03(86.03)「左足の法則」
第3号で早くもページ数が倍になったということは、この勢いで3号ごとに倍になるとすると「ページ数=2の3分のχ乗(χ=号数、χ≧3)」という「メンデルスゾーンの左足の法則」に従い、6号で4ページ、9号で8ページ、12号で16ページとなり、2年後の24号では256ページ、さらに3年後の36号では4096ページで、毎月「広辞苑」2冊分くらい、5年後の60号に至っては104万8576ページという、「ブリタニカ百科事典全27巻」も裸足で逃げ出すという、とんでもないものを作ることになる。
今はただ、そのことばかりを考えて、頭が痛い毎日なのだ。
04(86.04)「肩甲骨の第2法則」
ところが、心配には及ばず「左足の法則」は間違っていた。また1ページにもどったからだ。
ということは、この勢いで、1号ごとにページが半分になるとすると「ページ数=0.5の(χ-4)乗、(χ=号数、χ≧5)」という「ストラヴィンスキーの肩甲骨の第2法則」に従い、6号でハガキ、8号で名刺、10号で切手くらいの大きさになってしまう。20号だと顕微鏡でないと読めなくなる筈だ。
そんな小さな文字が書けるかどうかを心配している。
08(86.08)「英会話でレッスン」
週に1度英語で会話をするのだが、日本語に訳すと恐らくこんな感じだ。
「やあ。調子はどうだ」
「偉大だ。こんにちはだ」
「兄弟はどうだ」
「彼は家だ。家になった」
「それは北海道か」
「いやいやいやいや、家になったのだ」
「そうか。それはよかった」
「いつおまえはところで、来るか日本か」
「3日前だ。日曜日だ」
「ロンドンは焦げたか」
「暑い」
「焦げたのか」
「そうだ」
「うそか」
「そうだ」
「そうか」
「帰るか」
「それは電気だ」
「じゃあな」
「またな」
31(88.7)「時間がはやい!」
もう今年の半分が過ぎた。時間の流れが速くなってきていることに気付いているのは私だけではない。「私もそー思う」と言う人が何人もいるからだ。という事は、地球の自転速度、公転速度が速くなっているに違いない。最近、道を歩いていると、遠心力と慣性の法則のせいで、よく西側に転ぶのが何よりの証拠だ。
ブーニンだって西側に転んだのだから間違いない。
(追伸)発行か遅れてごめんなさい。完璧な理論で証明した様に、なにしろ時間が速くて、一日かけて一行書くのが精一杯で、「編集後記」だけでも、6日もかかってしまうのだから驚いた。
45(89.09)「ボイジャー2号」
ボイジャー2号は、70億キロ飛んで海王星にたどり着いたのだそうだ。 70億キロなどと漢字混じりで書くと近そうに見えるが、7,000,000,000キ口と書くと、これは大変な距離だとわかる。ましてや7,000,000,000,000メートルだと、めまいがしてくる。さらに700,000,000,000,000センチだと、馬鹿バカしくなってきて、7,000,000,000,000,000ミリだと、読み方を考えるだけで、3日かかってしまう。それ程遠いのだ。
フル・マラソンを1億6千6百13万3千4百28回走らなければならないのだから、瀬古やらイカンガーやらは裸足で逃げ出すし、アべべだって靴を穿いて逃げ出す始末だ。
60(90.12)「ワープロ様還暦」
メデ夕くも、ギターランドが60号である。
60というと、人間なら還暦である訳で、大変なことだ。何かお祝いをしなくてはと思い、赤い座布団の上にギターランドを乗せてみたが、特に喜んだ様子もない。赤い帽子も被らせてみたが、無表情だ。彼自信は特に感慨深いものはないらしい。
そこで、60号まで発行出来たのも、ワープロ様のお陰であることに気付き、ワープロ様を赤い座布団に乗せてみた。心なしか、印字の時の音が優しくなったような気がする。喜んでいるのかもしれないので、赤い羽織も着せて、キーを叩いてみたら、カーソルが消えて、メモリーが消し飛んだ。
モ一ロクしていたのだ。
66(91.06)「レコーディングは体力だ!」
今月「合点承知之助トリオ」でCD用の録音をする。
大抵のCDなりレコードなりの音楽ソフトは、マルチトラックといって、何回でも録り直しが出来る方法で行う。三人で録音して、もし一人がミスをしても、あとからその人だけがやり直せば良い。あるいはミスした部分だけを録り直してハメ込むことも出来る。
ところが我々の演奏は、曲中でテンポが変化する場合が多く、マルチ録りだとノリが出ない。音質の問題も絡んで、全て一発録りだ。
一人ミスれば最初からやり直し。曲の冒頭部でならまだ良いが、あと1小節でおしまい、とかいうあたりでミスったりしたら、恐らく他の二人の白い眼攻撃は避けられない。
それだけで済めばまだいい。そういうことが、二度、三度と重なったりしようものなら、ウェスタン・ラリアートぐらいは覚悟せねばなるまい。
とはいえ、何もミスる可能性があるのは私に限ったことではなく、他の二人だって普段のミス発生率は私と同じ3割3部3厘だ。とすれば、録音予定の12曲中8回は私以外のものがミスる計算になる。ラリアートを8発喰らったとしても、8発はこちらからお見舞いできるわけだ。
やはりこれは体を鍛えておいて、先制攻撃を仕掛けて序盤で決着を付けた方が賢明だ。
69(91.09)「嬬恋コンサート」
群馬県の嬬恋(つまごい)村という所でコンサー卜をやった。
午後2時の開演なので、午前11時頃には現地に着いていないと、仕込みが間に合わない。従って、上野を朝7時に出なければならない。従って、横浜を5時半に出なければならない。従って、上大岡を5時に出なければならない。従って、4時半には起床しなくてはならない。
目覚まし時計の非情な音で、無理やり布団から体をひっぺがし、フラフラと駅に向かう。途中ヤケになって牛乳配達でもしてやろうかと思ったが、やめ、電車に乗り込む。
予定通り11時に会場に着き、30秒の休憩の後さっそく舞台の仕込みにかかる。
会場に入ってまず驚いたのが、客席から見て右前方の所に 「来賓席」と書いた短冊をヒラヒラさせているテーブルがあったことだ。過去いろいろとコンサートをやってきたが、来賓席を目撃したのは初めてだったので、3人共気が動転し「今日は運動会も兼ねているのか?」とか「紀子様も来るのか?」とか「始球式もあるのだろうか?」などと口走っていたが、そのようなことは無く、結局最後まで誰もそこには座らなかった。いまだに、あの無人の来賓席は七不思議のひとつとして、我々の間で語り継がれている。
気を取り直して仕込みを始めようと思ったら、今度はPA(音響装置)がヤバい。恐るおそる上を見上げると、ミラーボールの様な丸いものか2つぶら下がっていて、よく見るとどうもこれがスピーカーらしいという結論に達し、ステージを見ると平安時代末期のものと思われるステレオがある。この2つを併用して、まあ事無きを得たが、音が出たことは七不思議のひとつとして我々の間で語り継がれている。
ま、無事音も出たし、あとは本番を持つだけとなり、胸を撫で下ろしていると、今度はテレビカメラらしきものがドヤドヤと入りこんできて準備を始めている。群馬テレビで収録するのだそうで、カメラが3台も来た。
いよいよ本番開始で、コンサートの実行委員長様のご挨拶だ。つかつかと客席前方に歩み出てきた委員長様は、やおらテレビの集音用マイクをつかみ「アーアー」とかやり始めた。中継車の中で、ヘッドフォンを被っていた音声さんが気を失ったのは、まず間違いない。
無事コンサ-トを終え、聴衆の皆さまも喜んで下さって、トンボがえりで舞い戻って来た一日だった。
73(92.01)「飛行機操縦考」
飛行機に乗っていて、揺れか激しい時はさすがにコワい。「ガクン」 とか云って急に下降などしたら「そう云えば足下に床らしきものはあるが、本当の地面は8千メートルも下なのだった」などと思い出し、背骨がツララになる。大体が顔も見たことがないアカの他人であるパイロットに命を預けているのだから我ながら大胆な話だ。余程スチュワーデスさんに 「今日のパイロットさんの性格は温厚ですか。連動神経はニブくありませんか。酒は飲んでませんか」と質問しようとも思うが、途中で降ろされると困るのでやめた。仕方がないので勝手に"本日のパイロット分析"というものをしてみることにした。話しの相手は合点承知之肋トリオのH井Y則だ。
「どうも今日の離陸は助走が長かったな」
「うん。途中で一回ギヤダウンしたしな」
「飛行機にギヤってあんのか?」
「最近はオートマかな」
「で、滑走路がなくなりそうになって、慌てて離陸してやんの」
「だって今日の運転手はまだ仮免だぜ」
「なんだ。じゃあこれ路上教習か」
「ま、そうだな。空中教習というか」
「バレてんだよな。すっかり」
「あ一あ。こんなに急ハンドル切っちゃって裏返っちまうぞ」
「きのう、そこのスチュワーデスにフラれて気が立ってんだよな」
「困るよな。私情からめちゃ」
「ほら。あの羽の先っぽのところの点滅する赤いライトもつけ忘れてるよ」
「あーあ。 羽田に着いたらおっこられるぞー」
「ビークかもな」
「スチュワーデス呼んで教えてやろうか」
「いいよいいよ。ほっとこうぜ」
「そーするかァー」・・・・・馬鹿が怖がってもロクなことは考えないという例だ。
79(92.07)「スペイン語料理講座」
お料理講座でも出てきたが、スペイン語には日本語の語感とよく似た言葉が色々ある。
「バカ」は「牛」で、「アホ」は「ニンニク」だ。
「マグロ」が「豚」だからややこしい。
「イカ」は足がからまるから「カラマル」。
「サル」は「塩」で、「タント」は日本語と同じで「たくさん」のこと。
「トマテ」が「トマト」。
「サルサ」は「ソース」。
「ハモン」は「ハム」だ。
従ってスペインの料理番組はこんな風になる。
「まずバカとマグロを合挽きにして下さい。そうです。バカはよーく叩いてね。アホは細かく切ってそこに入れましょう。あ。サルもタントね、3匹程。あ、いや小さじ3杯程ね。それとちょっとまて!いや、ちょっとトマテも入れましょう。サルサもね。あ、こらこら踊っちゃいけません。サルサです。サルサ。それからカラマルです。因縁をつけちゃいけません。そーゆー意味ではありません。ハモンしますよ。あ。これ日本語だわ。あはははは」
そんな番組はない。
86(93.02)「北海道コンサート記しかも地震付き」
「あ。サイフが無い」
女満別行きJAS183便に乗り込もうとする直前の、H井Y則のこの発言から旅が始まった。
「電車の中でスられたかもしれないなー。満員スシ詰めだったしなー。まいったな一。70方位入つてたのになー。しょーかないよなー」
うちひしがれるH井を 「ま、人生いろいろ。苦あれは楽あり。捨てる神あれば拾う神あり。果報は寝て持て。猿も木から落ちる。カッパの川流れ。損して得取れ。寝耳に水。泣き面に蜂。覆水盆に返らず。くよくよするなよ」となだめつつ、どんどん乗り込む。
北海道の東半分は私のナワバリなので、機内は知り合いばかりで、肉親まで現われる始末だ。着陸直前に機体を30度程傾けて、 屈斜路湖やら知床連山やら摩周湖やらをお見せするという、運転手さんのイキなはからいがあって、無事女満別空港に到着。
預けた荷物が回転寿司と化して戻ってくる。
H井がすかさずバッグの中を調べる。
「あったわ」の声と共に2方円入りのサイフが現われ、ナグル、ケルの袋叩きの刑に処す。
途中網走でシースー(寿司)を80個づついただき、一路佐呂間町へと向かう。
到着後直ちに仕込み作業開始。現地の音響機材の老朽化にてこずるも、なんとか目標のサウンドをクリアし、主催者様でおさななじみのK井君と前夜祭を取り行なう。
左隣で飲んでいたオジサンが帰る時に「オカンジョ-」とか言つたら、店のオヤジが「680円」と答えたので、全員イスからズリ落ちる。続けざまに右隣のオジサンが「オカンジョー」で、オヤジ「480円」で、再びズリ落ちる。
そういう店なのだ。
安心して、カキホタテツブイカ等を5キロ程づつと、ビール8ガロンと、ブランデーの水割りという、ちょっと許し難いものをどんどんいただく。
宿に引き上げ、去年泊まった時と部屋割りがまったく同じであるというCIAの陰謀としか考えられない状況に甘んじつつも、寝、あっという問に起き、まだ胃の中の80%程を占めているアルコール共を70℃程の温泉で追い出し、いざお仕事だ。
成人式の記念式典後のアトラクションで演奏する。
ここまでは良かったのだ。夜の一般向けのコンサートがマズかった。演奏自体がマズかった訳ではない。
コンサート中に、あの釧路沖地震が起きてしまったのがマズかった。
「今日はお客さんもノリがいいな。みんなからだがユレてるわ」と思ったら、こっちもユレてた訳で、ステージ頭上の照明はアメリカン・クラッカーのようにスウィングしてるし、客席側の天井のライトもズリスリズリズリと落ちてきている。お客様は数名避難したが、太半は落ち着いていらっしゃる。私達がニゲれぱ、皆もニゲてしまうだろうし、パニックになってはいけないので、じっとガマンしていた訳だ。
ふと横を見るとH井Y則は堂々として、落ち着きはらっている。「なるほど。晋段は人サウガセな奴だが、イザという時はしっかりしているのだなあ」と感心してしまったが、いつまでたっても立ち上がらない。
失神していたのだ。
その後コンサートも再開し、皆「地震友達」という連帯感も生まれ、終演。主催者様の後夜祭しかもカラオケ付きをクリアし、宿に戻りL、寝起き空港飛行機バス電車の順で横浜にたどり着き、現在に至る。
94(93.10)「日付変更線の怪」
日本からハワイに向かうと、日付変更線を越えるので日付が1日戻ることになる。
日本が10日だったらハワイは9日だ。
だったら、ものスゴイ速さでハワイを飛び越え、アメリカ、大西洋、ヨーロッパ、アジアと回って、もう一回日本方面から日付変更線を越えたら8日になるのか。 そのままグルグル回つたら7日、6日、 5日と過去に戻るのか。若返つちやうのか。 ど一してくれるのよ、そこんとこ。という内容の質問をされた。友人H井Y則からである。
余りにも盲点を突いた質問であったので、ちょっと動揺してしまい、自信の無いままに「日付変更線は 『1日に付き1回のみ有効』って決まってんだよ。国連で」とか答えてしまったが、どうも不思議だ。
もし本当にどんどん逆戻りしてしまうのだったら、何も赤道付近を"ものスゴイ速さ"で飛ばなくても、南極点とか北極点の回りをグルグル歩けばいいことになるから、植村直巳さんなんか自在に若返ったり、年取ったり出来た筈だ。
いろんな人にも聞いてみたが、なかなかこれだという答はない。中でもスゴかったのは生徒さんのM山K子さんの「やってみないとわからない」というもので、あやうく納得しそうになってしまった。
ところが、なんとその謎が解けてしまったのだ。KGS教務部地球物理学担当の0橋T和教授が実に明快な答を出してくれたのだ。
このパラドックスの謎の答が知りたい人は、地球儀持参で教授に質問するように。
109(95.01)「十二支」
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」であるから、今年の「亥」は十二支の一番最後なのだ。
しかし数ある動物の中から、何故この12種類が選ばれたのだろうか。別に他のモンでも良かったのになあ。
このメンツからすれば「熊」なんか居ても良さそうだし、きっと発祥は中国だろうから「パンダ」でもいい。「子」が居るのだから「猫」も入れないと「トムとジェリー」が成り立たない。ディズニー方面から見れば「ミッキーマウスとドナルドダック」の関係で「アヒル」も外せないな。北京ダックもからんでるし。「丑午未酉」あたりは家畜系でまとまってるから、まあ納得出来るが、“家畜の王様”とも云われる「豚」を外したのはちょっとマズかったな。親戚ってえことで「亥」が選ばれたのかな。あとは「寅」があって「ライオン」がないのはヤバい。西武のツツミからクレームが出る。「巳」がいいんなら「鰻」もいい筈だ。「卯」があって「亀」がないと、イソップの立場がないし、「亀」が出て「鶴」を外すと縁起系方面で問題がある。また「申」があって「蟹」がないと昔話が出来ない。「戌」は、まあそこら辺にゴロゴロ居るからいいと思うが、せっかくだったら「ハイエナ」とかの方が生命力がありそうでいいな。それと「辰」なんかは架空の動物だ。そんなのがユルサれるんだったら「ユニコーン」とか「ヤマタノオロチ」とか「ツチノコ」とか「人魚」とか「河童」とか「ゴジラ」とか「砂かけババア」とか「キングギドラ」とか、何でもよくなる。
その辺でまとめてみると「パンダ猫アヒル豚ライオン鰻亀鶴蟹ハイエナユニコーンヤマタノオロチツチノコ人魚河童ゴジラ砂かけババアキングギドラ」で十八支だ。
あ。言いにくいんだわ、これ。
110(95.02)「見慣れない人」
最近家で見慣れない人をよく見かけるのだが、これがまたよく眠る人で、ほぼ一日中横になっている。そのダラケ具合がちょっと目に余るので忠告することにした。
「あなたってぇ人は何ですか。え。突然人ン家に住み着いちゃったと思ったら、一日中ゴロゴロごろごろして。少しは起きて仕事とか運動とか、そーいうことをしたらどうなんですか。せめて挨拶くらいしなさい。そんな泣いたってだめです。あ。こんだぁ急にニヤニヤしちゃって。」
頭にきて力ずくで追い出そうとしたら「生後2ヶ月の赤ちゃん相手にバカなことばかり言ってないで、とっとと仕事かなんかしなさい」と息子と娘の母親ににシカラれてしまった私。
111(95.3)「ひな祭り」
3月は「ひな祭り」で決まりだ。
連想ゲームでも「3月→ヤマメ解禁→釣り人いっぱい→釣れない→暇な釣り→ひな祭り」となるから間違いない。
私は全員男の二人兄弟だし、生まれてから33年間ずーっと硬派で過ごしてきたせいもあってか、去年までは「ひな祭り」など、全く縁が無かった。それがどうしたことか、今年は何故か無性に「雛人形」を買いたくなって、ヤもタテもたまらず「雛人形ショップ」に走り込んでしまった。
「ま。こんくらいあれば、凡月だか西玉だかの豪華32段飾りぐらいは買えるだろう」と思って数枚の1万円札を握りしめていったのだが、何と一番安いのでもその枚数の倍の値札が付いているのだ。きっとこれはビックリさせようとして、ワザと高いものばかりを並べているのだろうと思い、ショップのおじさんに訊いてみた。
「まったくもう、こんな高いのばかり並べちゃって。あるんでしょ、この半分くらいの値段の。ね。早くソーコから出してきてよ。ね」
「ない」
おじさんの冷たい返事が返ってきた。
「いや。そんな冷たいこと云わないで。ね。ゼータクは云わないから、豪華16段飾りぐらいでいいから。ね。ね」
「ない」
「じゃ、ほら、あの三人官女ってえの二人にしてもらってもいいから。それと五人囃子も、えーい一人でいいや。ナガシみたいで。ね。早くソーコから持ってきて。ね。ね」
「ない」
あきらめて別のショップを探すことにした。あった、あった。
「ください。その豪華1段飾りで、板持ってる男子と扇子持ってる女子が二人で座ってるやつ」
「はあ。この親王飾りですね。まいど」
かくしてやっと私にも「ひな祭り」がやってくる。
112(95.04)「数量呼称一覧」
「数量呼称一覧」というものが国語辞典のうしろの方に載っている。要するにモノの数え方の話だ。
「いか」は「一杯」と数えるが、昔の人はイカに液体を入れて飲んでいたのだろうか。その頃から「いか徳利」があったのかなあ。
「うさぎ」は「一羽」だが、ぴょんぴょん跳ぶから鳥の仲間にしてしまったのだろう。だったら「ノミ」も「一羽」だし、カンガルーもだ。三段跳びの選手もそうだし、ブブカもドクター中松も「一羽」と数えるべきだ。
「鏡」の「一面」はわかるが、「そろばん」も「一面」とは知らなかった。
きわめつけで「弦」が「一掛け」だとは驚いた。
「あーぁ。ギターの弦が一掛け切れちゃったよ。このあいだ六掛け全部替えたのにな。しょうがないから一掛けだけ張ろうかな。あ、ちょっとそこの三掛け目の弦、一掛け持ってきて」なんて云ったことはないよな、今まで。
113(95.05)「ゴミと太陽」
「太陽って燃えてるんスよね?」W部S悟さんからの質問だ。
「燃えてる。燃えてる。むちゃくちゃあっついらしいぞ」
「だったら、でっかいロケットかなんかにゴミいっぱい詰め込んで、太陽めがけて打ち上げちゃえば、ゴミ問題なんか一気に解消しちゃいますよね。ちょっとコストがかかりすぎるのが気がかりですけど」
「ま。そうかもしらんけど、生ゴミとか混ざってたら途中で腐っちゃってクサ過ぎるんとちゃう?」
「でも、誰かがニオイを嗅ぐ訳じゃないし。それより燃えカスが散らばっちゃったら、宇宙の環境破壊になっちゃいますかね」
「そんくらいは勘弁してもらえるんじゃない?ただ、“燃えないゴミ”が燃えるかどうかが心配だな」
「むっちゃくちゃ熱いから大丈夫でしょ」
「じゃ、“燃えないゴミ”って名前を変えないといかんな」
「“燃えないけど燃えるゴミ”」
「矛盾してるな」
「“燃えるかもしれないゴミ”」
「はっきりしてほしい」
「“頑張れば燃えるゴミ”」
「頑張ってる訳じゃないでしょ」
「“ホントは燃えるゴミ”」
「嘘を認めてしまってるな」
「“燃えたり燃えなかったりするゴミ”」
「どっちなんだよ」
「“燃えないと云ってはいるがその実体は燃えるゴミ”」
「回覧板に“燃えるゴミは月水金、燃えないと云ってはいるがその実体は燃えるゴミは火木土です。”って書くのか?長いよな。考えるのよそうか。意味ないから」
