正液片手にガリ版を使った筈だ。

 更に昔だと1枚づつ手書きするしかない。

 その前だと粘土板にくさび形文字を書く。皆さんに粘土板を配るのが大変そうだ。

 もっと前だと亀の甲羅に書く。大量に亀の甲羅を調達しなくてはいけない。

 または洞窟の壁に象形文字を掘る。この場合、壁を配るわけにはいかないから皆さんに見に来てもらうことになる。

 更にさかのぼれば、文字がなくなるから、琵琶法師のように街角で語る。幸い職業がら琵琶をマスターすることには自信があるが、レッスンどころではなくなる。

 今は本当に便利な世の中だ。


145(98.01)「オリンピックを考える」

 1998年に突入して、もう間もなく長野オリンピックが始まるというのに、今ひとつ盛り上がりに欠けているように感じるのは何故だろう。せっかく地元日本で開催されるのだから、もっと盛り上げたいものだ。

 そのためには競技種目を見直すことも必要だ。現行の種目はタイムとか得点をを競うという、素人目にはちょっと地味なものが多い。もうひとひねり演出が加わればもっと面白くなる筈だ。

 例えば「ジャンプ」はハンググライダー着用を許可する。「3万メートル級」とかが出来る。「K点」が群馬県だったりする。

 「スピードスケート」はいかに氷の上を速く移動するかが競技の目的だから、道具は何を使ってもいいことにする。自転車もOKだ。橋本聖子はこれをやりたかったに違いない。

 スキーの「回転」などは、あのバシバシ倒しているポールの中に1本だけ倒れない鉄の棒を混ぜておく。これは見ていてスリリングだ。または高圧電流を流しておくのも良い。

 「滑降」はコースの途中に「ミカン」をたくさんバラまいておいて、滑りながらそれを拾ったら1個につき1秒タイムを減らす。「スイカ」も何個か置いておく。これは1個で10秒減だ。100km程のスピードでとても拾えるものではないと思うが、ばん回不可能なヤツなんかはダメモトで拾いにかかるかもしれない。

 「フィギアスケート」は衣装を透明ビニールに限定する。み、み、み、見たいでしょ。

 「リュージュ」は逆さまに頭から滑ってもらう。

 「アイスホッケー」はリンクの周りのフェンスに鉄の鋲を打っておく。激突する度に血しぶきが上がって演出効果は抜群だ。

 「バイアスロン」などは機関銃と手榴弾を使っていいことにする。かなり派手になる。

 これだけやれば盛り上がることは保証されたようなものだ。


146(98.02)「ゴキブリの惑星」

 あと40億年もすると、太陽は水素を使い果たし赤色巨星になり、地球をも飲み込んでしまうほどに膨張する。その時点で地球もオシャカになるのは間違いない。

 現在は地球上に生命が誕生してからちょうど40億年くらいなので、地球上の生命も半ばにさしかかっていることになる。

 動物が生まれたのは6億年前、海から陸に上がったのが3億6000万年前、恐竜が現れたのは2億2800万年前、それから1億6000万年に渡って恐竜が地球を支配し、それに代わって哺乳類が6500万年前から繁栄、人類がチンパンジーとの共通の祖先から別れたのが500万年前、現代のホモ・サピエンスが現れたのはたったの15万年前だ。

 これからずーっと40億年も人類が繁栄し続けるとはとても考えられない。

 人類の次に地球を支配するのは何だろう。「猿の惑星」みたいな猿だろうか。それとも「エイリアン」に乗っ取られてしまうのだろうか。

 私は「ゴキブリ」がクサイと思う。

 何と言っても今までの歴史があるし、あのたくましい生命力はモノ凄いものがある。これから何億年かの間に知能も発達するかも知れないし、大きさもだんだん巨大化するかも知れない。生命力はそのままで人間並みの知能を持ち、体長が1.5メートルのゴキブリになったらもうかないません。いさぎよく降参しましょう。

 そんなのが側にいるだけでキモチワルイし。


147(98.03)「必要経費」

 毎年この時期は、深刻になって顔が青色になることが確定している。税金のせいだ。

 帳簿を整理して、収入から必要経費を引き、様々な控除を引いた額が税金の対象になる。

 で、「おらの税金はこんだけですだ。お代官様」と申告するわけだ。

 「収入」はわかる。人様の前でギターを弾いたり、シャレを言ったりしていただいたもの(『ギャラ』と呼ばれる。大抵は1割目減りしている)。人様にギターの弾き方、シャレをお教えしていただいたもの(『月謝』とか『指導料』と呼ばれる。前者は目減りしない場合がほとんどだが、後者はビックリするほど目減りする)。この辺が私の収入のほとんどだ。

 その他に、麻雀というゲームをした後になぜか数千円いただいたり(奪われることもある)、下を向いて歩いていて十円玉をいただいたり(数年前に札幌で千円札をいただいたこともある)、タバコ屋で240円のタバコを買って500円出したらどういう訳か760円お釣りをいただいたり、知らないおじさんから「アメでも買いなさい」と百円いただいたりなどがある。

 難しいのは「必要経費」だ。仕事で収入を得るために必要な経費のことなのだろうが、どこまでが必要経費になるのか悩む。

 「食費」。何にも食べなかったら仕事など出来るはずがない。「必要経費」だ。

 「酒代」。酒がなかったら手が震えだしてしまう私には「必要経費」だ。

 「タバコ代」。禁煙すると生徒に噛みついてしまうという持病を持っている私には「必要経費」だ(毎週噛みついても辞めない生徒はあまりいないので仕事にならない)。

 「服(下着、靴下も含む)」。ステージ衣装はもちろんだが、講師が全裸でも辞めない生徒はほとんどいないのでふだん着ている服も「必要経費」だ。

 「リフト代」スキーをすることによって日々の仕事に耐えうる体力を養い、精神的にもリフレッシュして良い演奏が生まれる。「必要経費」だ。

 「トイレットペーパー」事後、トイレットペーパーを使用しない野生動物のような講師に習いに来る生徒はおそらくいない。「必要経費」だ。

 「寝具」不眠で仕事はできない。「必要経費」だ。

 今年はこれくらいで勘弁してやろう。


148(98.04)「4月1日の日記」

 今回は特にこれといったネタがないので、私の日記を公開することにする。

 「今日は朝から忙しく、コンサートの打ち合わせだった。是非私とジョイントでやらせてくれというミュージシャンがいて、その事務所から連絡が入り、条件を話し合った。相手は私の知らないピアニストで、ハービー・ハンコックとかいうアメリカ人だそうだ。どうせまだカケダシの若造なのだろうが、せっかく私を指名してきたのだから受けてやることにした。『OK。そのハンモックとやらにジャズ・ミュージックの魂を教えてやるぜ』と英語で言ってやった。向こうは私の寛大な答えに喜んで、電話口で『ヒィヤッホウ』とか叫んでいた。そのあと今度はイギリスからレコーディングに参