114(95.06)「太陽は知っている」
「太陽は燃えているのではなく、核融合反応を起こしてそのエネルギーを放出しているのだ」
ギタリスト兼西洋占星術師兼ちょっとだけ手相見というO津N明さんのお教えだ。
「なるほど。ロケットにゴミ詰め込んで太陽に飛ばしても燃えないのね」
「燃えるというよりは、溶けると言った方が正しいです」
「ん?じゃあその溶けたモノはどうなっちゃうわけ?」
「まあ、太陽の表面にペタとか云って張り付くんでしょうね」
「じゃ、あんまりペタペタやってたら太陽がマダラになっちゃったりするんだ」
「まあ、そういうことでしょう」
彼もよくわかんないようだった。
115(95.07)「堀井式ゴキブリ捕獲法」
「ゴキブリをさ、簡単に捕まえてしかも簡単に始末できる画期的なシステムを考えたんだけど、聞いてくれる?」
お馴染みのH井Y則だ。
「あれって叩き潰すのも気持ちワルイし、運良く叩き潰せたとしても、その後で片づけるのがまた気持ちワルイじゃん。そんで考えたんだけど、こう透明な何かグニョグニョした物体でさ、一応ボール型してんのがあって・・・」
「何なんだよ、その物体って」
「寒天のよーなゼラチンのよーなスライムのよーな、ま、そーゆーものよ。多分お菓子屋かオモチャ屋に云えば作ってくれると思うの。で、ゴキブリを見つけたらそれをぶつけるのね。そうするとゴキブリがそん中で身動き取れなくなって、しかもそのまま『ウニュ』とか丸めちゃってポイだから最高でしょ」
「世の中そんなにコントロールのいい奴ばかりじゃないぞ。それにお年寄りとか子どもだったら投げるのも大変じゃねえか」
「んー。じゃあ筒にその物体を入れて、後ろから『ポン』とかって押し出すの。あのコルクにヒモの付いた鉄砲みたいな。ね、売れそうでしょ、5百円位で。特許取ろうかな」
彼との付き合いを続けるかどうか考えているところだ。
116(95.08)「信号待ち猿」
2、3年前の話なのだが、私が上大岡の駅前で信号待ちをしていたら、隣にやたらと小さい人が居た。
朝なのにミョーに赤ら顔をしていて、腕が異常に長い。しかも非常に毛深い。どうやら服も着ていないようだ。困った人だな、とか思ってよーく見るとどうも人ではないようだ。
猿だ。
交差点で猿が一人で信号待ちをしていたら驚いてもいいと思う。つい一人と書いてしまったが、一匹というよりはほんと、一人という感じでだ。で、やっぱり驚いた。
いや、驚きますよ隣に突然猿が居たら。「こら。お前は猿のくせにどーして信号待ちなんかしてるんだ」と言いそうになったが、言っても解ってもらえないだろうし「キー!」とか云ってひっかかれても嫌だし、なんかこう「うわー。猿だね」ってだけなのよ。落ち着いて「毛づくろい」かなんかしてあげたら、ムツゴロウっぽくて面白かったのになあとか思うが、ただビックリしていただけだった。
今度会ったら絶対にそうするつもりだ。
117(95.09)「求む。どこでもドア」
北海道に日帰りの演奏旅行でビックリしてたら、今度は佐賀の翌日が青森ときた。もう何も恐いものはない。覚悟は出来た。午前中が沖縄で午後が稚内でも驚かないぞ。
ただ、飛行機の乗り継ぎがうまく行かない時はちょっと困る。佐賀で2回公演を終えて、福岡�羽田�青森の場合も、タッチの差で羽田�青森の最終便に間に合わない。結局その日は羽田に泊まるか、一旦横浜に戻ってパンツを取り替えてから翌朝6時に出直すかのどちらかだ。どっちにしても機材車に積んである音響機材は青森には届かないから、現地のものでマカナうしかない。
こんな時に「どこでもドア」があったら非常に便利だと思うので、ドラえもんによく似た人を探しているところだ。
118(95.10)「光タイムマシン」
たとえば1光年離れている星は、今地球で見ているのは1年前の姿だ。
34光年と3光日(?)の距離にある星は、私が産まれたときの姿を今見せていることになるし、何億光年もの彼方の星は地球ができる以前のものだ。
ということは何光年も離れていなくても、距離があるものはすべて過去の姿しか見られないことになる。
これは一種のタイムマシンだ。
今、窓の外300メートルほど離れたところに「そごうデパート」が見えるが、あれも本当は今の姿ではないのだ。
そういえば壁にくっついている時計も少し遅れている。危うくダマされるところだった。
本当の今の時間が知りたければ、時計の文字盤に限りなく顔を近づけて見るしかないのだ。それでも距離は決して「ゼロ」ではないから、少しはズレてしまう。
自分の手とか足とかも見えているのは過去のものだし、鏡で顔を見てもそうだ。一体今の本当の自分の顔はどうなっているのだろうか。
それを考えると不安で眠れなくなってしまうかと思ったら、バカバカしいのですぐに眠れた。
119(95.11)「卑弥呼遭遇」
もともと私は「狩り」というものが嫌いである。
「動物狩り」は当然のこと、「イチゴ狩り」とか「ブドウ狩り」などは言語道断で、動かないものを狩ってどうするのだ、という主張を34年間し続けている平和主義者なのだ。
ところが佐賀県の中学校公演が終わって時間が余り「『ヨシノガリ』に行こう」ということになった。気が進まなかったが、団体行動の和を乱すのも大人気ないので行ってみた。
夕方だったので、本当はもうおしまいの時間だったらしいのだが、佐賀県教育委員会様のご配慮のお陰で、ご案内付きというVIP扱いで入れてくれた。だだっ広い原っぱに物見やぐらや墳丘墓、竪穴式住居や高床式倉庫が見える。「こんな弥生人の様な暮らしをしている『ヨシノ』を狩るなどということはとても私には出来ない!」と言って逃げ出そうとしたら、ご案内のおばさんに「こらこら、これからこの『吉野ヶ里遺跡』の説明をするから待ちなさい」と止められてしまった。んー、我ながら長いボケであった。
そう云った訳で、かの有名な「吉野ヶ里遺跡」を見学したという話だ。後で聞いた話だが、そのご案内のおばさんが実は「卑弥呼」だったのだそうだ。
120(95.12)「トレント・ウェイクナイトからの手紙」
「DEAR GSN TRIO GSN TRIOのCD受けた。どうもありがとうございます!!!GSNのCDは私とともだちすきです!だいすき!!金受けたでしょうね?銀行で10月12日から5000円を送りった。もし、受けない。話して下さい。また、どうもありがとうございました!ほかのGSN CDをありますか?もし、あなたたちはNEW CD作って、話して下さい。Sincerely トレント・ウェイクナイト」
滋賀県の甲賀中学校に赴任している英語教師、トレント・ウェイクナイトからの手紙だ。学校公演で私たちの演奏を聴き、「CDが欲しいので送ってくれ」ということになり、送ったわけだ。で、ご丁寧にお手紙までくれたものがこれだ。
まだ日本に来て1年足らずなのに、きちんと漢字まで使って書いてあるのだからたいしたものだ。言いたいことも、その純粋な気持ちも十分わかる。
だが、悪いけど、その、ウケた。オモシロ過ぎる。
実はこの手紙には伏線があって、彼にCDを送るときにこちらからも英語で手紙を添えてあったのだ。その英語を日本語に訳すときっとこんな感じだ。
「鹿トレント・ウェイクナイト。この前の演奏するコンサートのあれは私だ。GSNのだ。約束した私はCDがおまえのだ。金よこせ。よこさない。話して下さい。どうもありがとう。あなたに残された時間は日本は子供たちが英語が上手になることを楽しむ。さようなら。GSN TRIO」
この手紙のパロディーで返事を書いてきたのかも知れない。
121(96.01)「墓場にMacintosh」
とうとう121号だ。
鉄人だって28号だったし、欽ちゃんとニ郎さんだって55号だったのだから、これはもうスゴイことだ。
一年は12カ月だから12で割ると10で1余る。マル10年が過ぎて11年目に突入した訳だ。「十年一昔」ってくらいだから、創刊の頃はもう既に昔のことになってしまったのだ。
「石の上にも三年」だから、それを3回以上クリアしている。
「桃栗三年柿八年」ってことは、もうとっくに柿よりエライ。桃とか栗なんて、ちゃんちゃらオカしくて馬鹿に見える。
まあ、それ位長いな、10年は。途中で「もう廃刊にしよう」とか「合併号にしてひと月サボろうぜ」などと、ナキの入ったひよりタワケ系編集部員も居るには居たが、ここまで続いたのはもう編集部の尽力のタマモノであると今断言する。間違いない。私はエライ!今度私に会ったら必ずホメるように。
思い起こせば10年前の私はまだ24才の若者で、アタックナンバーワンのように目もキラキラしていたし、お肌もピチピチして、体重も今より8キロも少なかった。体が重くて、ヒザが痛くなるなんてことは想像もしなかった。ね、花山さん。
今はといえぱ、目は魚屋て売れ残って床に落っこちてるサパのようだし、お肌はタルんでぶよぶよで、いったん指で押してへこましたらもう二度と元には戻ってこない。
やはり10年はあなどれない。ま、どうのこうの言ってもせっかく11年目になったのだから、この際生きてる間は書き続けてみようかと思う。
いや、死んでも書き続けてやろうじやないの。
だから私の墓の前にはMacintoshを置いといてほしい。夜中に出てきてキーボード叩くから。
122(96.02)「鶴岡コンサートレポート」
朝6時に家を出たときはそれ程でもなかつた雪が、羽田に着く頃にはかなりの量になっていた。今日は山形県鶴岡市でコンサートがあるのだが、もう既に待ち合い室で30分近く待たされている。
「まいったな一。飛行機が飛んでくれないと、電車で行かなきゃなんないしなー。山形まわりでも新潟まわりでもアラスカまわりでもどれも面倒だしなー。飛んでくんないかなー。もし間に合わなかったらギャラもパーだしなー、そうだ、改札のおねーさんに頼んでみよう。あー、もしもし、その何とかこの飛行機あなたの一存で飛ばしてもらうことは出来ませんかね。私も生活かかってるもんでね、一応。いや、そんな簡単なもんじゃないってのはよーく分かってます。ええ。見切り発車して落っこっちゃったりしたら、そら大変ですもんね。それはジユージユー分かってますが、そこをしとつ何とかね、うまくこうしてビユーンと行かないっすかね」
「お客様、そろそろバスが出ますが」とっくに改札していたのだ。
いやー良かったよかった、と云いながらどんどん乗り込む。もう後はオマジナイのビールも飲んだし、落ちる心配はない。さー、飛んでみやがれってんでタンカ切って待ちかまえたが、飛行機はびくともしない。
「おうおうおうおう。こちとらチャキチャキの江戸っ子でい。気が短けえんだ。とっとと飛ぱねえとハッパかまして飛行機ふっとぱすぞ。おう」と女車掌さんにスゴんでみたら、
「お急ぎのところ大変ご迷惑をお掛けしておりますが、ただいま除雪作業の順番待ちをしておりますので、もうしぱらくお待ち下さい」とニッコリ笑ってアヤされてしまった。
「あ。それじゃしょうがないですね」
江戸っ子もときには素直だ。
ところがそれからいくら待っても除雪というのが始まらない。
女車掌さんに訊くと「なにぶん羽田には除雪用の車が2台しかございませんので、なかなか順番が回ってこないのです。主翼の上に数センチでも雪がありますと翼の形が微妙に変わり、浮力までもが変わって危ないのでございます、と訓練所で教わったのでございます」
見ると、翼の上の雪なんてうっすらとあるだけだ。
再び気の短い江戸っ子と化し「おらおらおらおら。なんでえ、あんくれえの雪でまごつきやがって。しかもおめえ、それを言うなら浮力じやなくて揚力ってんだ。こちとら今じゃデークの身分だけど、ちゃんとマサチューセッツ工科大学の物理学部出てんだぞ。天下の「全日空」だろ、おい。「アナ」があったらへえりてえってか。洒落たことぬかしやがる。あんな雪くれえはおいらがきれーにしてやっから、竹ボーキ持ってこいってんだ。おらおら、とっととそこの非常口開けてみろい」
女車掌さんがスーっと近付いてきてモルヒネを3本打ち込まれる。
1時間10分後に目が覚め、結局1時間40分遅れで離陸。無事庄内空港に到着。会場に入り、どんどん仕込む。
生協の2階がホールになっている。
本番で「場所が場所だけに今日はセイキョウですね」という洒落を用意していたら、O橋T和に先に言われてしまった。敵もなかなか噺のキモが分かってきたようだ。
仕方がないのでこっちも「雪で遅れて出は散々(出羽三山)でした」と言う今世紀最高の洒落で応酬する。
コンサートは大盛り上がり。みんなニコニコしながら帰ってくれた。
主催者様の話だと、CDの売れ行きと、打ち上げの参加人数がバロメーターなのだそうだ。そのどちらも鶴岡市音楽鑑賞協会の記録だったそうだ。うれしい。うれしい。というツアーでございました。
それにしても、山形県の地図に鶴岡を入れたら驚いている人の顔になるというのは知らなかったなあ。
123(96.03)「ハニカミ屋さん」
「ハニカミ屋さん」というお店があるらしい。
とにかくハニカんでしまうので、電話をかけてもなかなか話が進まず、何を売っているのか、またはどういうサービスをしてくれるのかがよく判らない。直接店に行ってもハニカんでしまって出てこないし、そもそもハニカんじゃってるもんだから広告なども出さないので店がどこにあるのかすらはっきりしない。タウンページなどに掲載するなどとてもじゃないけど出来る訳がない。ただ、何年か前に勇気をふりしぼって「ぱど」の行広告欄で宣伝したことが1回だけあるらしい。だけどやっぱり問い合わせの電話にもまともに応対できず、それ以来ひっそりと営業しているというウワサだ。H井Y則教室のI本君が一度だけ店の人に会ったことがあるらしく、どんな様子だったのか彼に訊いてみたところ、もうそれはそれはこの世のものとは思えない程のハニカミ方だったそうだ。以下がその時の会話だ。
「あなたがハニカミ屋さんですね」
「(伏し目がちにポッとホホを赤らめる)」
「そんなに恥ずかしがらないで下さい。ハニカミ屋さんでしょ」
「(うつむいたまま両手の指をからめて肩を動かしている)」
「あー。相当ハニカんでますね。でもあの、返事をしてくれないと話が進みませんよ」
「(少し視線を上げるがまだ目と目は合わせられない。口が動きかけるが『ヒュー』という空気が漏れる音しか出ない)」
「うわー。すっげぇハニカミ方だなあ。まいったなあ。ま、いいか。あなたがハニカミ屋さんだってのは十分わかりました。で、どういう店なんですか」
「(ポケットから10センチ四方位の畳を出して人差し指でグリグリしている)」
「おどろいたなあ。そんな畳どこで売ってるんですか。あ。もしかしてハニカミ屋ってのは、そういう『ハニカミ・グッズ』を売ってる店ですか」
「(両手で顔を覆い180度向きを変えて急に走り出す)」
「あ、ちょっと待って。ねえ、あー、ハニカミ屋さーん。あーあ、行っちゃった」
やはりどんな店なのかは謎のままなのだ。
124(96.04)「右臀部の筋肉に痛み」
このところ右臀部の筋肉に痛みを感じるので、医者に診てもらおうと思った。
「はい次の方どうぞ。どうしましたか」
「どうもお尻が痛いんです」
「はあはあ。恐らくそれはお尻の筋肉を覆っている膜が炎症しているのでしょう。これがホントの『ケツ膜炎』ってか。ぶはははは」
「あの、冗談じゃなくて痛いんですから」
「いや、しっけい失敬。で、どこらへんが痛いですか。場所が尻だけに『でーんぶ』ってか。うひひひひ」
「あの、ふざけないで下さい。右側が痛いんです」
「ん。ちょっと調子に乗りすぎた。すまんスマン。ではズボンを脱いで見せてごらんなさい。おーっ!お客さん、尻の穴にウ○コが付いてますよ。『アスは我がミ』なんちゃって。くくくくく」
「いいかげん怒りますよ。それに私はお客さんじゃなくて患者さんです」
「おうおう、そうだった。わるかった悪かった。ところで、いつ頃から痛みを感じましたか」
「1週間前くらいです」
「ほおほお。では過去は痛くなかったのですね。『あなたの過去など尻痛くないの』ってな。菅原洋一か、おまえは。うひゃひゃひゃひゃ」
「いい加減にして下さい。もう帰ります」
「待てまて。馬鹿なことを言ったが私も医者だ。ちゃんと治療はするから許せ。どれどれ、じゃあ磁気治療でもしてみるか。『ヒップエレキバン』ってか。ぎゃはははは」
こんな事になるのは嫌なので、まだ医者には行っていないのだ。
125(96.05)「脳内インターネット」
「まいったなー。インターネットしようと思ったら、マックが調子悪いわ。こういうことじゃ困るんだよなー、マックには結構金かけてんだから、読売サイドとしても。結構ヒットは打ってるけど、ただヒットよりももっとトクなのがビッグだ。利回りがいいからな。中国ファンドってのもあるな。そう云えば中国ファンドって、中国の銀行に預けちゃうのかと思ってたよな、このあいだまで。引き出して『元』とかで戻って来たら、どうしようかと心配してたもの。中国なんて、みょーに略しちゃうから誤解されるんだよな。しないか、剣道は。でもどうして『竹刀』と書いて『しない』と読むのかなあ。それと『メン』『コテ』『ドウ』は場所の名前だからわかるけど『ツキ』だけ異質だよな、ワザの名前だもの。『クビ』だったら会社辞めちゃうことになるから、生活に困ってしまってわんわんわわん、わんわんわわんって歌は『いぬのおまわりさん』だけど、この『わんわんわわん』ってところが秀逸だな。これが『わわんわんわん』だったらとってもつまんないリズムだし、『わんわんわんわんわ』だったら急にスウィングしちゃうし、『わわわわわわわわ』っだたらヘビメタだし、『わんわわわわんわわわわんわわわわわわわわわわん』だったらボレロだしだな、和食は。道場六三郎もそう言ってたし。さすがに鉄人28号は強いわ。正太郎君がリモコンで操作するんだけど、やっぱり鉄人にもCPUが入ってたんだろうな。そうでないと、あんな複雑な動きが出来る筈はないもの。PowerPCの100ギガHzが30個とRAMを7万テラHzぐらい積んでるんだろうな。そんだけのスペックだったらマックもサクサク動くよな」
こんな風にして、私は脳内インターネットを楽しんでいる。
126(96.06)「親子で勉強」
「おとーさんは“筋肉”あるの?」
ウチに同居している小学1年生の人から寄せられた質問だ。この人は時々こういうトートツな質問をしてくる。
「そりゃあ、あるに決まってるよ。筋肉があるから身体のいろんな所が動くんだよ」
「脳が身体を動かしてるんじゃないの?」
「まあそうだな。脳が筋肉に命令を出して、その命令に従って筋肉が身体を動かすのだ」
「ふーん。そうか」こういうことに疑問を持ったときが学習のチャンスなので、この際自然科学について教えることにした。
「動物って知ってるよな」
「キリンとかカバとかゾウ」
「そうだ。それと人間も動物なのだ」
「うっそー。動物園のオリに人間はいないぞー」
「動物園に居なくても動物であるものはたくさんおるのだ」
「そっかー。イヌとかネコも動物園に居ないか」
「では植物は知ってるか」
「知らなーい」
「生きているけど動かないものだ」
「かあちゃんのことか?」
「そういうことではない。それも一応動物だ。木とか草とか花などのことだ」
「風が強い時、木が動いてたぞ」
「それは自分で動いているのではなくて、風が動かしているのだ」
「朝顔をビデオで撮影して、早回ししたら動いてたぞ」
「そ、それは動いたというより成長したのだ」
「ハクセイのクマとか動物なのに動かないぞ」
「それは死んでいるからだ。死んだら動物も動かない」
「ゾンビは」
「あれは架空のものだ」
「オバQもか」
「そうだ」
「高島屋の屋上でオバQ見たぞ。ゲゲゲの鬼太郎見たぞ」
「それらは生き物ではない。バケモノだ」
「バケモノは動物じゃないのか」
「だってバケちゃってるしな」
「あれは中にヒトが入ってるから動物だぞ」
「あ。そう云えばそうだな」
何を教えようとしていたのか忘れてしまったので、今日の勉強はここまでにした。
127(96.07)「死の北海道開拓ツアー〜その1」
ビールの神様に護られていたお陰で、無事に函館空港に着陸した。
6月16日、とうとう「死の北海道開拓ツアー」が始まってしまった訳だ。GSNトリオ、フランシス・シルヴァ、機材車のF川ちゃん、マネージャのY武ちゃんの御一行6名様の旅だ。
これからの3週間のことを考えると到底生きて帰れるとは思えないので、皆それぞれに遺書はシタタメてある。ま、どーのこーの言ってても始まってしまったものは仕方がない。どーとでもしやがれってんだい的態度をとることに決め、タクシーでどんどん江差町に向かう。「追分(おいわけ)」のメッカだ。「江差って唄が多いわけ?」というシャレを思いついたが、未発表のままだった。町には追分の譜面が看板になっていて、アラビア文字のようなものがのたくっている。私にはまったく理解出来なかったが、すかさずフランシスが読み取って唄い出す。
「ハァ〜ア〜ァ〜〜ア」いくぶんサンバっぽいのは仕方がないところだ。
17日、1本目の「上ノ国町」だ。ホールの客席前列部が枡席になっている。
「何だ、なんだ、俺達相撲ショーかなんかやらなくちゃなんないのか」
「そう云えば最近みんな太ってきてるからな」
「でもマゲが結えないのが二人いるぜ」
「マイクでも乗せとけ」
心配には及ばず、生徒を乗せたバスの事故で1時間遅れのスタートだったが、始まってみたら普通のコンサートだった。初日にしては好調な滑り出しだ。どんどん片づけ、森町に向かう。
恐らく最後に客が来たのは昭和であっただろうと思われる、山奥の牧場でやってるステーキ屋という所に行く。なかなかの美味。調子に乗って、恐らく最後に誰かが弾いたのは大正であっただろうと思われる、そこに置いてあったギターを弾く。店の主人の岡林信康に「まさかタンバリンはないよね」と訊いたら「ありますよ」ときた。国籍不明のブラジル人、フランシスの目が一瞬キラリと光る。もう気分はサンバ・カーニバルだ。
ところが出てきたタンバリンには皮がない。フランシスにとっての皮のないタンバリンは、私たちにとっての弦のないギターに等しい。山奥のサンバ・カーニバルはあきらめ、帰って寝る。
18日、2本目の「砂原町」。いい雰囲気でコンサートは終わったのだが、引率の教師がコンサートとは全然関係ないことで生徒に説教を始める。「おまえ達は何を考えているんだ」おまえこそ何を考えているのだ。子供達にとっての思い出が台無しではないか。と、イカリつつ岩内に向かう。今回、岩内町ではコンサートは無いのだが、何故か教育委員会の高橋さんという自衛隊出身の人が現れ、いろいろ案内してくれる。コケ方のタイミングも教わる。それにしても、この人がどこから現れたのかは未だに謎のままだ。
19日、3本目「泊村」。コンサートの途中で血圧を測る。日本初の健康診断コンサートだ。
4本目「積丹町」へ移動。途中の当丸峠が霧で恐いコワイ。小学校の体育館で、ステージを使わずにフロアで弾く。人数が少ないときは、この方が良かったりする。父兄が泣いて喜んでくれる。例の豊浜トンネルを見ながら、岩見沢に移動。
20日、5本目「月形町」。旭川に移動。すかさず、コインランドリーを見つけ洗濯作業を行う。
21日、6本目「幌加内町」。この辺は寒さのスゴイところで、マイナス40度の記録がある。「ダイアモンドダスト」は当たり前で、空気中の水分が結晶になり、それがこすれあって音を立てる「天使のささやき」というものすごい現象もあるのだそうだ。
22日、7本目「東神楽町」。高校時代の友人が聴きに来てくれる。夜、旧交を暖めつつベロベロに飲む。フランシスはFMの音録りで東京に戻る。H井Y則とF川ちゃんは、紋別でのオフに向けて3千9百円の釣竿を買い込む。アオイソメに触れないH井は、アオイソメエキスを固めてアオイソメのよーな形に成形した人工のエサも買い込む。その方がよっぽど気持ちワルイと思うのは私だけではあるまい。しかもそのエサをホテルの冷蔵庫に置き忘れて、結局本物のアオイソメで釣る羽目になったのだ。ホテルで冷蔵庫からそれを発見した人も驚いただろうと思う。ミョーなものを買うんじゃありません。
23日、列車で士別に移動。そのまま翌日の仕込みに入る。夜、フランシスと合流。うわあ。まだ1週間しか過ぎてないわ。(以下、次号に続く予定)
128(96.08)「死の北海道開拓ツアー〜その2」
(前号より続く)
24日「朝日町」。ホールの名前が「サンライズ・ホール」だ。「モーニング・デイ・ホール」の方がカッコイイのに、と思った。良くないか。これがまた、ものスゴいホールで、音響バッチリ設備バッチリ雰囲気バッチリなのだ。人口2千人の町にこんなものがあっていいのだろうかと考え込んでしまう程だ。
午後は「剣淵町」。ほぼ最初から最後まで踊り続けていた「加藤君」という少年が現れる。フランシスの観察記録によると「彼は2度と同じステップは踏まなかった」らしい。この日の泊まりは「羽幌サンセットホテル」。すっごく綺麗なホテルで、さらに窓から望む水平線に沈む夕日が素晴らしい、のだそうだ。曇ってたからわかんないのよ。
25日「羽幌町」。天売、焼尻の島からも子供達がやってくる。会場の音響も良く、気持ちが良い。前から演奏していた「オールディーズ・メドレー」を作り直す。フランシス曰く「“新しい”オールディーズだな」。時々笑点めいたことを言うガイジンだ。
午後「遠別町」。古い体育館だが、生徒も先生も明るくてよろしい。「音威子府」に移動。目の前がスキー場という宿。ゲレンデを見るなりO橋T和が「何故ゲレンデに雪が無いのだ。雪をどこへやった。何?今は6月だ?6月に雪があっちゃいけねえってのか。誰が決めた。横道か。堂垣内か。君島一郎か。連れて来い、ちくしょうめ」。スキーのことになると人格が破綻してしまうのだ。
26日「音威子府」が終わり、いよいよ稚内から海を渡る。目指すは利尻島だ。音威子府から稚内までの車の中で、ウィスキーを500cc程タシナんでいたので気分はかなりハッピーだ。今から思うと、船酔い恐さのあまり、えーい先に酔っぱらっちまえ的精神状態が取らせた異常行動だったのだろう。目が醒めたらフェリーの甲板のベンチだった。他のメンバーはおろか、マネージャーさえも昼の1時から泥酔している私を見捨てていたのだ。悔しいから売店で「アンパン」を買ってきてデッキで海を眺めながら食べた。我ながらニヒルな姿だと思う。
夜、トリオとF川ちゃんとでヌケガケして寿司屋にシケ込み、利尻のウニをいただく。「ウニ食ったから、明日帰る」と言ってみたが、みんなからジロリとニラマれただけだった。全員同じ気持ちだったのだろう。
27日「利尻町」のリハーサル中鼻水が止まらず、ずっと上を向いて弾いていた。みんなはスティービー・ワンダーのものまねだと思っていた筈だ。昨日の甲板ベンチ睡眠がタタっていたのだ。本番のMCで「みなさん、ズー、こんに、ズー、ちは。ズーズー、よろし、ズー、く、おね、ズー、がい、ズーズー、しま、ズー、す。ズー」とかなるかと思ったが、不思議なものでいざ本番になると、その間だけは鼻水も止まったりするのだ。咳とかくしゃみもそうだ。もちろん放屁放尿嘔吐脱糞なども止まる。どういう脳内抑止命令伝達システムの為せる業かは知らないが、そういうことになっているのだから不思議だ。
もっと不思議なのは、2週間無事に生きていられたことと、まだあと1週間もツアーが残っていることだ
(以下、次号に続く、と思う)
129(96.09)「死の北海道開拓ツアー〜その3」
(前号より続く)「利尻町」が終わり、慌ててコンブを買い込みフェリーに飛び乗る。岸壁に完璧に横付けするというフェリーの運転手さんの腕前に感心しつつ、稚内に到着。
ジャンボタクシー(通称ジャンタク)に乗り込み、オホーツク海の海岸線をひたすら走る。本当にひたすら走る。このオホーツク海の海岸線がどれくらい長いかって、あの九十九里浜が土下座して泣きながらハダシで逃げ帰ったっていうくらいに長い。万里の長城が「謝々」と謝って「哀号」と叫びながら崩れ落ちたという程長い。タクシーの運転手さんも、帰りは泣きながら帰った筈だ。で、なんとか紋別に到着。これから3日間のオフだ。
ゆっくりしてエネルギーかなんか蓄えてみるか、と思ったら、翌朝目が醒めると起き上がることが出来ない。起きようとすると首から肩にかけて激痛が走るのだ。首、肩の筋肉が全て反乱を起こしている。「今日はもうシューシュクとかシカンとかしないから」という態度を決め込んでいるのだ。「今日は鉄板のつもりなの」とフザケているらしい。「こら、フザケルな」と叱ってみたが、敵は筋肉質な馬鹿だから全然通じない。
アキラメて、第2回目の洗濯作業に入る。コインランドリーを探し当て、シャツ、パンツ、靴下、ジーパン、ハンカチ、スリップ、ブラジャー、ガードルなどを担ぎ込む。さーて、洗濯機でも回しながらビールかなんか飲んで目でも回してみるか、と思ってたら、何とそこのは有人のコインランドリーであった。
洗濯ジジイが現れたのだ。赤のポロシャツにジーパン姿で、白髪のオールバック、顔は浅黒く眼光はスルドイ。どこかで見たことがあると思ったら、ウェスタンの映画に出てくるインディアンの酋長そのものなのだ。その証拠に、第一声が「ハウ」だったから間違いない。
それから、この洗濯ジジイ酋長の演説が始まることになるとは予想もしなかったのだ。
「洗濯かい?ここに来たんだから洗濯だよな。決まってるよな。いひひひひ。あんた、地元のモンじゃないべ。どこから来た?何、横浜?じゃあ、さっき来たのはあんたの相棒だべ。そうそう、来たんだよ、相棒が。ほら、この洗濯物が相棒のだ。な。見覚えあんだろ。な。な。ウチはな、コインランドリーって言ってるけどな、セルフサービスじゃねえんだよ。俺が洗ってやるのよ。ん。だってな、洗濯物はな洗濯機に放り込んでガラガラ回しゃあいいってもんじゃないの。ね。ウルカスの。ね。ウルカス。標準語だと「浸けおき洗い」ってのか。そうでないと、ガンコな汚れは落ちないじゃん。わかる?だから、夕方に取りに来なさい。俺が洗っといてやるから、な。何でこんなに親切かって、俺も昔横浜に居たのよ丁稚奉公で。弘明寺でリヤカー引いてたのよ。上大岡って弘明寺の隣じゃん。なつかしいな、横浜。ね。だから洗ってやんのよ。ほら、俺の名刺だ」
コインランドリーで名刺を貰ったのは初めての経験だったので、少々面食らったが、よろしくお願いしてそこを去った。反乱しっぱなしの首を運びつつ宿に帰る。
こういう具合の首の壊れかただと、マッサージをするというのはイチカバチカの勝負ではある。筋肉疲労の場合は刺激を与えると逆効果なのだ。筋肉疲労でないことを願って、夜マッサージのおじさんを呼ぶ。
翌日起きてみて、勝負に負けたことを実感する。裏目に出て、さらに悪化していたのだ。
「滝上」に移動。この日はまだ本番ではなく、仕込みだけの日なので不幸中の幸いではある。そこの担当者が、もとスキーのジャンプの選手だったという人で、身体の異常事態関係に詳しく、私の首を見てすぐに判断を下した。
「お灸でしょう」
すかさず自宅に戻り、お灸セットを持ってきた。5秒後に背中はカチカチ山状態だ。
「熱かったら言って下さいね」
「熱い!」言った。
「もう少し我慢しなさい」10分間の我慢を終え、恐る恐る首を動かしてみる。
何と、今までの首の状態が冗談だったかのようにスイスイ動くではないか。驚いたの何のって「あはははは。動いた」と言ってしまった程だ。改めて東洋医学の神秘を思い知らされた一瞬であった。
1日「滝上」「佐呂間」を終え「清里」に移動。
私の生まれ故郷だ。バーベキューで盛り上がる。
2日「清里」「斜里」と弾きまくり、「津別」に移動。翌日の仕込みに入る。
3日「津別「阿寒」を終え、釧路へ。開業以来、40年間炉ばたに座り続けているバアちゃんが居るというので、その炉ばた焼きに行く。さすがに40年の重みはスサマじく、バアちゃんと炉はすでに一体化していた。炉に染み込んだ魚のアブラを、尻から伸びた根で吸い取って生きているらしい。
4日「浦幌」を終え、襟裳岬経由で「浦河」へ移動。
5日「浦河」を終え、千歳から戻る。道内の移動距離は3000キロにもなった。21本の公演が無事終了したのは、奇跡としか言いようが無い。
もうひとつは、一人一日あたりビール5リットルとウィスキー3本、香水は2オンス以内に制限して健康管理に務めたことも無事だった要因だ。めでたしめでたし。
130(96.10)「オーストラリアツアー」
こあらまいった、ちょっとじっくりかんがるー。
というネタを用意しつつオーストラリアへと向かった。初の南半球体験だ。
どうしてもオマジナイのビールは避けられないので、仕方なく飲む。改札が始まったので、どんどん乗り込む。勢いが付いてしまって、カンタス航空のスチュワーデスのおじさんに「Bourbon please」などと言ってみる。気分はエグゼクティブだ。ただ、余りにも何度も「Bourbon please」を繰り返してたら、仕舞におじさんもダブルで持ってくるようになってしまった。気分はアル中だ。
しかも隣の席では、私と同じ両親を持つ者が「Beer please」を15分間隔で繰り返している。
カンタス航空のブラックリストに「Ohashi」という名前が、ふたつ加えられたのはほぼ間違いない。
太平洋上空を9時間半飛んでシドニーに降りる。機内が全面的に禁煙だったので、慌てて空港の外に出てタバコ20本丸ごと吸う。ちょっと「クラッ」とかしながらホテルに向かう。5つ星の「ANAホテル」だ。私はいつも7つ星なので少し不満だ(ここで「てんとう虫か、おまえは」と突っ込んでくれると非常に助かる)。
翌日から5日間、オーストラリアを徘徊した訳だ。その世にも恐ろしい状況は、いつかホトボリがさめた頃にこのコーナーで明らかになると思われる。
130+(96.10)「福島県只見町コンサートレポート」
「きっとギリギリになって飛び乗って来るんだよ。ベルが鳴ってからね。そういうタイプだもの、フランシスは。だってまだ1分もあるんだから、大丈夫だって。いくらラテン系のノリでも、仕事の時はちゃんとしてるから。来るって。え。ベルが鳴ってる?ドアが閉まった?大丈夫、ダイジョーブ。きっとほかの車両から乗って、ここまで来るんだよ。ん。ほーら来るよ」
来なかった。
福島県只見町でのコンサート。上越新幹線の中でフランシスを待ちわびていたときの実況中継だ。
首都高が混んでいて遅れたのだそうだ。波乱の幕開けとしては上々の展開だ。フランシスは1本遅れの新幹線でやって来たので、まあ無事と云えば無事。
次のパニックは、浦佐から只見までの道だ。この世のモノとは思えない道路状況なのだ。
どんどん山道を登っていくのだが、その曲がりくねり具合たるや、ヘビが腸捻転起こして振り向いたとしても、まだ真っ直ぐな方だと思えるくらいグニョグニョなのだ。その道を1時間半走った訳だから、当然のごとくヨッた。こちとら酒で酔うのは毎日欠かしたことはない訳で、そういう酔い方だったらかなり自信はある。いつでもカランであげる。ただ乗り物酔いには、どうも弱い。
大体が同じ「酔う」という言葉を使っているが、あれ、別モンだもの。乗り物で酔って、カラオケするやつはいないもんね。ハシゴもしないし。「いやー、酔いましたな。もうフラフラ。どうです、もうひとっ走り山道でも。いい山知ってますから」なんて聞いたことがない。
ま、何だかんだ言ってもコンサートの開幕はどんどん迫って来る訳で、ヨイつつも仕込む。ここでまたPAトラブルだ。スピーカーの調子が悪い。歪んでしまうのだ。アルハンブラを弾いてもジミヘンになってしまう。
死ぬほど焦りつつも、モニターをメインに回して急場をしのぐ。「キューバ危機」という言葉が頭に浮かんだが、発表する余裕は無かった。
トラブル続きの一日ではあったが、お客さんも喜んでくれたし、目出度しめでたしで御座います。
131(96.11)「佐賀ツアーレポート」
2回目の佐賀県公演も無事終わった。今回は5日間毎日2本づつ、計10本の公演だったので「起きる→移動→仕込み→本番→バラシ→移動→仕込み→本番→バラシ→寝る」という、「移動→仕込み→本番→バラシ」のリピートが入った「A-B-B-C」形式の循環進行であった。
従って「D」に当たるところの「呑む」という状況はわりと少なく、「E」の「宿酔い」が無かった。もちろん「ダカーポ」で「寝る」とか、「コーダ」で「粗相をする」など、ある由もない。これは近年希に見る特殊な状態と言って良いだろう。更には「F」の「観光」は皆無の状況で、長崎をカスメたにもかかわらず、ハウステンボスることも無かった。
ただ、1度だけ「アドリブ」の「タクシーを飛ばして温泉に飛び込む」はやった。
「嬉野温泉」というヒナビた温泉だ。「浴槽内で大便をした方は、罰金10万円を頂きます」という張り紙が印象に残っている。近所のライバルである温泉から100人くらいで押し掛けられて、一気にされたかなんかの前例でもあるのだろうか。そう云えば、ある学校のトイレには「うんこは流そう!」という張り紙があって、その天才的なコピーに非常な感銘を受けたのだが、もしかすると佐賀県という所は、そのモノに対して異常なほどキビシイ土地柄なのかも知れない。または、そーゆーことに無頓着な人間が他県に比べて多く、いちいち注意を促さないとそこら中大惨事になってしまうのかだ。
何れにしても、そのモノに関してかなりの関心を抱いていることは間違いない。
それにしても、大便が10万って一体どういう計算で算出されたのでしょうか。
132(96.12)「ヘリコプター購入計画」
奈良県内の平らな部分を全て歩き回った最初の日本人とブラジル人が、GSNトリオとF.シルヴァだと思う。山と山の間をぬって会場を駆け回るツアーだった。その道たるや、もう上下左右にグニョグニョなので、車酔いとの戦いの日々だ。自分の向いている方角を表すと「東、北東、北、北東、東、東南東、南東、南、西、南、上、北、下」みたいな感じで、この間約10秒の出来事だ。真剣にヘリコプターの購入を考えた所以だ。これが北海道だと「東」かなんかが、1時間も続く。
あ、これもやっぱりヘリコプターがいるわ。学校公演だと校庭に降りちゃえばいいし。
ただ、機材が2トン車1台分あるから、プロペラが2つ付いてる軍隊系のやつになるな。「ランボー」とか「地獄の黙示録」とかに出てくるカーキ色の。だったらいっそのこと、ギターを弾きながらパラシュートで降りた方がカッコイイな。あ、でもフランシスが困るか。なーに、かまうものか。コンガとカシシとガンザとタンバリンとパウデシューヴァとシンバル全部身体にくくりつけちまえばいいや。完璧なプランだ。
残る問題は、ヘリコプターをどこで購入出来るかということと、ガソリンスタンドでガソリンを入れてくれるかどうかだ。
133(97.01)「一年の計は元旦にあり」
あっという間にネズミが走り去って、ウシがやって来た。
1997年、平成9年だ。新しい年を迎えるにあたって、今年の目標を立ててみる。
「今年こそタバコをやめよう」これは過去に18回、正月毎に考えたが成功したことがない。考えながらタバコを吸ってるからいかんのだ。
「今年こそ酒をやめよう」これも過去に20回、正月毎に考えたが成功したことがない。考えながら酒を飲んでるからいかんのだ。
「今年こそ覚醒剤をやめよう」これも過去に・・・いやいや、これはやってないから大丈夫。これ、ホントに考えてる人もいるんだろうなぁ。もっとスゴイ奴は「今年こそ銀行強盗をやめよう」とか「今年こそ殺人及び死体遺棄をやめよう」とか考えている。いないか、そんなの。
人によって目標はいろいろだと思う。
政治家だと「今年こそ汚職をやめよう」と思う人も居るだろうし、プロ野球のピッチャーだと「今年こそわざとデッドボール当てて頭カチ割るのはやめよう」なんて物騒な人も居るかも知れない。カーレーサーだと「今年こそスピンののちコースアウトして大クラッシュで即死するのはやめよう」などと決意しているだろうし、ウルトラマンだと「今年こそ本当は3分以上地球に居るのに最後までもったいぶってスペシウム光線を出さないのはやめよう」と考えている。
私もギター弾きのはしくれなので、それなりの目標を考えてみる。
「今年こそタバコの吸いすぎで咳をこらえつつしかも二日酔いでフラフラの状態でステージに出るのはやめよう」だ。
あ。最初のと同じだわ、これ。
134(97.02)「クビ」
またクビだ。
と云っても私は会社員とか公務員ではないので、そういう意味ではない。突然「首」が動かなくなった話だ。
昨年の北海道ツアーで、同じように首が動かなくなった話は前にこの欄でご報告した通りだが、今度は更にグレードアップしたやつが襲ってきたのだ。北海道ではお灸をしたら、一応は効果が現れて少しは首が動くようになったのだが、今度のはお灸だろうが湿布だろうが一向に効かない。ぜーんぜんビクともしない。ちょっとでも無理に動かそうとすると、首を中心に背中から頭のてっぺんまで100万ボルトの電気が走る。しかも腕、肩、胸、腹、腰、足などを動かしても、その筋肉活動がしっかりと首まで伝達されて、やはり100万ボルトの電気が走る。仕方がないので全身を固めたまま、目だけをキョロキョロさせる。イグアナの気持ちがとてもよくわかる。やつらも首が痛いに違いない。フクロウもだ。
動かないものは、みんな首が痛いのだ。
そう考えると、今ここにある「ボールペン」もきっと首が痛いのだ。でもどこが首なのだろう。このネジになってるところかな。あ、ネジが回りにくいからここだな。確かに痛そうだ。この「ウィスキーの瓶」も首が痛いのだな。ボトルネックってくらいだから、細いところが首だろう。あー、カチンカチンだもの。痛いわこれは。何々、ジャック君という名前か。苗字がダニエル、テネシー生まれか。かわいそうに。ん?そこの「机」も首が痛そうだな。インバーターライト付きなんて、さぞ高貴な出なのだろうに。コクヨちゃんてのか。女の子だね。お互い頑張ろうな。
などと考えているうちに私は治ってしまいました。
135(97.03)「宿メシ考」
仕事柄、旅に出ることが多いのだが、食事付きの宿の場合に悩むことがひとつだけある。出てきた料理のどれを「酒の肴」にして、どれを「ゴハンのおかず」にするかという問題だ。和食系の場合は「刺身」「焼き(または煮)魚」「和え物」「煮物」「鍋物しかも固形燃料付き」「茶碗蒸し」「お新香」「椀物」が定番で、それぞれにその土地の名物がアレンジされていたりする。この場合「お新香」「汁物」は、当然「ゴハンのおかず」用にキープされるのだが、それだけではやはりちょっと「おかず隊」としてのパワーに欠ける訳で、もう1、2品は必要になる。で、どれを「おかず隊」に回すかというのが難しく、毎回悩んでモガき苦しむ訳だ。まず「刺身」の場合、これはれっきとした「酒の肴」であって、決して「おかず隊」になり得るものではない。世の中に「刺身定食」などというものも存在はするが、私はそれを絶対に許さない。「刺身」はそのまま、または少し冷めた酢飯の上に乗っかって「寿司」として初めてその存在価値が問われるものであって、炊き立てでプレーンのご飯とペアを組むべきものではないのだ。だから「刺身」はダメ。「焼き(または煮)魚」は「おかず隊」としての素質は持ち合わせているが、特に日本酒の場合、非常にオツな組み合わせでもあるので「酒の肴」にしたくなるのが人情だ。「和え物」「煮物」は呑みながら箸を動かしているうちに、いつの間にかなくなっているという脇役的存在なので「おかず隊」になるには力不足だ。そこで最も問題である「鍋物しかも固形燃料付き」が出てくるのだが、これはもうメニュー全体から見ても「主役」級であるのは間違いない訳で「酒の肴」「ゴハンのおかず」のどちらに所属しても充分なパワーを持っている。「固形燃料」の為せる業で「アツアツ」であるというのも、その地位をユルギないものにしている。ただ、固形燃料が燃え尽きるのに要する時間はおよそ20分で、その時には「鍋物しかも固形燃料付き」も煮えきっている訳だ。食事開始後20分というと「酒タイム」が終了している訳がなく、「ゴハンタイム」まではあと小1時間はあるという頃合だ。それを無理矢理「ゴハンタイム」まで引き延ばしても、結果は「冷たい煮物」でしかないので、必然的に「酒の肴」としてその役割を終えることになる。最後の頼みの綱は「茶碗蒸し」だが、これは「和風デザート」としてのみ認知されるものであって、ほとんど蓋も開けずに終わってしまう。結局「お新香」「汁物」のみ、という貧弱な「おかず隊」のままゴハンを頂くハメになって、いつも悔しい思いをするのだ。誰か「上手な宿メシの食べ方」を教えてちょーだい。
136(97.04)「オモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ」
とりたてて巨大なモノをした訳ではないし、誤って粘土を2キログラム流した訳でもないのに、何故かトイレが詰まった。水が流れないのだ。いろいろな策を講じてはみたが、便器様は「オレ、詰まってんだもんねー。流れてやんないんだもんねー」という態度だ。水洗便所歴18年目にして初めてのパニック状況だ。これは困る。非常に困る。
こんな時に下痢かなんかになったら、大惨事は避けられない。「犬のぬいぐるみ」を着て道路ですれば大丈夫かとも思うが、あいにく「犬のぬいぐるみ」の買い置きがない。こんなことなら、早く「汲み取り式」にしておけばよかった、などと変なマイナス思考になったりする。
考えていても便器様の態度は一向に変わらないので、仕方が無く下水道屋さんを呼んだ。いつもコンサートをプロモートしてくれる「青少年文化センターの金子さん」と同じ顔のオジサンが直しに来た。
「詰まっちゃったの?え。何か流したの?え。セメントとか流すとたいてい詰まるよ。そんなもの流さねえか。あはははは。どれどれ」と言いつつ、「オモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ(ひどい文章だが、わかるでしょ。)」でシュポシュポする。2秒で「ンガゴー」と云って便器様のおイカリは収まり、一件落着だ。さすがプロの業は違う。ダテに金子さんに似ているのではないなと思って、賞賛の言葉を述べようとしたら、
「えーと、工事費が1万2千円で、出張費が2千円だから、しめて1万4千円ね。あ、消費税付くから1万4千420円だわ」ときた。
賞賛の気持ちなどは一瞬にして消し飛び、怒りがこみ上げてくる。
ま、出張費はわかる。わざわざ出向いて来てくれたのだからそんなもんだろう。消費税もわかる。私だって国民のひとりだ。年貢ぐらいは納める。だが、工事費とは何だ。作業時間2秒だぞ。
2秒で1万2千円なら、時給にすると2,160万円だぞ。1日8時間労働で1億7,280万円だぞ。月に20日働いて34億5,600万円だぞ。年収にしたら414億7,200万円だぞ。
「マイケル・ジャクソンかあんたは」
と叫んでみたが「俺が儲かるんだったらいいけど、会社の儲けなのよ、これ。だから『このオモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ』買っときな。1,200円で売ってるから。じゃ、そーゆーことで。まいど」
帰った。
すぐに買うから、誰か「オモチャの弓矢の羽が無いやつの巨大なやつ」の正式名称を教えてくれ。
136+(97.04)「J-CITYコンサートレポート」
日野インターから横横に入り、奇跡的に練馬区に着いた。J-CITYという場所だった。
ホテルと高層ビルの間をつなぐオープンスペースだ。総ガラス張りだから、巨大な温室と思ってもらえば間違いない。
予定より早く着いたので、まだ係の人が舞台の仕込みをしているところだった。構わずどんどん入り込み、ジャケットのポケットから「菓子パン」をのぞかせている人がプロモーターだろうと見当を付け、予想通りやはりその人がプロモーターだったのだが、よろしくということで挨拶を済ませ、ホテルのラウンジで待機する。
ガラス越しにしばらく仕込みの作業風景を眺めていたが、PAのセッティング速度係数が0.85程度なので、まだ30分くらいはかかると読み、楽屋でウォーミングアップをする。
PAも上がりサウンドチェックに入る頃、約束の時間から20分遅れで奥さんのK子さんと一緒にフランシスがやって来た。彼の20分は私たちの20秒に相当するから、ほぼオンタイムだ。上出来と言って良いだろう。
O橋T和がスペイン語でフランシスと何やら談笑している。言っていることは大体判るのだが、こちらから発言するまでには及ばない。悔しいので、イヌイット語か古代サンスクリット語か何かマスターしてやろうと決心する。
4ヶ月振りのセッションなので、アヤシいところを一通りさらう。諸々OKということで本番に控える。40分3ステージの長丁場だ。
1回目のステージを「ラ・アグア」で始める。聴衆は50人くらい。ホールコンサートとは違って、こういう人の流れがある場所ではなかなか盛り上がりにくいのだが、終わってみるとアンコールが来た。
気持ち良くお応えする。控えに戻ると、モミアゲからアゴヒゲがつながっていて、顔を180度回転させてもまた別な顔になるんだろうなと思われる主催者様が来て「今までここでコンサートをやって、アンコールが出たのは初めてです。はい」とノタマワレたので益々気持ち良くなる。
気持ち良いままホテルで昼食。バイキングだったのだが、PAの助手のおねーちゃんが結構いろいろ食べた後に、デザートでケーキ4個喰いという攻撃をしてきたので、負けじとシュークリーム2個喰いで応戦する。先ほどまではいろいろ気持ち良かったのに、少し気持ち悪くなる。
2回目、3回目と曲目を替えつつ、滞り無く終了。3回目などは、2回もアンコールが来た。また気持ち良くなる。
気持ち良いまま、奇跡的に日野インターに着いた。一件落着。
137(97.05)「頭の中が七五調」
考え事をしていると、頭の中で文章が「七五調」になってしまって困っている。
別に、近頃俳句に凝っているとか、交通標語作りに夢中だとか、毎朝起き抜けに百人一首をやっている訳でもないのに、何故かそうなる。今もこの文章を書きながら、頭の中では次に何を書こうかと考えているのだが、それもやはり「七五調」だ。それを無理矢理普通の文に直して書いている。
考えて、いることをただ、そのままに、書いてみるなら、このように、とぎれとぎれの、文になりぬる。
ね。こうなっちゃうの。最近はだんだんエスカレートしてきて「七五調」のものしか目に入らなくなってきた。
中華料理のメニューを見ても「五目麺、天津麺に水餃子、八宝菜と五目炒飯」などと、つい和歌になったりする。
そのまま注文などしたら、とんでもなく食べ過ぎだし、第一コストがかさんでしまう。
かと云って「焼きソバ」とか、4音節のものなど考えるだけでもハズカしいし、「今日のランチ」なんかは発声するのもイマイマしい。まして「ラーメン炒飯セットしかもシュウマイ付き」なんて死んでも注文出来ない。
レッスンの時もいささか困るのは、生徒さんの名前を呼ぶことだ。「勅使川原」とか「太郎左右衛門」など、もともと5音節、7音節の苗字か名前の人は、ちょっとブッキラボウだがそのまま呼んでしまえばいい。
「鈴木」「田中」「佐藤」など3音節の場合も「君」とか「さん」とか「殿」とか「様」を付ければメデタく5音節になるから問題ない。
難しいのが4音節の人だ。目の前に居るのに「氏」を付けるのも変だし、「越後屋さ」とか「石川よ」とか「五十嵐ね」とか、いちいちいうのもちょっとアレだ。
だからと云って、毎回「おまえさん」とか「あなたさま」とか「ねえちょっと」などと呼ぶのもいやだ。オイランじゃないんだし。
ただ、もっと困るのが7音節を越えた場合だ。「ストラビンスキー」とか「アマテラスオオミカミ」とか「イリオモテヤマネコ」とか「美少女戦士セーラームーン」などは呼びようもない。
あ。でも今はそういう生徒さんは居ないから大丈夫だわ。
138(97.06)「三内丸山遺跡」
青森県の「三内丸山遺跡」に行って来た。
「狩猟と採取で食料を確保して、村のような集団生活はしていなかった」という、私が学校で習った縄文人の姿が間違いであったことの証拠がいくつも見られた。
植物の種子をDNA鑑定したら、明らかに栽培していたことが判ったそうだ。
出土したものから、日本各地との交流があったことも判る。漆塗りの技術がすでにあって、専門の漆職人がいたらしい。
残っている柱の跡からは、建物の大きさが推測出来る。その復元されたやぐらとか家を見ると、当時の建築技術の高さが相当なものだったことに驚かされる。
大人の墓地、子供の墓地も発見されていて、集団生活をしていたことの裏付けになる。ただ、人の骨は見つかっていない。5千年も経っていれば当然だとも思うが、魚の骨なんかは結構残っている。
ガイドさんの説明では「たまたま湿地帯で真空パック状態だったので残っていたのです」とのことだったが、どうもアヤしい。一人ぐらいは足を滑らせて、湿地帯に落っこちてミマカった縄文人も居た筈だ。なのに一切人骨が残っていないというのは納得出来ない。
「変だよな。変だよな。変だよな」とブツブツ言いながら資料館を見学していたら、稲妻のようなものスゴいヒラメキが私の脳内を駆け巡った。
資料館のいたる所に「土偶」が見られるのだ。人の形をしたアレだ。
「『土偶』は無数に発掘されている」。
これだ!
この「土偶」こそが縄文人そのものに違いない。この「土偶」が縄文人のミイラなのだ。そう考えれば、すべての疑問が解決する。
もし土偶でない縄文人が、そのおびただしい数の「土偶」を作ったとしたら、何故そんな労力を土偶作りに費やしたのかが誰にも説明出来ない。弥生人だって不思議に思う筈だ。人骨が残っていないことも、それで納得だ。
その証拠に「土偶」は口からお尻の所にかけて、ちゃんと穴が貫通しているのだ。立派な消化器官だ。
すかさず、ガイドさん及び同行のO橋T和、H井Y則、Fランシス・Sヴァ、機材車のF川ちゃん、マネージャーのM保子(推定34才)等に、その天才的ヒラメキを発表した。
「あはははは」というのが大半の反応だ。
唯一、違う反応を示したのがO橋T和で「からだカタそうだよな」だった。
全員すこぶる立派な現代人のバカだったのだ。
139(97.07)「マーズ・パスファインダー」
1億9千万キロ彼方の火星から鮮明な映像が届いた。米の「マーズ・パスファインダー」からだ。
1億9千万キロを7カ月で到着しているから、平均時速は約3万8千キロだ。
速いので有名な、京浜急行の快速電車もビックリだ。上大岡から横浜が1.6秒で着いてしまう速さだ。
届いた画像は全体に赤みを帯びた砂漠のような様子で一見暖かそうに思えるが、日中で-20℃、夜は-70〜90℃なのだそうだ。
これは寒いぞ。
私も-42℃までは知っているが、-90℃は想像も出来ない。バナナで釘が打てるなどというレベルではない筈だ。きっとバナナが釘を打てるぐらいなスゴさだと思う。
大気は地球の100分の1で、95%が二酸化炭素だ。これはちょっとクルシそうだ。人が暮らすには厳しすぎる状況だ。
まだ、真冬のシベリアで素っ裸のまま布団圧縮袋に入れられる方が快適かも知れない。
または、液体窒素で瞬間冷凍されながら鼻にコルクを詰められる方が幸せなのかも知れない。
うわー、やっぱり、それもイヤだわ。
140(97.08)「平成版ことわざ〜その1」
平成も9年目ともなれば、そろそろ「ことわざ」も平成版に改訂してもいいのではないか。と思ったので、新しい「ことわざ」を提案する。
「川が河童の流れ」
川の流れが全て河童であるということ。空想上の生き物である筈の河童が、川一面を覆いつくして流れているからには、その存在を認めざるを得ない。事実は素直に認めるべきだというたとえ。(用例)「そんなに強情を張ってもこれだけ証拠が上がってんだぞ。いいかげん川が河童の流れにしたらどうだ」
「嫁は秋茄子に喰わすな」
秋茄子ババアが現れても、嫁だけは守れという教え。但し、秋茄子ババアはまだ誰も見たことがない。転じて、無駄な心配をしても意味がないこと。
「明日の風は明日吹く」
当たり前のこと。反対語は「あさっての風はおととい吹く」。
「回れば急げ」
遠回りしてしまったら遅れを挽回すべく急ぎなさいという教え。(英)Run, don't walk.
「三度あることは二度あった」
ものには順番というものがあるということ。同義語に「四度あることは三度あった」がある。
「上には下がある」
上ばかり見て生きていると、偏った人間になってしまうという戒め。類義語に「下には上がある」がある。下ばかり見て生きていると、ロクな人間にしかならないという戒め。
「まことから出た嘘」
話を面白くするために、つい嘘が混じってしまうこと。面白くなるんだったら、その方が良い。
「寝床のウナギ」
寝ようと思ったら布団の中がウナギだらけ。転じて気持ちワルイこと。(用例)「何だよ、一人でヘラヘラ笑って。寝床のウナギな奴だなあ」
「餅に描いた絵」
食べ物を粗末にしてはいけないということ。(用例)「こら。ピーマン残しちゃ餅に描いた絵だぞ」
「起きて一畳寝て半畳」
変な寝方は身体に悪いということ。
「憎さ余って可愛さ百倍」
そういう屈折した心理状態だと、まともな社会生活は出来ないということ。
「肉を切らせて皮を切り、骨を切らせて肉を切る」
自ら進んで負けてはいけないということ。類義語に「負けと思うな、思えば勝ちよ」がある。
「猫、窮鼠を噛む」
自然の掟はキビシイということ。
「森を見て木を見ない」
全体ばかりを見て、物事の基本を捕らえていないこと。
「山河破れて国在り」
日本がこれまで繁栄したのも、ゴルフ場建設やダム建設のお陰だということ。自然保護団体では禁句のことわざ。
「正直は三度目」
本当の事を言ったのが、生まれてから3回目だというものスゴい嘘つきのこと。
「一兎を追うものは二兎をも得ず」
どうせ何かやるんだったら、効率良くしなさいという教え。
「喰う者働くべからず」
食事をしながらまで仕事をすると、体に良くないという教え。
「泥棒を見たら人と思え」
泥棒だって人なんだぞ、という泥棒サイドからの悲痛な訴え。
「勝が負け」
座頭市も癌には勝てなかったということ。類義語に「勝と思うな思えば玉緒」がある。
141(97.09)「平成版ことわざ〜その2」
前号に続き「平成版ことわざ」を提唱する。
「筆は弘法を選べず」
どんなに立派な筆だって、弘法大師に使われるか、そのへんの馬の骨に使われるかは分からない。同義語に「ギターはイエペスを選べず」がある。
「石の下にも三年」
古すぎる漬物のこと。
「ボタモチから棚」
ボタモチを食べたら、中に棚が入っていた。転じて、災いはいつ訪れるかわからないということ。
「王道に学問無し」
王様に学問など必要はない。生まれつき地位も名誉も財産もあるのだから当然だ。
「ギョのふり」
驚いたふりをすること。
「五十万歩百万歩」
一日一歩の法則から計算すると、50万日、約1370年の差が出る。ずいぶん違うことのたとえ。類義語に「五十ギガバイト百ギガバイト」がある。
「自画持参」
自分の絵を持ってきたこと。それだけ。
「地震雷火事親爺」
ものスゴい地震のさなかに、落雷にあって家が全焼してしまったとても悲惨な親爺のこと。
「一日十年のごとし」
ブラックホールの「事象の地平線」近くでは、第三者から見ると時間が遅くなる。1日があたかも10年のように見える。「相対性理論」の奥深さを現している。
「三本も矢は折れない」
一度に折ろうとするとその通りだが、一本づつ折れば良い。反対語に「三兆本の矢は折れない」がある。1日に1万本の矢を折っても3兆本の矢を折るには、約82万年かかる。
「暇なし貧乏」
暇あり富豪、暇なし富豪、暇あり貧乏の下の階層に位置する。最悪の状況。じつは、中産階級のはほとんどはここに属する。
「剣はペンよりも強し」
半月刀を持っているやつと、モンブランの24Kを持っているやつとが戦ったら、どっちが勝つでしょう。始めから勝負が決まっていることのたとえ。
「小は大を兼ねる」
小だと思ってトイレに入ったら間違って大をしてしまったこと。そこまでヨッパラってはいけないという教え。
142(97.10)「フライトイン台風」
台風19号に向かって秋田に飛び、台風20号に向かって羽田に帰ってきた。台風の「追っかけ」と呼ばれている今日この頃だ。
さすがに台風の近くは飛行機のユレが激しく、時折機体が急激に下降して、一瞬の無重力状態でスッと身体が軽くなる。脊椎の牽引と同じ効果で、ヘルニアが治ってしまった人が何人か居たようだ。
ま、それくらいユレた訳だ。
「このまま墜落するのではないか」と、ほとんどの乗客が一瞬は考えた筈だ。
「えー、皆さん、こんにちは。機長の田中です。えー、ただ今当機は福島上空を順調に飛行中です。えー、台風20号の影響で現在も軽いユレが続いておりますが、今後はさらに激しいユレが予想され、えー、それは恐らくモノスゴいユレで、今まで私も経験の無いほどのユレだと思われますが、飛行には問題はありませんので、どうぞご安心下さい。えー、ほら、だんだん激しくなってきました。乗客の皆様はシートベルトをしっか、うわー、びっくりしたなー、もう。あ、失礼いたしました。こんなに急にユレるとは思っていなかったもので・・・ねえ、ちょっと、大丈夫?しっかりしなさい、ほら・・・あ、失礼いたしました。隣で副操縦士が天井に頭を打ち付けて気を失っている模様です。えー、飛行には問題はありません。ご安心下さ、うわ、うわ、うわ、あー驚いた。スッゲーなあ、このユレ。ん?何?・・・尾翼が取れた?何枚?・・・全部!?まいったなあ、トンボじゃねーんだから・・・えー、ただ今機関士から尾翼が取れたとの報告がありましたが飛行には問題はありません。まだ、主翼が残って・・・げ。主翼も取れたぁ?2枚とも?うっひゃー。トンガラシじゃねーか、それじゃあ・・・えー、ご安心下さい」
こんな機内アナウンスだったら気も紛れたのにと思う。
143(97.11)「カッシーニ」
10月15日、現地時間で午前4時43分、フロリダ州ケープ・カナベラル空軍基地から土星探査機「カッシーニ」が打ち上げられた。7年後の2004年7月に土星に到着する予定だ。
ところがこやつ、最初の2年ほどは地球の辺りをウロウロしているのだ。ロケットの推力だけでは土星に到達する速度まで加速できないので、「スイングバイ」という方式で加速する。まず半年後に金星に接近してその重力で加速する。その1年後にもう一度金星の重力で加速。2カ月後に今度は地元、地球の重力でさらに加速。やっと土星方面に向かうのだが、1年後に念のため木星の重力で加速する。その後はひたすら土星を目指す。3年半後に到着。32億キロの旅だ。
6年と9カ月で32億キロだから、平均時速はおよそ55,000km/hになる。前半はゆっくりで、後半はどんどん加速されているからこんなもんじゃない。
速いは、これは。京浜急行の550倍だもの。上大岡から品川が3秒足らずで着いちゃう。絶対川崎なんかでは降りられないな。アブナくて。
仮に京浜急行で土星まで行くとすると、3,652年もかかる。飛行機でも456年だ。マラソンのスピードで走ったとしたら、1万8,000年だ。カール・ルイスがずーっと全速力で走っても1万年かかる。遠いわ、これは。
2004年7月から4年間に渡って土星のデータや画像を送ってくる。18個ある衛生の中で最大の「タイタン」には、小型探査機が着陸する。楽しみなことです。
144(97.12)「ハイパーで便利な世の中」
便利な世の中だ。このギターランドも、コンピューターを使って電話回線でデータをやり取りして、DTPソフトのひな形に張り込んでレイアウトしている。
ギターランド創刊の12年前は、手書きの記事を徒歩か自転車で運び、2行しか見えないワープロで打ち、手作業で切り貼り細工をしていた。誤植が1文字あったりしたら、その文字だけを打ち出して上から貼ったりもした。
もっと昔だったら修正液片手にガリ版を使った筈だ。
更に昔だと1枚づつ手書きするしかない。
その前だと粘土板にくさび形文字を書く。皆さんに粘土板を配るのが大変そうだ。
もっと前だと亀の甲羅に書く。大量に亀の甲羅を調達しなくてはいけない。
または洞窟の壁に象形文字を掘る。この場合、壁を配るわけにはいかないから皆さんに見に来てもらうことになる。
更にさかのぼれば、文字がなくなるから、琵琶法師のように街角で語る。幸い職業がら琵琶をマスターすることには自信があるが、レッスンどころではなくなる。
今は本当に便利な世の中だ。
145(98.01)「オリンピックを考える」
1998年に突入して、もう間もなく長野オリンピックが始まるというのに、今ひとつ盛り上がりに欠けているように感じるのは何故だろう。せっかく地元日本で開催されるのだから、もっと盛り上げたいものだ。
そのためには競技種目を見直すことも必要だ。現行の種目はタイムとか得点をを競うという、素人目にはちょっと地味なものが多い。もうひとひねり演出が加わればもっと面白くなる筈だ。
例えば「ジャンプ」はハンググライダー着用を許可する。「3万メートル級」とかが出来る。「K点」が群馬県だったりする。
「スピードスケート」はいかに氷の上を速く移動するかが競技の目的だから、道具は何を使ってもいいことにする。自転車もOKだ。橋本聖子はこれをやりたかったに違いない。
スキーの「回転」などは、あのバシバシ倒しているポールの中に1本だけ倒れない鉄の棒を混ぜておく。これは見ていてスリリングだ。または高圧電流を流しておくのも良い。
「滑降」はコースの途中に「ミカン」をたくさんバラまいておいて、滑りながらそれを拾ったら1個につき1秒タイムを減らす。「スイカ」も何個か置いておく。これは1個で10秒減だ。100km程のスピードでとても拾えるものではないと思うが、ばん回不可能なヤツなんかはダメモトで拾いにかかるかもしれない。
「フィギアスケート」は衣装を透明ビニールに限定する。み、み、み、見たいでしょ。
「リュージュ」は逆さまに頭から滑ってもらう。
「アイスホッケー」はリンクの周りのフェンスに鉄の鋲を打っておく。激突する度に血しぶきが上がって演出効果は抜群だ。
「バイアスロン」などは機関銃と手榴弾を使っていいことにする。かなり派手になる。
これだけやれば盛り上がることは保証されたようなものだ。
146(98.02)「ゴキブリの惑星」
あと40億年もすると、太陽は水素を使い果たし赤色巨星になり、地球をも飲み込んでしまうほどに膨張する。その時点で地球もオシャカになるのは間違いない。
現在は地球上に生命が誕生してからちょうど40億年くらいなので、地球上の生命も半ばにさしかかっていることになる。
動物が生まれたのは6億年前、海から陸に上がったのが3億6000万年前、恐竜が現れたのは2億2800万年前、それから1億6000万年に渡って恐竜が地球を支配し、それに代わって哺乳類が6500万年前から繁栄、人類がチンパンジーとの共通の祖先から別れたのが500万年前、現代のホモ・サピエンスが現れたのはたったの15万年前だ。
これからずーっと40億年も人類が繁栄し続けるとはとても考えられない。
人類の次に地球を支配するのは何だろう。「猿の惑星」みたいな猿だろうか。それとも「エイリアン」に乗っ取られてしまうのだろうか。
私は「ゴキブリ」がクサイと思う。
何と言っても今までの歴史があるし、あのたくましい生命力はモノ凄いものがある。これから何億年かの間に知能も発達するかも知れないし、大きさもだんだん巨大化するかも知れない。生命力はそのままで人間並みの知能を持ち、体長が1.5メートルのゴキブリになったらもうかないません。いさぎよく降参しましょう。
そんなのが側にいるだけでキモチワルイし。
147(98.03)「必要経費」
毎年この時期は、深刻になって顔が青色になることが確定している。税金のせいだ。
帳簿を整理して、収入から必要経費を引き、様々な控除を引いた額が税金の対象になる。
で、「おらの税金はこんだけですだ。お代官様」と申告するわけだ。
「収入」はわかる。人様の前でギターを弾いたり、シャレを言ったりしていただいたもの(『ギャラ』と呼ばれる。大抵は1割目減りしている)。人様にギターの弾き方、シャレをお教えしていただいたもの(『月謝』とか『指導料』と呼ばれる。前者は目減りしない場合がほとんどだが、後者はビックリするほど目減りする)。この辺が私の収入のほとんどだ。
その他に、麻雀というゲームをした後になぜか数千円いただいたり(奪われることもある)、下を向いて歩いていて十円玉をいただいたり(数年前に札幌で千円札をいただいたこともある)、タバコ屋で240円のタバコを買って500円出したらどういう訳か760円お釣りをいただいたり、知らないおじさんから「アメでも買いなさい」と百円いただいたりなどがある。
難しいのは「必要経費」だ。仕事で収入を得るために必要な経費のことなのだろうが、どこまでが必要経費になるのか悩む。
「食費」。何にも食べなかったら仕事など出来るはずがない。「必要経費」だ。
「酒代」。酒がなかったら手が震えだしてしまう私には「必要経費」だ。
「タバコ代」。禁煙すると生徒に噛みついてしまうという持病を持っている私には「必要経費」だ(毎週噛みついても辞めない生徒はあまりいないので仕事にならない)。
「服(下着、靴下も含む)」。ステージ衣装はもちろんだが、講師が全裸でも辞めない生徒はほとんどいないのでふだん着ている服も「必要経費」だ。
「リフト代」スキーをすることによって日々の仕事に耐えうる体力を養い、精神的にもリフレッシュして良い演奏が生まれる。「必要経費」だ。
「トイレットペーパー」事後、トイレットペーパーを使用しない野生動物のような講師に習いに来る生徒はおそらくいない。「必要経費」だ。
「寝具」不眠で仕事はできない。「必要経費」だ。
今年はこれくらいで勘弁してやろう。
148(98.04)「4月1日の日記」
今回は特にこれといったネタがないので、私の日記を公開することにする。
「今日は朝から忙しく、コンサートの打ち合わせだった。是非私とジョイントでやらせてくれというミュージシャンがいて、その事務所から連絡が入り、条件を話し合った。相手は私の知らないピアニストで、ハービー・ハンコックとかいうアメリカ人だそうだ。どうせまだカケダシの若造なのだろうが、せっかく私を指名してきたのだから受けてやることにした。『OK。そのハンモックとやらにジャズ・ミュージックの魂を教えてやるぜ』と英語で言ってやった。向こうは私の寛大な答えに喜んで、電話口で『ヒィヤッホウ』とか叫んでいた。そのあと今度はイギリスからレコーディングに参加して欲しいという連絡があって、これまた知らないヴォーカリストだ。『わかった。わかった。やってやるよ。ところで君の名前は何ていうんだっけ。ん?ポール?なになに。マッカートニー君か。え?もとビートルズの。知らないなあ。ずーとるびだったら昔ジョイントしたことがあるけど。ま、ギターは弾いてやるから安心しなさい。少なくともジョージ・ハリスンよりはウマイから。がはははは』私の流暢なキングズ・イングリッシュに、マッカートニー君は電話口で嬉し涙を流していたようだった。1998年4月1日」
149(98.05)「体力低下」
体力が衰えた。
10代の頃は野球、陸上、剣道、カンケリ、タカオニ、ハナイチモンメ、お使い、掃除当番など、スポーツなら何でもこなしていた。
野球は小学生の頃から120キロくらいの球を投げていたので豪速球投手と言われ、しかもフォークボールもマスターしていたから、PL学園のスカウトが偵察に来るし、陸上は中学生でl00mをl0秒代で走ったので、日本陸連からオリンピック強化選手になってほしいという要請もあったし、剣道は竹刀だったから良かったものの、もし真剣だったらいったい何人の人をアヤメてしまったことか数知れないほどだったので、警視庁の剣道部から「ピストルあげるからウチに来てくれ」と言われたという夢を見たくらい運動には自信があった。
20代の頃もそれなりに体カには自信があった。中学生以来やっていなかったスキーを始めて、たまたまゲレンデで知りあった人にアドバイスをしたら、みるみる上達してワールドカップに出るまでになり、その人の名前が木村公宣であることを知り、さらに私の出身地である北海道清里町で、小さな女の子にスケートの滑り方を教えたら、みるみる上達してオリンピックで銅メダルを獲得するまでになり、その子の名前が岡崎朋美であることを知ったということがあったら面白いなと思った程だ。
それが今や、ちよっとキャッチボールをしただけで、ヒザは笑うは、肩は泣き出すは、腰は怒り狂うはの大騒ぎだ。階段を上っただけでゼーゼーいうし、エスカレーターもベルトにつかまるのがやっとだ。エレベーターもボタンを押すだけでかなりの体力を消耗する。食事の時も、食器を持ったり、箸を動かしたりするのが大変なので、いきなり茶わんに顔を突っ込む。みそ汁などは少々熱いが、疲れるよりはマシだ。
ただ不思議なのは、酒を注いだり、飲んだりすることは一向に疲れないということだ。
150(98.06)「こぶたぬきつねこ」
「こぶたぬきつねこ」という子どもの歌がある。
「こぶた、たぬき、きつね、ねこ」と、見事に終わりのないしりとりになっている。
おそらく作者は「たぬき、きつね、ねこ」を先に考えて「こ」始まりの「た」終わり動物を考え、苦肉の策として「ぶた」に「こ」を付けるという反則スレスレの技を用いたのだろう。他にも「国産黒豚」と「コロンビア産チータ」というのも候補に上がった筈だが、「子どもの歌」という観点と「語呂」の問題で「こぶた」が選択されたのだ。
ちなみに「たぬき、きつね」までのフレーズは、そば屋で思いついたものと思われる。
他にもこのような歌が作れないだろうか。
「もやし、しめじ、じゃがいも、モロヘイヤ、やまいも」
八百屋だとこうなる。「モロヘイヤ」がカタカナであるところがちょっとクルしい。
「めだか、かれい、いわし、しらす、するめ」
魚屋だとこうなる。「するめ」が加工品であるところと「めだか」を売っている魚屋をまだ見たことがないところが非常にクルしい。
「鈴木、木下、高橋、進藤、ウィリアムス」
当スクールに在籍した生徒だとこうなる。「ウィリアムス」が一見クルしそうに見えるが、本当に居たのだからこれでいいのだ。
151(98.07)「3連敗だった」
3連敗だった。
ワールド・カップの話だ。なぜ負けたのだろう。
それはきっと勝てなかったからだ。
では、なぜ勝てなかったのだろう。それは負けてしまったからだ。
ただ「勝負は勝ち負けではない」という坂田明先生の名言もあるから、悲しむ必要はない。さらには「負けるが勝ち」という言葉もあるので、これは本当は喜ぶべきことなのかもしれない。
日本が負けたことによって、たくさんのアルゼンチン人、クロアチア人、ジャマイカ人が幸せな思いをした筈だ。それを考えると、あたかも慈悲深いマザー・テレサになったかのような気持ちにもなる。日本人はいいことをしたのだ。他国の人の幸せを、自分の幸せのように感じる心こそが大切なのだ。これこそ究極の人間愛というものだ。
日本は世界平和への模範を示したのだと言ってもいいだろう。ちくしょう。
152(98.08)「最悪の釣銭」
自動販売機でウーロン茶を買いたい。
あいにく100円玉の持ちあわせはないが、千円札と10円玉が2個あるので、それらを投入し、ウーロン茶のボタンを押す。
この場合の私のモクロミは当然のことながら、500円玉1枚と、100円玉4枚のお釣りが戻ってくることにある。「財布スリム化運動」の実行例だ。
「そんなめんどくせえことしねえでイサギヨく千円札突っ込みやがれってんだ、べらぼうめ」という、一見豪快な江戸っ子風な思想の人もまれに存在するが、千円札を突っ込んで120円のウーロン茶を買うとお釣りは880円で、良くて500円玉1枚と100円玉3枚、50円玉1枚と10円玉3枚、さらに最初から持っていた10円玉2枚で計10枚の硬貨を所持せざるを得ないことになる。「財布スリム化運動」実行時の2倍の枚数である。
いかにこの「江戸っ子風」が誤った考え方をしているかがわかるだろう。
ま、たまに500円玉が切れていて、100円玉が9枚出てくることもあるが、それでもまだ「江戸っ子風」よりはマシで、その場合「江戸っ子風」は計14枚の硬貨所持者になる筈だ。
そう信じて疑わない私は、ある日いつものように「財布スリム化運動」を実行すべく千円札と10円玉2個を投入しウーロン茶のボタンを押した。
「チャリン、チャリン、チャリン・・・」どうやら500円玉1枚と100円玉4枚の理想的釣銭状態は逃したようだ。
「チャリン、チャリン、チャリン・・・・・」最悪状態とされる100円玉9枚出しにしても「チャリン」が多いようだ。
「チャリン、チャリン、チャリン・・・・・」果てしなく続く釣銭排出の音。
自動販売機が壊れた!
このままこの自動販売機は釣銭が枯れるまでその中身を吐き出し続けたとして、そんなことで私は億万長者になってもいいのだろうかと悩み、胸で十字を切ったときに釣銭排出音は止まった。50回くらい「チャリン」があったと思う。
もしすべてが500円玉だったら2万5千円ほどになる。億万長者だ。
もしすべてが100円玉だったとしても5千円ほどになる。億万長者だ。
神に感謝しながら釣銭排出口に指を入れる。
「ザークザク、ザークザク」。
出てきたのは4枚の100円玉と、50枚の10円玉、計54枚だった。
153(98.09)「ドラえもん考」
本当は「ドラえもん」には耳があったらしい。色も全身黄色だった。
ネコ型ロボットとして工場で大量生産されたのだが、ロボットの訓練所では落第生。4次元ポケットから「どこでもドア」を出して、ドアを開けると海に落っこちるは、「元気の素」を出して飲もうとすると、間違って「悲劇の素」を欽んでしまうわの大騒ぎ。つまりエリートコースからはハズレたわけだ。
止むなく「イロモノ養成所」のような所に入れられ、何とか子守ロポットとしてある家に雇われる。そこでひょんなことからネズミロポットに耳をかじられ、病院で手当てを受けるが、担当医のロボットが、まあ何というか、ファンキーなやつで、いわゆる「ヤブ」だった。
再生するはずの耳を全部取ってしまっておいて「もともと飾りなんだから別にイイじゃ一ん。この方がスッキりしてカッコいーじやーん。手術代はいらないよーん。じやーね、バイバーイ」と言ってそそくさと去っていく。普通なら訴訟モノのはなしだ。
かくしてビー玉のような頭になってしまったドラえもんは、その己が姿に打ちひしがれ海辺で一晩泣き明かす。潮風にさらされ、すっかり黄色のペイントもはがれ落ち、彼の素材本来の色である青い体になってしまう。泣き明かしたことで、一夜にして声の質も激変し、約1オク夕一ブ半ほど音域が下がり、例の大山のぷ代ソックリの声になってしまった。
このようにドラえもんにも暗い過去があったのだ。
ドラえもんから与えられた教訓として、これらのことから我々は何かを学ばなくてはならない。
「機能しない耳をあえてロポットに取り付けるという美的感覚」、「青色の体をあえて黄色に塗り替えるという色彩感覚」、「詰め込み型、エリート養成型の制度をロボットにまで課している教育感覚」、「4次元ポケットの乱用」、「医師免許制度の崩壊」、「訴訟制度の崩壊」。
未来にそなえて、この辺のところは認識しておくべきだろう。
154(98.10)「太ってはいない」
久しぶりに会った人に「太った?」と言われる。
私は「着太り」するタイプなのだ。
いつも会う人に温泉で「太った?」と言われる。
私は「脱ぎ太り」するタイプなのだ。
床屋で「お客さん太った?」と言われる。
私は「散髪太り」するタイプなのだ。
レッスンで「先生太った?」と言われる。
私は「指導太り」するタイプなのだ。
何れにしても断じて私は太ってはいない。どちらかと言えば「きゃしゃ」な方だ。「ガリガリ」と言ってもいい。どうやら人前に出ると急に太るという「対人肥満症」であるようだ。
「ビッグになりたい」という思いが強過ぎ、その思いが脳下垂体か何かを刺激して、人に会うと瞬時に大量の皮下脂肪を生成してしまうというものだ。だから一人でいるときの私は「きゃしゃ」で「ガリガリ」だ。
だが、他人にそのことを確認してもらうことは出来ない。
もどかしさのあまり、本当の私はどんどんやせ細ってしまうのだ。
154+(98.10)「板橋でミス?」
とは言っても、三人の中で参加資格をクリアできるコはいないの。年齢、居住地、性別、すべて資格外なんだもの。でもいいの。主催者サイドが「ぜひ出てくれ」と言うんだから、堂々と出場ることにするわ。ただ困るのは、着物審査があるから和服を用意しなくちゃならないことね。和服なんてひとつも持ってないもの。「甚兵衛」ってわけにもいかないしね。テキヤじゃないんだから。あとは水着審査の水着ね。ブカブカの短パンみたいなのしか持ってないから何とかしなきゃ。Tシャツのスソ引っ張って股の下で結んじゃえばワンピースに見えるかしら。いいわ、それで。あ、そうそう。審査員から質問とかされるから、その答えも考えておかなくちゃ。「趣味は?」なんて訊かれて「麻雀、パチンコ、ビリヤード」とか答えちゃダメよね。やっぱり「読書、音楽鑑賞、絵画」あたりにしておくべきよ。「特技は?」なんか訊かれたら、即「華道、茶道、書道」で決まり。「柔道、剣道、横浜新道」なんて答えたら、かすかな笑いは取れるかも知んないけど、やっぱりダメよね。おやじギャグだわ、しょせん。
仕方がないので、本線の出場はあきらめて、アトラクションでギターを弾く。
10月13日、板橋区のミスコンテストだ。去年もこの話は来ていたのだが、ちょうど関内ホールのコンサートと重なっていたため、丁重にお断りした。にもかかわらず、今年も再び呼んでいただいたというわけだ。
「出場者と同じ楽屋にしてくれたらギャラはいらない」。
メンバーのH井Y則にこう言わしめたイワク付きの仕事だ。
あらぬ方向に目が行って、ギターの「ミス・コンテスト」にならないように気をつけますです。
155(98.11)「ラーメンライス・バスター」
私は通常「ラーメンライス」なるものを正しい食事のあり方としてユルシてはいない。「メン」「ライス」ともに炭水化物だからだ。
それがユルされるのだったら、「スパゲティライス」「パンライス」「カツ丼ライス」「カレーライスライス」果ては「おにぎりライス」まですべて認めなくてはならない。
「ラーメンライス肯定派」サイドからは「ラーメンはすっげえ具の多いスープとしてとらえればいいのだ」という反論があるが、そうであれば「雑炊ライス」や「カルビクッパライス」や「おかゆライス」までも認めることになる。さすがに「ラーメンライス肯定派」もそれ以上の反論はできまい。
これほど「ラーメンライス否定派」である私が、ある日「担々麺」を注文したときに、つい「小ライスもね」と言ってしまったのだ。相当腹が減っていたのだ。魔がさしてしまったのだ。
ところがその時の店員の反応がこれまたスゴかった。
「小ライスは食事の前にしますか、後にしますか」。
コーヒー注文時にはよく聞くフレーズだが、小ライスに応用されたのを聞くのは初めてだ。つまりこの店員の質問の意図は「小ライスを食べ終えてから担々麺を食べたいのか、担々麺を食べ終えてから小ライスを食べたいのか、一体おまえはどっちなんだ」ということだ。
これはまいった。できれば双方同時に持ってきてもらいたいものだ。しかし彼女は「前か後か」と言っているのだから、どちらかを選択しなくてはいけないのだろう。
「・・・」などと悩んでいたら、彼女は「何でもありません。いいです」と言って立ち去ってしまった。やはりユルされないものをたのむから妙なことになるのだ、と思って反省していたら店長らしき人が「すいません。小ライスと担々麺は一緒にお持ちします」と言いに来た。
結果は無事、両方同時に出てきたのだが、いろいろ考えさせられる出来事だった。
おそらく彼女は自ら中華料理店に勤めて「ラーメンライス撲滅運動」を展開している「ラーメンライス否定派」バリバリの活動家「炭水化物重複バスター」なのだろう。
みなさんも横浜西口ジョイナス地下2階「S川H店」では「ラーメンライス」を注文しないように。
156(98.12)「交番にて」
「あ。そうですか。はいはい。じゃ、そこにお座り下さい。はいはい、どうぞ。で、どこで拾われましたか?」
仕事の帰りに財布を拾ってしまったので、交番に届けに来たのだ。
「ヨーカドーの前です」
「はあはあ、なるほど。では書類をちょっとアレしますんで、おたくさんのお名前は?」
「O橋H和です」
「住所は?」
「O久保1-17-19です」
「電話は?」
「843-2346です」
「年齢は?」
「37」
「職業は?」
「ギター弾き」
「前科は?」
「ありません」
「好きな女性のタイプは?」
「そんなことまで答えるんですか」
「あはははは。いや、じょうだん冗談。いつまで答えるかと思いましてな」
「いいかげんにして下さい。もう帰ります」
「いや、すまんすまん。本官少々悪ふざけしすぎたようだ。ところで、財布の中はどうなってますか」
「よくは見てませんが、お金が入ってるようです」
「ふむふむ。3千8百49円、余り入ってませんな。おたくいくらか抜き取りましたか?」
「なななな何を言うんですか。抜き取るくらいだったらわざわざ届けに来ないでしょう。もう頭に来た。帰ります」
「あ、まって待って。これ、6ヶ月間落とし主が現れなかったら、あなたに所有権が発生するんですよ」
「いりません、そんなの」
「いやあ残念だ。現金の他に小切手が入ってて、額面が800万なんだが」
「え。ちょっと待って。いりますいります。所有権いります」
「あ、違った。郵便切手で額面が80円だった」
「コココ、コロシてやる」
「本官をコロシたら、殺人の現行犯で逮捕するぞ」
大筋本当の話なのだが、途中からお巡りさんのキャラクターを私好みに変えてしまったことをご了承下さい。
157(99.01)「十年一昔」
「十年一昔」という言葉がある。
これが正しい単位だとすると、1年は「0.1昔」だ。
1ケ月は約「0.00833昔」で1日は約「0.000274昔」になる。
さらに1時間だと約「0.0000114昔」、1分だと約「0.000000191昔」だ。
1秒にいたっては約「0.00000000318昔」ということになる。
もし世の中の時間単位が、この「昔」で統一されたら、それはそれは大変なことになる。
「うわあ、もう正月か。0.1昔過ぎるのも早いなあ。12月の0.00833昔間はいろいろとバタバタして、あっという間に過ぎたし、今日は1月の3日だから、もう今年になって0.000822昔もたっちゃった。生まれてから3.7昔にもなると、どんどん時間が早く過ぎるように感じるわ。やっぱり0.000274昔、0.000274昔を大切にしないとな。あ、いけね。あと0.0000114昔でこのギターランドを仕上げなくちゃ。急ぎましょ。急ぎましょ。急ぎましょ。んー、このあとどう続けようかなあ。わー、いろいろ考えているうちにもう0.00000573昔もたっちゃった。もう0.00000000318昔も無駄には出来ないぞ」
ね。それはそれは大変でしょ。
158(99.02)「スキー150億年」
1000年代最後の1999年も1ケ月が過ぎた。で、どうなったかというと、つまり、スキーシーズンの真っ只中である訳だ。私としてはやはりジタバタする時期だ。
しかし何故私たちはスキーをするのだろうか。冷静に考えてみると、スキーをするにはかなりの労力が必要なのだ。スキーをするまでの行程を考えてみる。
「起きる→用を足す→服を着る→歯を磨く→顔を洗う→靴を履く→玄関を開ける→外に出る→玄関を閉める→駅に行く→切符を買う→改札を通る→階段を上る→電車を待つ→電車に乗る→座る→立つ→電車から降りる→階段を上る→階段を降りる→切符を見せる→階段を降りる→電車を待つ→電車に乗る→釣り革または手すりにつかまる→釣り革または手すりから手を離す→電車から降りる→階段を降りる→改札を通る→階段を上る→弁当とビールを買う→電車を待つ→電車に乗る→席を探す→座る」この段階でまだ新幹線に乗り込んだところだ。
「ビールの缶を開ける→飲む→ひと息つく→窓の外を眺める→飲む→車掌に切符を見せる→飲む→禁煙車両なのでデッキに行って煙草を吸う→席に戻る→飲む→飲む→飲む→缶を握りつぶす→窓の外を眺める→弁当の包みを開ける→醤油の袋を開ける→ズボンに飛び散った醤油を紙おしぼりで拭く→気を付けているのにいつも同じことをしてしまう自分が情けなくなり反省する→窓の外を眺める→気を取り直して割りばしを割る→おかずごはんおかずごはんおかずおかずごはんおかずごはんの順で弁当を食べる→ひと息つく→デッキに行って煙草を吸う→席に戻る→寝ようと試みるが気分がワクワクしているので眠れないことに気が付きアキラメる→雑誌を読もうと試みるが気分がワクワクしているので内容が頭に入らないことに気が付きアキラメる→立つ→電車から降りる」
やっとの思いで越後湯沢に着く。
ここから「タクシーに乗る→料金を払う→タクシーから降りる」かなんかして宿まで行き、「チェックインする→荷をほどく→服を脱ぐ→スキーウェアを着る→スキーブーツを履く→スキー板をケースから出す→スキー板を担ぐ→リフト乗り場まで歩く→リフト券を買う→リフトに乗る→リフトから降りる→華麗に滑る」。
晴れてスキー活動が始まる。
混乱を避けるためにあえて簡略化して書いたが、本当は「まばたきをする」とか「息を吸う→息を吐く」なども随所に折り込まなくてはならない。
しかも「起きる」の以前にも「寝る→用を足す→顔を洗う→歯を磨く→酒を飲む」など遡っていくべきだ。
もっと前には「スキーを宅急便で送る→荷造りをする→宿と電車の手配をする」などの行動も必要だ。
さらには「スキーの道具を買う→稼ぐ→仕事に就く→成長する→産まれる」などがあるのは言うまでもない。
もっと遡ってやる。
「スキーが発明される→人類が二足歩行を始める→ほ乳類が出現する→生物が海中から陸上に進出する→単細胞生物が現れる→地球が冷えて海ができる→地球ができる→太陽ができる→銀河系ができる→宇宙ができる」
150億年を背負って私はスキーをする。
159(99.03)「新種の動物」
日常生活の中で新種の動物を大量に見つけたのでご報告する。
『ニシガハチ』2匹が1組になり、4組単位で行動するハチ。巣の穴の形が2×4の縦長である。
『シニガハチ』4匹が1組になり、2組単位で行動するハチ。巣の穴の形が4×2の横長である。
『ウルサイ』音に対して非常に敏感なサイ。音を立てるものに対して攻撃的な態度をとる。
『ゴメンナサイ』上記「ウルサイ」に攻撃されるとひたすら頭を地面にこすりつける仕草をするサイ。いざとなったら土下座も出来るのが特徴。
『ナニヲナサル』江戸時代に日本全土で繁殖していたサル。人をいましめるような仕草をする。
『トノナニヲナサル』主に江戸城内で飼われていたサル。
『デンチュウデゴザル』主に江戸城内で飼われていたサル。「トノナニヲナサル」の変種。別名「老中ザル」。赤穂浪士の討ち入りの際に絶滅。
『ハッケン』「ここほれわんわん」という珍しい鳴き声を発するイヌ。
『エイケン』1級、2級などの階級があるイヌ。鳴き声は「VOW-WOW」である。
『インケン』性格は暗く、恨みを持ったら一生忘れず、仕返しのチャンスを狙って暮らすイヌ。飼い主から好かれることはほとんど無い。
『センキョケン』20才になると、投票所の前をウロウロするのが特徴のイヌ。
『タイキケン』空気が無いと生きていられないイヌ。
『セイソウケン』空気が薄くても生きていられるイヌ。
『ドコカニ』探しても探しても見つけることができないカニ。未だに見たものは居ない。
『タシカニ』さっきは居たのに今はもう居ないというカニ。未だに捕まえたものは居ない。
『ワズカニ』発見されるときは、必ず身体のごく1部分だけであるカニ。「カスカニ」と同種。
『ボクモ』何でもかんでも参加したがるクモ。
『ヨクモ』恨みがましいことで有名なクモ。
『ナグモ』主に新潟県に繁殖するクモ。
『ワタシカ』1人称のシカ。
『アナタカ』2人称のタカ。
『ダレカガ』3人称のガ。
『イルカモ』推量系のカモ。
160(99.04)「ニュートンで得たこと」
人間の一生を80年とすると、その間に心臓は30億回も動くのだそうだ。ものすごい数だ。
このことからわかるのは、160歳まで生きたら心臓は60億回動くが、240歳まで生きたらギネスブックに載るということである。
人間の骨は全部で約200個あって、そこに体内カルシウムの99%が蓄えられているのだそうだ。
このことからわかるのは、複雑骨折で骨がバラバラになったときは骨の個数が約200+α個になるが、総カルシウム量はおそらく変わらないということである。
人間の小腸内にある絨毛を広げると200平方メートルになるのだそうだ。ものすごい広さだ。これはテニスコートほどの面積だ。
このことからわかるのは、小腸はテニスに向いているが野球やサッカーには向かないということである。
人間のDNAの塩基配列は約30億対もあるが、ヨーロッパ、日本、アメリカなどの国際協力で2005年ごろには、その解析が終了しそうなのだそうだ。ものすごい労力だ。
このことからわかるのは、「ヨーロッパ、日本、アメリカ」だと「ENA」になってしまうので、「ドイツ、日本、アメリカ」の方が「DNA」でピッタリだったのに残念だということである。
人間の全身の血管を全部つなぎ合わせると9万キロメートルになるのだそうだ。9万キロといえば東京、大阪間を110往復する距離、さらには地球を2周してまだ余る長さだ。ものすごい長さだ。
このことからわかるのは、人は東京、大阪間を110回往復してやっと1人前になれるということと、人間一人分の血管で地球を十文字にしばることは出来るが、木星や土星はしばれないということである。土星はリングが邪魔だし。
科学雑誌「ニュートン」を読んでいて、私なりに感じた人体の驚異である。
161(99.05)「飛行について」
今から3億年前の古生代石炭紀には「ハネの長さが70センチのトンボ」がいた。1億年前の中生代ジュラ紀には「鳥類が出現」、白亜紀には8メートルの「プテラノドン」が「バッサバッサバッサバッサ」と羽ばたいていた。
これらはすべて「飛び系」の動物なのだが、彼らが繁栄した時期は、大気の酸素濃度が現在の21%よりも高い時期だったのだそうだ。大型の動物が飛行するには、血液中の酸素が素早くかつ十分に体中に行き渡ることが必要だったのだ。逆に言えば、地球の酸素濃度が高かったからこそ彼ら「飛び系」が大型化できたわけだ。
「飛ぶには酸素」。これがキーワードだ。んー、ジェット機にもあてはましるな。
現存する生物で、飛ぶことの出来る最大のものは「アルバトロス」、つまり「アホウドリ」だ。酸素濃度21%では「アホウドリ」の重さが限界なのだろう。
「船木や原田がいる」などと言ってはいけない。彼らは飛んでいるのではなく「落下している」に過ぎない。ただ一般人より滞空時間が長いだけだ。そもそも「道具」を使用することがルール違反(北大西洋条約飛行「NATF」規約第2条)だ。「ブブカ」「ドクター中松」も同様。
「ウルトラマンがいる」などと言ってはいけない。彼は「M78星雲」から来た宇宙人なのだから、地球上の生物と同じ尺度で比較することは出来ない。そもそも地上に3分間しか居られないのだから、酸素が必要な生物ではなく、むしろ嫌気性の生物であるはずだ。つまり彼の飛行に酸素が関わっているとはとうてい考えられない。(それにしても、あの「カラータイマー」というものは誰に危険を知らせる為にあるのだろうか。クルシかったら自分でわかると思うのだが。)「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラの母」等「ウルトラファミリー」全ても同様。
「ガメラがいる」などと言ってはいけない。あれは飛ぶときにジェット噴射しているので飛行機の仲間と考える。「マグマ大使」「鉄人28号」「マジンガーZ」も同様。第一「鉄人28号」と「マジンガーZ」は生物ですらない。(「マグマ大使」は生物なのか?)。
「孫悟空がいる」などと言ってはいけない。世代によって「西遊記の孫悟空」と「ドラゴンボールの孫悟空」とで認識のギャップがある。しかも前者は「きんと雲」という乗り物に乗っていただけだ。後者も当初は「きんと雲」に乗っており、しまいには自力で浮揚するようにもなったが、それはもう過酷な修業の結果として会得した「気」のなせるワザであって、決して酸素に頼ったものではない。そもそも彼も地球上の生物ではなく「サイヤ人」なのだから。(しかも正確には「スーパーサイヤ人」だ)。「ベジータ」「ピッコロ」等も同様。
「ダンボがいる」などと言ってはいけない。あれは「想像上の生き物」だ。
162(99.06)「ジェフ・ベックにって」
16、7年ぶりでジェフ・ベックを生で聴いた。圧倒的な存在感がある。もちろんギターはめちゃくちゃウマい。
仮に私のギターが100点満点で99点だとしたら、彼は500点満点で495点は行っているだろう。
しかも1945年生まれだから、あなた、54才ですよ。54才。
若いわぁー。西暦でいうと今一つピンと来ないけど、昭和でいうと20年ですよ。酉年ですよ。タモリとタメですよ。タモリが老けているという訳ではないが、タモリの芸とジェフ・ベックのギターを比べて、どっちを取るかと言われたら、あ、結構迷うわ。
163(99.07)「泥酔入浴」
ヨッパラって風呂に入ると、いろいろな経験ができる。
「真冬にシャワーでいきなり冷水を浴びる」「ヒョーホホホホ」などと叫び、一瞬酔いが醒めそうになるが、大抵はそんなヤワな酔い方ではないので、すぐに忘れる。
「真夏にシャワーでいきなり熱湯を浴びる」「ォアヂヂヂヂヂ」などと叫び、一瞬酔いが醒めそうになるが、大抵はそんなヤワな酔い方ではないので、すぐに忘れる。
「浴槽の中で足を滑らせて転ぶ」ただでさえ千鳥足状態であるのに、浴室内は水蒸気が潤滑剤になり、はなはだ滑りやすい環境にあるので、当然転ぶ。夜中であるにもかかわらず、多分相当な大音響を伴っている筈だが、当時本人はさほど意に介していない。翌日に気が付く「青あざ」が大音響の名残として、その転倒の壮絶さを教えてくれる。
「貧血で倒れる」ただでさえ血中アルコール濃度が上がっているのに、酔っ払っているとつい長湯をしてしまう(泥酔時々間の5分は平常時々間の15分に相当する)。その結果として、心臓の負担が限界を超え、脳細胞への酸素供給量が不足し、意識がなくなる。夜中であるにもかかわらず、多分相当な大音響を伴っている筈だが、当時本人はさほど意に介していない。翌日に気が付く「青あざ」が大音響の名残として、その転倒の壮絶さを教えてくれる。
「シャンプーで顔を洗ってしまう」特に問題はないのだが、翌日にリンス・イン・シャンプーの特性が現れて、ヒゲが妙にサラサラしていることで前夜のあやまちを悟る。
「ボディー・ソープで頭を洗ってしまう」特に問題はないのだが、翌日に植物性のボディー・ソープ特性が現れて、頭から「ふた葉」が生えていることで前夜のあやまちを悟る。
164(99.08)「拾い師」
1999年になって半年で、財布を拾ったのが2回目だから、確率的には今年中にあと2回は財布を拾うことになる。私が仮にあと40年生きるとして、これから160回も財布を拾う計算だ。かなりの高確率と言っていいだろう。
私のことを「拾い師」と呼んでいる人すらいるらしい。
今回は財布の3メートル手前で気が付いたのだが、ほぼ同時に前から歩いてきたおじさん(推定48才)も財布に気付き、ちょっと目を合わせる瞬間があった。ただ、おじさんの方は財布から4メートルの距離だったので、私の方が先に財布のところに到着した訳だ。
財布を拾い上げる私に、おじさんの視線がレーザービームのように注がれている。さらにおじさん(推定無職)は「ちっ」などと、舌打ちまでしている。よほど自分が拾いたかったのだろう。
たまたま100メートルほどのところに交番があったので、私はそこに向かって歩き出したのだが、交番に入るまで、おじさん(推定犯罪者)の視線が途切れることはなかった。おそらく、財布発見時に私の方がおじさん(推定殺人鬼)より距離があったら、その財布はおじさんに拾われてしまっただろう。
現金は数千円しか入っていなかったが、免許証やクレジットカード、キャッシュカード、プリクラなどが入っていたから、もしかしたら悪用されていたかも知れない。
私の経験上からすると、クレジットカードなどの暗証番号は、かなりの確率で誕生日であることが多く、免許証とセットで拾った場合は簡単に現金が引き出せる。
あわわわわわ。
じゃなくて、そういう話を聞いたことがあるということだ。ほほほほほんとだってば。
165(99.09)「名前について」
「中陳(なかのぶ)成重(なりしげ)春原(すのはら)道伝(どうでん)椎林(しいばやし)春海(はるみ)柵木(ませき)竹生(ちくぶ)車古(しゃこ)神戸(かんべ)高良(たから)西城(さいき)美尾(みお)柴久喜(しばくき)空閑(くが)真継(まつぐ)疋田(ひきた)五太子(ごたいし)余里(あまり)冷泉(れいぜん)阿知良(あちら)六人部(むとべ)三辺(さんべ)赤塩(あかしお)」過去の生徒で知らないと読めない、または読めるけどあまり聞いたことがない苗字の人たちだ。
私は「大橋」などという、わりとよくあるごく平凡な苗字だ。その証拠に私の親せきは「大橋」だらけだし、身近なところでは私の家に4人も「大橋」が居る。それほど一般的な苗字であることを物語っている一例だ。
ま、苗字は生まれながらにして決まってしまうものだから、それを甘んじて受け入れざるを得ないのだが、名前については親がその決定権を握っているわけだ。
かつて子供に「悪魔」という名前を付けようとして裁判沙汰になり、マスコミをにぎわした人が居たが、これは子供を私物化しているに過ぎないだけで、当の子供にとっては大迷惑な話だ。これは苗字に関係なく困る名前の例だが、苗字と名前の組み合わせでミョーなことになってしまう名前もある。
「三橋初美」回文にしてどうする。
「佐藤俊夫」調味料の基本ではある。
「原麻紀」おなかは冷えない。
「金田真」読み方を間違えられると大変なことになる。
「草井雲子」これはちょっとないだろうなあ。
166(99.10)「目撃!鼻毛切り運転手」
はたしてあなたは次のうちのどれを目撃したらオドロクだろうか。
(1)「車を運転しながらヒゲを剃っている」
(2)「車を運転しながら電話をしている」
(3)「車を運転しながら鼻毛を切っている」
(1)はたまに見かける。さすがにそれが「シック深剃り3枚歯」かなんかで、シェービングクリームまみれだったらオドロクだろうが、たいていは「電気シェーバー」なので特にオドロイてはいけない。
(2)のケースも最近はよく見かける。それが「糸電話」だったりしたら、ちょっとオドロクかも知れないが、まあたいていは携帯電話だ。
で、(3)の「車を運転しながら鼻毛を切っている」の場合だが、これは無条件でオドロイてよろしい。少なくとも私はヒジョーにオドロイた。苗場からの帰り、関越道での話だ。
横に並んだ車のおじさん(推定52才)がこちらのオドロキの熱いまなざしにも気付かず、無心で鼻毛を切っているのだ。左手はハンドルに添えられてはいるが、右手に持ったハサミ(しかもこれが工作で使うような刃渡り8センチほどのものだ)で、右の鼻の穴、左の鼻の穴、もう一度右の鼻の穴、さらに左の鼻の穴と、まあ大胆にジョキジョキしているわけだ。料金所が近かったので、多少減速しているとはいえ7〜80キロは出てる。アブナイことこの上ない状態だ。もしそのときにうしろの車に追突などされたら、どういうことが起きるか考えないのだろうか。普通だったらムチウチで済むものが、悪ければハサミの刃が突き刺さって死んでしまうだろう。しかもハサミの柄が鼻からニョッキリ生えた状態でだ。死に様としては美しいものではない。
まあ、そのおじさんの生き死には別にして、もうひとつ気になるのがその車はライトバンで、荷台に段ボールが積んであり、どうやら営業車らしいということだ。ひょっとしたらおじさんは文房具関係の営業で、あのハサミは商品だったのではないかという疑惑もある。
だからここしばらくはハサミを買わないことにする。
167(99.11)「馬場先生」
突然だが、幼少期の記憶がよみがえった。
2才、大晦日に1mの高さに積み上げた座布団からダイブ、左足複雑骨折(なぜか目撃した大人たちは20cmだったと主張する)。
5才、魔球を開発するべく、川原で向こう岸に向かって石を投げたのだが、あまりに複雑な投球フォームだったため、右足複雑骨折(なぜかとなりで見ていたマユミちゃんは「転んだだけかと思った」と証言した)。
9才、家族で旅行、旅館の布団部屋に積み上げてあった布団、推定2mの上からダイブ、右鎖骨骨折(なぜか自分でも1mくらいだったような気もする)。
この骨折履歴において特筆すべきことは、全て病院では治療していないことだ。整骨院、いわゆる「骨つぎ」で治したのだ。
「馬場整骨院」というところで「馬場先生」がひとりでやっているわけだ。「レントゲンは押し入れの中で撮る」という、不思議な整骨院だった。
で、その「馬場先生」は当時たぶん50才くらい、非情に柔和で温厚そうな感じで実際にやさしいのだが、お顔立ちが、その「バーブ佐竹(知らない人はお父さんお母さんまたはおじいちゃんおばあちゃんに聞いてね)」で、しかも今で言う「スキンヘッド」なのだ。
5才のときは「馬場先生」が往診に来てくれた。当時住んでいた家は玄関から茶の間に入るところの戸が、下4分の3が曇りガラス、上4分の1が透明なガラスの戸だった。
身長160cmの「馬場先生」が玄関から入ってそこに立つと、茶の間側から見るとちょうどガラスの透明部分に半球形の「スキンヘッド」だけが見えるわけだ。ビルにさえぎられて月が上半分だけ見えていることを想像してもらうとよい。
やさしい先生なのだが、5才の子にとってはやはりちょっとは痛いこともするし、治療は嫌なものだったのだろう。ガラス越しに半月頭が見えると「ハゲいやだあー!」と泣きわめいたらしい。
今考えると、それは失礼なことをしたと思う。
母親は「アンタをなだめるのと、先生に申し訳ないのとで参ったわよ」と言う。
「馬場先生」は数年前に亡くなったそうだ。合掌。
168(99.12)「ホームページ開設!」
いやあ。めでたいめでたい。
当スクールの広報部長、小関淳子女史が上大岡ギタースクールのホームページを作ってくれました。まだ、改良工事の途中ではありますが、これからどんどんより良く楽しいサイトにしていこうと思います。インターネットに接続の際は、是非お立ちより下さい。掲示板もありますので、ご意見ご感想ご希望ご指導ご鞭撻ご批判ご中傷ご脅迫ご罵詈雑言など、なんでもかんでもどんどん書き込んで下さい。私(大橋博和)宛、直接メールを下さっても結構です(nosque@lily.yyy.or.jp)。
いろんな企画も考えていますので、何卒よろしくおたの申し上げます。
169(00.01)「私の速度」
Y口S三師、三代目Y岡K正、GSNトリオ、洋楽邦楽を問わず日本の音楽会を背負って立つと前のめりになるといわれているそうそうたるメンバーだ。
そのうちの三代目Y岡K正が「高速道路は時速240キロで走るべきだ」という意見を発表した。その他のメンツは「それはアブナイべ」という意見だ。
では我々は今どれくらいのスピードで動いているのかという話になった。
まず地球は24時間で1回転というスピードで回っているのだから、赤道上の人で「4万キロ÷24」だから時速1667キロ、横浜あたりだと、まあだいたいその半分として時速800キロくらいだろうか。地球レベルですでにそれだけのスピードだ。
「なんだおい危ねえな、おれたちは」
「ってことは南極とか北極に居ればスピードは無いわけだな。クルクル回るけど」
「いやいやまだまだ公転を忘れちゃいけません。太陽と地球の平均距離が1億4960万キロで、その2倍に3.14を掛けると9億3949万キロ。これを365.26日で一周するのだから、時速10万7千キロだわ」
「うっひゃー。車が240キロくらいで走ったところで関係ねえな」
「しかも太陽系自体も銀河系の中を回ってるしな」
「銀河系だって動いてるしな」
「危ねえ。危ねえ」などと言って、あわてて居酒屋の柱にしがみついている5人の酔ッパライだ。
170(00.02)「2038年」
2000年になった時点で38才だ。ひとつサバを読んだとしても37才。ま、いまさらサバを読んだところで、どうにかなるものでもないので38才だ。
仮に今が人生の折り返し地点だとしたら、76才まで生きることになる。
2038年。
世の中はどうなっているのだろう。近年の世の中の進み方からすると、そうとう劇的な変化を遂げているのだろうと思う。
衣食住の「衣」はどうだろう。
「防寒」と「ファッション」の2大要素は変わらないだろうから、現在の状況と同じように、過去の流行を繰り返しているのではないだろうか。「アイビー」が復活しているかもしれないし、「サムライルック」とか「十二単モード」が流行っているかもしれない。または今の「厚底靴」がこのままどんどんエスカレートして「靴底2メートル」くらいになり、「ルーズソックス」もルーズになりすぎて、3メートルくらい地面をズルズル引きずっているかもしれない。わからん。
「食」はどうか。究極の「インスタント食品」が出来ている。調理不要、電子レンジ不要、パッケージを開けて皿に付いているボタンを押すと、またたくまに暖まる。味もレストラン並だ。好みに応じて、味付けの微調整ボタンも付いている。とてもおなかが空いている人のために、大盛りボタンも付いている。ボタンを押すと食品の量が増えるのだ。なぜそうなるのかはわからん。
「住」は建物の高層化、地中化がどんどん進み、「地上2万階、地下3千階」みたいなのが出来ている。最上階の2万階あたりだと、地表から60キロくらい離れている。対流圏はおろか成層圏のオゾン層も突破しているので、ちょっと息苦しいが、オーロラが目の前に出来るので、景色は良い。ただ、流れ星が当たる危険性が高いので、気を付けなくてはならない。地下3千階も窓の外が原油だったり、マグマだったり、温泉だったりするので、「ちょっとひとっ風呂あびてくる」と言って、窓からいきなり温泉に飛び込めるかどうかはわからん。
171(00.03)「笛吹きケトル考」
「『笛吹ケトル』ってんですか?あのお湯が沸いたら『ぴょおおおおおおお』とかって鳴りだすやつ。あの音って脅迫的でイヤですよね」
W部S悟さんからのご意見だ。
「ま、確かに大げさでウルサいかもな」
「なんかこう、もうちょっと耳ざわりのイイ音にならないですかね。たとえば音楽になるとか」
「それなら少しは心地よいかもしれんな」
「好みもあるでしょうから、音の出るところを変えればいろんなメロディーになるんです」
「『沸きメロ』ってやつだな」
「あはははは。そうです。そうです。これ、売れませんかね?」
「うん。売れる。売れる」
「特許取っちゃえば億万長者ですね」
「うん。億万長者だ。億万長者だ。」
このときは、アルコールが大脳皮質に回りきっていたので、冷静な判断ができずに『億万長者だ。億万長者だ。』などと、ヨロコんでしまったが、いま考えると素直にはヨロコべない。
もともと『笛吹ケトル』の『ぴょおおおおおおお』は、お湯が沸いたのから早く火を止めろ、というサインなのであって、心地ワルイ音だからこそあわててガスコンロのスイッチを切り、エネルギーの節約、および空焚き等の事故を防ぐことが出来るものなのだ。
もしそれが「ルパン3世のテーマ」だったり「太陽にほえろのテーマ」だったり「水戸黄門のテーマ」だったりしたら、つい聴き入ってしまうではないか。エネルギーは無駄になるわ、お湯は沸きまくるわで、イイことはない。
あらためてW部S悟さんに断言します。「絶対に売れません!」
172(00.04)「スキーは何故面白い?」
スキーシーズンもほぼ終わりだ。私がスキーウェアをクリーニングに出したのだから間違いない。
それでもまだスキーをしたいというなら、春スキーが出来るところを探すか、ザウスに行くか、オーストラリアに行くか、エベレストに行くか、地表が氷でおおわれているといわれる木星の衛星エウロパに行くかのいずれかだろう(最後のパターンは到着するのに6年ほどかかるし、おそらくかなりのアイスバーンだと思われるのでお奨めはしない)。
ところで、なぜ私はスキーを面白いと思うのだろうか。
考えてみれば、山の斜面を登り降りしているだけのことなのだ。
登りはリフト、ゴンドラ、ヘリコプターなど、動力系の乗り物の力を借りる。遊園地の乗り物とは違うから、これが面白いのだととは思えない。
かつて私が子供のころは、動力系の乗り物など無く、自力で斜面を登ったものだ。15分かけて登り10秒で降りる。これも登りの15分部分は面白いものではない。となると、やはりスキーの醍醐味は「降り」の部分にあるはずだ(その証拠に、テレビでオリンピックやワールドカップを放送しているときに、リフトに乗っている選手をずーっと追っていることなどはない。たぶん面白くないからだろう)。
では降りることの面白さとは何か。まずスキーは板の上に乗って滑るので「乗り系」のスポーツだ。スノーボード、サーフィン、ロデオ、体重測定などと共通する部分だ。板を使わずに素足で滑っている人は見たことがない(裸足でブーツを履いている人は知っている)。いかにスキー板を自在に扱うえるか、というところが面白さのひとつだろう。
またスキーは山の上から下に向かって滑り降りることから「重力利用系(落ち系)」のスポーツでもある。ジャンプ、スカイダイビング、バンジージャンプ、飛行機の墜落などと共通する部分だ。加速度に対するスリルが面白さになる。
さらに滑り降りるときのフォームの良し悪しも関係するので「見た目系」のスポーツでもある。フィギュアスケート、シンクロナイズドスイミング、キムタク、藤原紀香などと共通する部分だ。「あなたのフォームは美しい」と言われたら、それはうれしいものだ。
このような要因が重なりあって「スキーは面白い」ということになるのだろう。
そして何よりスキーのあとのビールとか日本酒とかウィスキーとかワインとか焼酎などが、私はとても面白い。
173(00.05)「特殊相対性理論ダイエット」
アインシュタインの「特殊相対性理論」によると、物質が動くと質量(重さ)が増えることになる。質量ゼロである「光」の速度を越えられない所以だ。
仮に光速の90パーセントの速度になると、重さは2.3倍になる。光速の99パーセントだと7倍、99.9パーセントだと、なんと22倍、体重50キログラムの人が1100キログラムにもなってしまうのだ。
これはタダゴトではない。ダイエットで1キロ減ったとか2キロ減ったなどと、のんきに喜んでいる場合ではない。速く動けば速く動くだけ体重は増えるのだ。
「飛行機に乗る」など最もダイエットにはイケナイことだ。
「レーサーになる」も良くない。同様に「Y岡K正氏のクルマに乗る」も良くない。その証拠にY岡K正氏本人も質量が大きい。
「京浜急行に乗る」も、できれば他の電車が好ましい(京急って速いのよね)。
どうしてもどこかに移動をしなくてはいけない場合は、出来るかぎりゆっくりと動くのがコツだ(「ナマケモノ」「イグアナ」「ナメクジ」「妻」などが参考になる)。
出来ればジッとして動かないのが理想ではある(「自由の女神」「ロダンの考える人」「西郷隆盛像」「妻」などが参考になる)。
「100メートルを9秒台で走る」などはもってのほかだ。決してやってはいけない。一気に体重が増えるばかりか、金メダルまでもらってしまう。
「ジョギングをする」も、脂肪が燃焼はするが、速度を伴うのでやるだけ無駄だ。どうしても走りたければ「ルームランナー」を使うしかない。
174(00.06)「新音階考」
「チャーチモード(教会旋法)」という7種類の音階がある。その名の通り、昔の教会音楽から一般化したものだ。それぞれ、アイオニアン、ドリアン、フリジアン、リディアン、ミクソリディアン、エオリアン、ロクリアンという名前がついている。
一番有名なのが「アイオニアン」で、メジャースケール(長音階)、つまり「ドレミファソラシド」と同じものだ。
なかには東南アジア方面で食用にされている音階もある。ちがうか。
いずれにしても、おしまいに「アン」が付くと音階らしい名前になるようだ。
で、音楽をナリワイとしている私としても、ここらでひとつ新しい音階を考えてみようと思う。
「セッチュウアン」うまく中間をとらえた音階。
「ツブアン」音符のタマが茶色で表記される音階。
「チョウジュアン」表記する場合は五線が手打ち風に波を打つ。
「アンアンアン」とっても大好きな「ドラえもん」専用の音階。
「シアン」これでいいのだろか、と考えさせられる音階。
「メイアン」この音階を奏でると何かしらヒラメくといわれる。
「ブライアン」クィーンのブライアン・メイが好んで用いる。アイオニアンと酷似。
「シーアン」胡弓によく合う音階。「チョウアン」と酷似。
「タイアン」結婚式によく合う音階。
「チアン」その良し悪しによって、その地域の安全性が問われる音階。
「フアン」ド、ミb、ソb、ラ。
「マリアン」慰謝料をたくさんもらえる音階。
「ライアン」プライベートな音階。
「ビビアン」「風と共に去りぬ」の「タラのテーマ」で使われる音階。
「ボードビリアン」聴くだけで楽しくなる音階。
「イアン」聴くだけで癒される音階。
「ショクアン」仕事を探すときの音階。アルバイトなら「アン」で良い。
「トレビアン」めちゃめちゃスバラシい音階。
175(00.07)「怪奇おしぼり男」
中華料理店でカウンターに座ったところだ。すかさず私の前に「おしぼり」が置かれる。左隣に座って一心不乱に「タンタンメン」を食べている「男(推定42才)」の箸の動きが一瞬止まる。ドンブリに箸を置くやいなや「男(推定会社員)」の右手が私の「おしぼり」に伸びる。目にもとまらぬ早さだ。蒸し暑い日である上に「タンタンメン」などという発汗系の食品を食べているのだから「男(推定独身)」の顔面は汗だくだ。「男(推定水虫)」は私の「おしぼり」を奪い、袋を破り、顔中の汗を拭き、しかも仕上げにハナまでかみやがった。その間ほんの5秒ほどの出来事だった。
あきらかに「男」は私の「おしぼり」であることを知っていながら、それを使った。自分の前には既に使用した「おしぼり」があるのだが、おそらくそれもハナをかんでしまっていたので顔を拭くわけにはいかなかったのだろう。
こういう場合、「男」の心理状態として考えられるのは次の3通りだ。
(1)ケンカを売っている。
(2)ウケを狙っている。
(3)人格が破綻している。
そのうちのどれが当たりなんだろうかと考えているうちに「男」は「タンタンメン」を食べ終え、新たな行動に出た。私から奪って汗およびハナを含んだ「おしぼり」を、丁寧に折り畳んで丸め、あたかもまだ使っていないかのような初期状態に形を整え、それを私の前に戻したのだ。
頭から「?」と「!」を50個ずつ出している私をよそに「男」はそそくさと勘定を払って店外へと出ていってしまった。
(1)、(2)、(3)のうち、どれが正解だったのか、いまだに悩んでいる。
176(00.08)「銀玉神様」
昨年、ニ度の「財布拾い交番届出作業」を行った実績からして、今年の前半は「不調」であったと言っても良い。上半期に一度も「財布拾い行為」を行っていないのだ。
こんなことでは「拾い師」としてのコケンにかかわる。と思っていたら、いやあ、拾いました、拾いました。K大岡M越内K伊国屋書店内男子トイレ内洋式個室内でのことだ。
今回は、過去最高額、6万数千円入り、しかもクレジットカード入りの「大物」だ。もしも私が前科七犯かなんかの「極悪人」だったら、すかさず現金をポケットにネジ込み、クレジットカードで5百億万3千兆円くらいは使い込んでいただろう。
実をいうと、この日私は「銀玉打ち出し系遊技場」でもって、3万数千円ほどヤラレていたのだ。で、いっそ銀行強盗でもしようかしら、と考えていたときの「財布拾い行為」だったので、正直に言って3.7秒ほど気持ちがユライだ。
「これは銀玉の神様が、美しいのにかわいそうな私に授けて下さった贈り物に違いない。やはり神はいた」という気持ちが2.3秒ほどあって、残りの1.4秒で、小学生のころに10円を拾って交番に届けたら、おまわりさんが「んー、じゃあおまわりさんがこの10円を預かって、落とした人に返すから、ボクにはおまわりさんからお駄賃をあげましょう」といって10円をくれたことを思い出した。
正直にしていれば、ちゃんとミカエリがあるということだ。「はなさかじいさん」もそう言っていた。
で、やはり人として「ネコババ」することはやめ、K伊国屋書店のレジのおねえさんに届けたわけだ。
翌日、正直者へのミカエリがあるに違いないと思って「銀玉打ち出し系遊技」に乗り込んでみたら、またヤラレた。「神はいない」
177(00.09)「ゲノムは語る」
ヒトの身体にはおよそ60兆個の細胞があるのだそうだ。私が数えたわけではないので「だそうだ」と言わざるを得ない。その60兆個の細胞それぞれに「核」というものがあり、その中にヒトの場合は23対の染色体があるのだそうだ。私が直接見たわけではないので「だそうだ」と言わざるを得ない。そのひとつひとつの染色体を作っているのが「DNA」だ。A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)T(チミン)という、たった4種類の塩基で構成される「DNA」だが、23対の染色体の中に30億もの塩基対があるのだそうだ。私が数えたわけではないので「だそうだ」と言わざるを得ない。たった1個の細胞の中に「30億」の文字情報があるわけだ。文庫本などだと、1ページがだいたい800字程度。厚めの文庫本で400ページあるとして、32万字になる。分かりやすくするために、文庫本1冊を30万字とすると、30億÷30万で1万になる。1個の細胞の中に「文庫本1万冊分」の情報があるわけだ。その1万冊分の解読がほぼ終了したというのだから、ものすごい話だ。いま話題の「ヒトゲノム解析計画」がそれだ。ただ、どういう順番で文字が並んでいるかがわかっただけで、その文字の羅列が何を意味しているのかを解き明かすのは、またこれからの話だ。一部は「わたしは◯◯というびょうきをおこすいでんしだす」のように、その意味もわかってはいるのだが、ほとんどの部分は「おけけもけけへれめぴょりぶはははげへへぐふぐふぴろーん」とか「あへめらの、いわをへめれけ、あんとにお、どてのよいよい、しばしけるかも」のように、今のところ意味がわからない(後者はなんとなくイタリア人が関係していそうではある)。そのわからないあたりに、45億年の歴史がかくされていそうな気がするのだが、どうだろうか。
178(00.10)「身長176センチ」
使っているスキー用の「ストック」が、身長に対して長すぎるという指摘をされた。たしかにそう言われてみると、少々長いような気もする。123cmのストックなのだが、あと2cmか3cm短ければちょうど良さそうだ。
私の身長は173cmだから、ストックが123cmでも問題はないはずなのだがどうしたことだろう。
「ほんとは173も無いんじゃねーの」という疑いをかけられたので、かつては「3高(高血圧、高コレステロール、高所恐怖症)」と言われた私としてもメンツにかかわる問題になるから、疑いをハラすべく、教室のハシラを利用して身長を測ってみた。
「171センチですね」測定人、W部S悟のかわいた声が響く。
いつの間に「2センチメートル」も縮んでしまったのだ!私はなーんにもワルイことはしていないぞ!財布を拾っても必ず届けているのだぞ!トイレを出るときには必ず水を流しているのだぞ!それなのになぜ神は身長を縮めるなどという「罰」を私に与えるのか。
どうにも納得できないので、その場に居合わせた者に身長を測ってもらったら、皆それぞれ自己申告より2センチほど低い。
なーんだ。私だけじゃなかったのだ。
原因は「教室のハシラ」に何らかの問題があるか、使った「定規」に問題があるか、その場の「時空」がゆがんでいるか、全員ヨッパラっていたのかのどれかだ。
「なーんだ。じゃあ、どうせ正確じゃないんだから、いっそのことこれからは、みんな5センチ増しにしようぜ」
ということで、晴れて私の身長は「176センチ」になった。
179(00.11)「水そば」
「『水そば』あります」
福島県のツアー中に、会津若松のそば屋で発見したハリガミだ。そこはPAのT橋さんご推薦のそば屋で、「ざる」がお奨めらしい。8人中、7人はお奨め通り「ざる」をたのんだのだが、現地スタッフのY巻さんは、
「私、あの『水そば』ってのが気になるんで、それにしてみます。サッパリしてそうだし」ということで、めでたく注文作業終了。5分ほどで、そばが運ばれてきた。
ま、「ざる」は、そば、つゆ、薬味という、通常の「ざる三点セット」だ。T橋さんご推薦だけあって、なかなかウマい。
問題はY巻さんの『水そば』だ。
「そば自体の本当の味を楽しんで下さい」という、店員さんのコメントとともに現れたそれは、どんぶりに水が張ってあって、その中でそばが泳いでいる状態、のものだった。要するに「ざるそばを水に突っ込んだもの」なわけだ。「つゆ」はない。「水」と「そば」の味、以上だ。
沈黙を守りながら、真顔で半分ほど「水そば」を食べたY巻さんに、私の「そばつゆ」をそーっと差し出す。
「あはは。ありがとうございます。あははは。味がないんですもの、これ。あはははは。サッパリしてるにもホドがあります。あははははは。しかも、おそばがどんどん水を吸ってノビきってしまってたりして。あはははははははははははは」笑いながらも、その目に浮かんでいた涙を私は見逃さなかった。
あまりに可哀想だったので、帰りがけに「ボソボソ」し過ぎていて、なかなか飲み込めないという「そばパン」を買ってあげた。
彼女は、3日後に「そばパン、なかなか飲み込めなくて、まだ残ってます。あはははは」と言って、少し涙目で笑った。
180(00.12)「21世紀の私」
もうすぐ20世紀が終わろうとしているが、別に大変なことではない。ある時に、今が「1年目ですわ」と決めたからそうなるだけのことだ(「0年」としなかったのがミソで、「数え年」と同じようなことになってしまって、2000年が21世紀にならないユエンだ)。
もし、地球の始まりを紀元としたら「450万世紀」くらいになってるし、宇宙の始まりを紀元としたら「1500万世紀」くらいにもなっているわけで、つまり、宇宙側としては、我々の2000年を750万回も繰り返しているのだから、「21世紀」など、ちゃんちゃらオカシくて、どうでもいい話なはずだ。
とは言うものの、やはり一応は「フシ目」ではあるので、ここらで「21世紀を迎える私の決意」を発表する。
「人から信頼される人間になる」ウソをつく回数を1日あたり今より20回ほど減らせば可能だ。
「フトコロの深い人間になる」デカいユカタを手に入れれば可能だ。
「音楽家として名を残す」各地のコンサートホールの壁か床に名前を彫り込めば可能だ。
「禁煙する」タバコを吸ったら無期懲役になるという法律が出来れば可能だ。
「禁酒する」酒を飲んだら銃殺刑になるという法律が出来れば可能だ。
「賭け事はやめる」賭けるものがなくなってしまえば可能だ。
「朝、歯を磨くときに『オエッ』となるのをやめる」歯を磨かなければ可能だ。
「ヨッパラって風呂場で転ぶことをやめる」風呂に入らなければ可能だ。
「ダンディーになる」『大橋ダンディー』に改名すれば可能だ。
これほどまでに無限の可能性を秘めていてもいいのだろうか、と心配になるくらい希望に満ちている21世紀がやってくる。
181(01.01)「カワリメ考」
21世紀である。新しい世紀だ。
仮に平均寿命を80才とすると、80%の人がこの世紀のカワリメに遭遇することになるのだから、別にめずらしいことではない。一生のうちに、2回遭遇する運のイイ人も居る。
そんなことより、この際私自身のカワリメを思い出してみることの方が、文化人類学的にも意義があると思うので、そうする。
まず、誰でもそうだと思うが、「胎児」と「新生児」のカワリメを経験している。もっとさかのぼれば、「生殖細胞」と「受精卵」のカワリメもある。ただ、このあたりのことはほとんど記憶が無い。
記憶にあるカワリメとなると、「園児」から「小学生」になったあたりだろうか。担任の「松浦先生」に、ほぼ毎日のように廊下に立たされていたことが印象深い。
次のカワリメは、やはり「小学生」から「中学生」になったことだろう。担任の「牧先生」に、ほぼ毎日のように「根性注入棒」で叩かれていたことが淡い思い出だ。
次は「中学生」から「高校生」のカワリメで、ヒザのあたりの幅が50センチくらいある「ボンタン」大流行の中、スソ幅16センチのスリムでアイビーを気取っていたら、「おまえ、かっこつけてるべ」などと言われて、3年生の集団にボコボコにされたことが懐かしい。
そんでもって、大きなカワリメが「高校生」から「大学生」のときで、これは同時に「北海道人」から「東京人」へのカワリメでもあった。
その後、「学生」から「ギター弾き」、「東京人」から「神奈川人」、「20代」から「30代」、「30代前半」から「30代後半」、「30代後半」から「40代リーチ」などのカワリメを経て現在に至る。
このまま順調にいくと、今年は「30代」から「40代」のカワリメに突入する予定だ。
くわばら、くわばら。
182(01.02)「バカ文のパパ」
編集後記で、こういった「バカ文」を書き続けて、とうとう182ヶ月目なのだ。もう16年目に突入しているのだ。「バカ文のパパ」とか言われそうなのだ。アタマに「天才」と付けても構わないのだ。これでいいのだ。
とは言うものの、これがなかなか大変な話で、書くことの「ネタ」が浮かばないこともままあるわけで、大抵はムリヤリ話をひねり出すことになる。なんとか書き終わったときは「エンシエント・エイジ(フジスーパーで買うと、1,080円のバーボン)」のボトルが、残り半分以下になっている。すでに「タリラリラーンのコニャニャチワ」状態だ。「レレレのレ」状態でもある。
いつも編集後記のことを考えて胃が痛くなるのかと思っていたが、もしかしたら「エンシエント・エイジ」のせいかもしれないことに、今気が付いた。
で、まさしく「今」が、そのネタ切れ状態であって、だからこそこのようなことを書いているわけで、実は結構困っているのだ。と言いつつも、ここまで行を埋められたのだから、なかなか良いペースだと言えなくもない。「エンシエント・エイジ」も残り3分の2くらいになったしな。もう一息だ。
ただ、いつもこの頃になるとキーボードを叩く手元がアヤシくなって「タイプミス」が多くなry。いっしょけんねい書こうとするのだが、どうにみ思っていることと違う言葉が現れてくり。それさえ無ければ調子よくいくのだるうが、なんとの思うようにじゃなかまかいかなおおおお
あ。スおペースキイを押したまま寝てしっなったようあふぁ。
183(01.03)「ミール見る落ちる」
ロシアの宇宙ステーション「ミール」が落ちてくる。15年の間に、100人以上の宇宙飛行士が訪れ、最長で679日間(1年と10ケ月)もの連続滞在記録がある、あの「ミール」がだ。
総重量が130トンだから、「520人の小錦」が空から降ってくるようなものだ。または、「1億3千万枚の1円玉」が空から降ってくると考えてもいい。
「オーストラリアの東海上1500〜2000キロ付近に落とす」と、ロシアは宣言しているが、その複雑な形ゆえに、落下地点の予測は難しいようだ。
ま、かりにロシアのモクロミ通り「オーストラリアの東海上1500〜2000キロ付近」に落ちるとしても、その辺に居る生物にしたら、たまったもんじゃない。 「魚」などが「あー、いい天気だなあ。今日もオーストラリアの東海上、1500〜2000キロ付近で泳いでるんだもんねー」などと呑気にしてたら、いきなりミールの破片が直撃する。「痛ってぇー!」とか言ってる暇もない。大気との摩擦で、ギンギンに熱くなっている破片だから、「ジュッ」とかいって一瞬にして「煮魚」と化す。「カニ」「エビ」「タコ」「イカ」なんかは食べごろに茹で上がる。「クジラ」も尾頭付きの豪華な「煮鯨」になる。
ちょうどそこにオーストラリアの大金持ちかなんかが、クルーザーで葉巻かなんかふかしながら、ドンペリかなんか飲みながら、美女かなんかハベラせていたりしたら、一瞬でオダブツだ。それはそれでいいか。あんまり可哀想にも思わないな。
ただ、船が難破してイカダで漂流している人がそこに居たらちょっと可哀想だ。
「おお。漂流20日目にして、やっと助けが来たぞ。おーい、ここだー。助けてくれー。・・・ん?どうも飛行機にしては動きが速いな。しかも一直線にこっちに向かって来ているしな。なんか燃えてるっぽいしな。どんどんデカくなるしな。どうやら落ちてきているしな。もうそこまで来てるしな。あひゃー」
このようなことが無いよう、これから漂流する予定のある人は「オーストラリアの東海上1500〜2000キロ付近」を避けるように。
184(01.04)「私は『中年』ではない」
1961年生まれだ。昭和だと36年。運良く誕生日まで生きていたら、今年で40才になる。
40才といえば、世間では立派な「中年」と認識される歳なのだろうが、本人はまったくそんな気がしていない。まだまだ若いモンには負けんわい、という自信があるのだ。
「100メートルを何秒で走れるか」と訊かれたら、「10秒は切るだろう」と答える。相手は「平地で」という条件を付けていないのだから、下り坂を走れば良い。40度もあれば、10秒は切るだろう。90度だと、5秒くらいだろうか。
「100メートルを何秒で泳げるか」と訊かれたら、「10秒は切るだろう」と答える。巨大な「津波」に呑み込まれれば良い。
「100メートルは何センチか」と訊かれたら、「ではあなたは100メートルが何光年か答えられますか」と言い返す余裕すらある。
「100キロメートル走れるか」と訊かれたら、「その倍は走ってみせよう」と答える。そういう場合にそなえて、私は普通免許を取得しておいたのだ。
「100キロのバーベルを挙げられるか」と訊かれたら、「それは100キログラムのバーベルですか、それとも100キロメートルのバーベルですか、はたまた100キロカロリーのバーベルですか」と確認する慎重さも備えている。
「では100キログラムのバーベルを挙げられるか」と訊かれたら、自信をもって「たやすいことだ」と答える。「地上で」という条件がないのだから「月」に行けば良い。ましてや「スペースシャトル内」などであれば100トンでも可能だ。
「では地上で100キログラムのバーベルを挙げられるか」と訊かれたら、「もちろんだ」と答え、急いで「クレーン車」の免許を取りに行く。
185(01.05)「『カッパ』って『キューリ』じゃないのか?」
居酒屋で「のり巻き各種」などと、メニューに書いてあったので、店員のオニイさんに「のり巻きは、どんな種類があるのですか」と訊いてみた。
「えーと、『アナゴ』と『ウメジソ』と『キューリ』と『カッパ』ですね」
この段階で、私の脳内では「アナゴ」「ウメジソ」「キューリ」「カッパ」という、4種類ののり巻きがイメージされ、どれを選ぶべきかの選択作業が行われているはずだった。だが、実際にはどうしても3種類しか具体的な像を描かない。4種類のものを提示されているのに、3種類しかイメージ出来ないということは、私の知識が欠けているに違いない。
「アナゴ」はウナギに似た魚だ。以前「彼女は『アナゴ肌』だから」と言った奴がいたが、これは多分「あねご肌」と間違えていたのだろう。
「ウメジソ」は「梅干し」と「紫蘇」が合体したものだ。「梅宮辰夫」と「エジソン」が合体したものではない。
「キューリ」はそのまんま「きゅうり」であって「胡瓜」と書く。「物理学者」ではない。
残るのは「カッパ」だが、うわあ、これが「河童」なのか「合羽」なのか「喝破」なのかがわからなかったのだ。
「河童」だとしたら、それを巻いたのり巻きというのは、ちょっとグロテスクだと思う。「お皿」とか「甲羅」のところなんかは堅くて歯が折れるだろう。しかも「河童」はめったに捕れないから、値段も高そうだ。
「合羽」だとしたら、とてもじゃないけど美味しいものだとは思えない。もしビニールとかゴムの「雨合羽」だったりしたら、噛み切れそうにないし身体にもワルそうだ。しかも「合羽」はポルトガル語の「capa」が語源なので、日本古来のものではない。
もし「喝破」であれば、食べようとするたびに「のり巻きに大声で真理を説き明かされる」という事態になるので、ぼやぼや食べてもいられない。
そんなのり巻きはいやなので「カッパ」だけは避けて注文した。
186(01.06)「点滴のススメ」
久しぶり(たぶん6、7年ぶり)に「熱」を出した。たとえ体温が39度になったとしても、平熱が36度だとすればたかが3度しか違わないわけで、気温の変化と比べたら微々たるものではある(朝晩で10度の差があることなど珍しくもない)。まわりに10度の差があっても平気なくせに、自分が3度違うだけで一気にぐったりするというのは、少し自分勝手であるような気もする。
とは言うものの、39度まで体温が上昇するとこれはちょっとコタエますわ。しかもそれが4日間続くと、シャレにもならない。仕方がないので病院に行く。
「はいはいはい。ここに座って下さい。どうぞ。はいはい。で、どうしましたか?」
「熱が下がらなくて困ってます。今日もこれから仕事なので、何とか熱を下げてもらえませんか」
「ほうほうほう。熱を下げたい・・・と。胃は強い方ですか?」
「胃の強さを競うコンテストがあったら、色はわかりませんが『メダル』は間違いないでしょう」
「それは素晴らしい。では、それでもなおかつ胃がブッ壊れるくらいのクスリを出しましょう。あはは」
「クスリはそれで結構です。ただ、もう2時間後に仕事があるので、即効性のある治療をして下さい」
「ふんふん。そうですか。じゃあ、点滴でもしますか。液体窒素を注入すればマイナス200度くらいまで下がりますよ。ぐははははは」
「何でもいいです。やって下さい」
たぶん、液体窒素は入れなかったと思うが、2時間後にはみごとに37度台まで熱が下がったのだから、点滴の効果はバツグンだった。点滴、お奨めです。
187(01.07)「いちごハクション大魔王」
脳細胞のニューロンとかシナプスとかが、混線しているのだろうか。それとも妙な脳内物質が分泌されているのだろうか。このところ、1日に何度か「変な言葉」が頭をよぎる。こんな感じのものだ。
「百歩譲って二歩下がる」相手にイニシアチブを与えて、その上さらにヘリクダっている様子。合計で102歩の負け。
「いちごハクション大魔王」つらくせつない愛の物語なのだが、随所に「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン」と、ハクション大魔王が登場する涙あり笑いありの映画。
「あんたがたドコサヘキサ塩酸」マグロの目玉などに含まれる「ドコサヘキサ塩酸(DHA)」たちを見抜いている。
「絶対音感湿布」貼ると絶対音感が身に付くという湿布。
「武富士二鷹三なすび」借金をしていても、縁起のいい夢を見ることもある。
「ローマは一日にしてならず者」かつては栄えたローマのような都市でも、あっという間に犯罪が蔓延するところに変わってしまった。
「助さん角サン」助さんは「サントリー角瓶」が好きだった。
「太田胃酸相続」親などから「太田胃酸」を受け継ぐこと。「胃酸相続税」がかかる。
「待てばカイロはエジプトの首都」待たなくたってそうだ。
「明日あがるさ」雨続き。
「冷暖房寛美」松竹新喜劇のエアコン。
「天災は忘れたころにやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!」突然訪れる自然の猛威ですら恐れない、初期のビートルズの歌。
188(01.08)「おススメの床屋」
行きつけの「床屋」が休みだったので、「飛び込みで」入ったのが「総合調髪1,900円」というところだった。行きつけのところが「4,250円」だから、破格の安さだと言える。「平日のマクドナルド」もビックリの半額以下だ。
店内は椅子が十脚程もある。理容師も十数人は居る。平均年齢は推定で59才。最高齢は推定で72才。店に入るなり「そこの奥、座って。ほら、一番奥のところよ」などと、受付のおばちゃん(推定62才・寅年)に座席を指定される。「はあ」とか言いつつ指定の席に座る。すかさず「どうしますか」という声とともに「理容師A(推定57才・AB型)」が現れる。
「全体に1〜2センチ切って下さい」
5〜6センチ切られた。しかも「モミアゲきっちり長方形」の昭和30年代風の仕上がりだ。「デビュー当時の橋幸夫か、おれは」などと叫びそうになったが、ぐっとこらえる。「橋本龍太郎か、おれは」などとも叫びたいのをこらえていたら、シャワーの栓をひねっている理容師Aに「はいどーぞ」とウナガサれる。「洗髪」へと段階が進んだらしい。「ジョン.F.ケネディーか、おれは」などとブツブツ言いながら頭を前に突き出す。理容師Aには、私のその動作が遅いと見えたのか、彼はいきなり私の後頭部を押した。
マフィアに拉致されて、手足を縛られ、目隠しをされた状態で「さっさと白状しちまいな」と言われて後頭部を押されたとき以来の屈辱感だ。しかもその洗い方といったら、KGBに拉致されて「さっさと白状しちまいな」と言われながら水攻めにされたときの方が丁寧なあつかいだった、と思えるほどだ。
拷問モードの洗髪が終わり、いきなり椅子の背もたれが倒される。「ひげ剃り」へとシフトしたようだ。髪の毛を切っているときから「蒸しタオル」が目の前の棚に無造作に置かれているのが見えていたのだが、それには私の前の客のものと思われる「毛」がたくさん付着している。そのタオルで私の顔が「蒸される」であろうことは、もはや当たり前のことのように思えた。さらに、ヒゲをあたっているときの理容師Aから発せられる口臭が、「くさや」と「鮒鮨」をミキサーにかけて3年間履き続けたスニーカーの中で熟成させたような匂いで耐え難かったが、寝袋の中で一緒に寝ていたスカンクに放屁されたときのことを思い出して我慢した。
「1,900円」でこれだけのことを経験できるのだから、これはお得だぞ。二度と行かないけど。
189(01.09)「『宇宙』と『フォーリーブス』と『蚊』」
北海道の山奥で暗くなると、ものすごい数の星が見える。「星の数」ほどだ。しかも、そのひとつひとつがかなりデカい。もちろん「天の川」なんかは、本当に「川」のように見える。さらに、30分も空を見上げていると、よほど「運」の悪い人であっても流れ星を2〜3個は目撃する。だから北海道の山奥の人は願いがかないやすい。
そんな時に、ふと思った。今見えている星はどれもが「過去」の姿である。光が届くのに時間がかかるからだ。たとえば「アンドロメダ銀河」なんかは、230万光年(21,758,000,000,000,000,000km!読み方教えてくれ)の彼方にあるのだから、今見えているのは230万年前の姿なのだ。50億光年のところにある銀河は50億年前の姿だ。
ってことは、地球が生まれて45億年とすれば、逆にその50億光年離れたところから「こちら」を見ても、地球は見えないことになる。さらに現在は「ハッブル」やら「すばる」やらで、100数十億光年の銀河まで観測されているのだから、もうちょっと先の「あちら」まで見えたら宇宙の始まりになってしまう。
「あちら」から「こちら」を見ても同じことで、宇宙の始まりの頃が見える。つまり、宇宙のどこから見ても、最も遠くに見えるのは同じ宇宙の始まりになるわけで、「あちら」も「こちら」も関係無くなってしまうのだ。「こちら」が「あちら」のことを「宇宙の田舎」だと思っても、「あちら」だって同じことを考えているはずだ。
んー、わからなくなってきた。離れれば離れるほど近づくのか?そういえば、そのようなことを、昔「フォーリーブス」が言ってたな。
などと考えながら星空を見ていたら、足を3ヶ所「蚊」に喰われた。
あなどれないぞ、「宇宙」と「フォーリーブス」と「蚊」は。
190(01.10)「『無量大数』ってか」
前回「230万光年(21,758,000,000,000,000,000km)、誰か読み方を教えてくれ」と書いたが誰も教えてくれなかったので、自分で調べた。
「2175京8000兆キロメートル」だった。「京(けい)」というのが「10の16乗」なのだそうだ。
ついでにもっとデカい数の呼び方も調べてみた。
「垓(がい)」が「10の20乗」。
「杼(じょ、この漢字、本当は禾へんなのだがパソコンで出ないので勘弁してちょ)」が「10の24乗」。
「穣(じょう)」が「10の28乗」。
「溝(こう)」が「10の32乗」。
「澗(かん)」が「10の36乗」。
「正(せい)」が「10の40乗」。
「戴(さい)」が「10の44乗」。
「極(ごく)」が「10の48乗」。
「恒河沙(ごうがしゃ)」が「10の52乗」。
「阿僧祇(あそうぎ)」が「10の56乗」。
「那由他(なゆた)」が「10の60乗」。
「不可思議(ふかしぎ)」が「10の64乗」。
「無量大数(むりょうたいすう)」が「10の68乗」。
「極」までは、まあそうかという気がするが、そのあとの「恒河沙」「阿僧祇」「那由他」になると「なんで急に3文字になるの?しかも仏教っぽいし」のようなギモンを抱いてしまう。
さらに「不可思議」と来ては「こっちが不可思議じゃわい!」というツッコミがほしいところだ。
とどめに「無量大数」に至っては、数の単位なのに「無量」と言い放つナゲヤリな態度にイカリすら憶える。
で、ふと思ったのだが「無量大数」より大きい数はどうするのだろう。
「9999無量大数9999不可思議9999那由他9999阿僧祇9999恒河沙9999極9999戴9999正9999澗9999溝9999穣9999杼9999垓9999京9999兆9999億9999万9999」の次の数だ。
このままではその数の立場がないと思うので、私が「無量大数」に続く単位を提案する。
「超吃驚仰天メチャデカ色即是空オーイェイ」なんてのはどうか。だめか。
191(01.11)「『ラリルレロ』考」
一般に「L」と「R」の聞き取りおよび発音に、日本人がヨワいというのは有名な話しだ。日本語には「La、Li、Lu、Le、Lo」と「Ra、Ri、Ru、Re、Ro」を区別する発音がないからだ。大抵の日本人が「ロンドン」と言うと「Rondon」で、「ローマ」と言うと「Loma」になってしまうらしい。
「ドレミの歌」のでも、「レ(Re)」はレモン(Lemon)の「レ(Re)」などと、おもいっきり「Re」と「Le」が混同されている。「レコード(Record)のレ、レンタカー(Rent-a-car)のレ、レストラン(Restaurant)のレ、レーガン(Reagan)元大統領のレ」など、正しい歌詞の候補はたくさんあるのに残念なことだ。
そのようなことを考え出すと、日常何気なく使っている「ラリルレロ」は、はたして「LaLiLuLeLo」なのか、または「RaRiRuReRo」なのか、非常に気になってくる。
たとえば「レレレのおじさん」は、「LeLeLeのおじさん」が正しいのか「ReReReのおじさん」が正しいのか、どっちなのだろう。しかも彼がひんぱんに口にする「タリラリラーンのコニャニャチワ」は、「taLiLaLiLa〜nのコニャニャチワ」なのか「taRiRaRiRa〜nのコニャニャチワ」なのか。「おーでかけレすか」のときの「レ」は、なんとなく「Re」のような気がするが。
考え出すと、不用意に「ラリルレロ」が使えなくなってくる(Lu?Ru?)。
192(01.12)「私が象になる日」
とうとう21世紀になってしまったと思っていたら、もう12月だ。すぐに上から読んでも「2002」、下から読んでも「2002」の年になる。ハヤい。ハヤ過ぎるゾ、近ごろの1年間は。
象の体重はネズミの約10万倍だが、体重が増えると心臓と肺の動きも遅くなるのだそうだ。象もネズミも1呼吸の間に心臓は4回鼓動するらしく、ネズミより何十倍も長生きする象と、象の何十分の一しか生きないネズミも、一生のうちの心臓の鼓動は約15億回。
心臓の鼓動を時間の尺度として考えると、どちらも同じくらい生きていることになる。
つまり、長生きする象も、短命のネズミも、当人(当象?当鼠?)にとっては、同じくらいの時間を生きているようなものらしい。
動物の相対性理論みたいだ。
ということは、若いころより時間の過ぎるのが速いと感じている私は、だんだん「象化」しているのだろうか。別に、最近は体重も増えていないし、鼻も長くなっていない。キバも出てきていないし、耳も大きくなってはいない。「パオー」などと言ったこともないし、ディズニー映画で空を飛んだこともない。
唯一、象っぽくなったのかなと感じることは、毛皮のパンツをはいているマッチョな人を見かけたときに「この人を背中に乗せたい、しかもチンパンジー付きで」などとと思ってしまうことくらいだろうか。
193(02.01)「十干十二支考」
午年である。具体的に言うと、「壬午(みずのえうま)」だ。
有名な「十二支」の他に「十干」というものがあるのでそうなる。甲(きのえ)乙(きのと)丙(ひのえ)丁(ひのと)戊(つちのえ)己(つちのと)庚(かのえ)辛(かのと)壬(みずのえ)癸(みずのと)の「十干」と、子(ね)丑(うし)寅(とら)卯(う)辰(たつ)巳(み)午(うま)未(ひつじ)申(さる)酉(とり)戌(いぬ)亥(い)の「十二支」の組み合わせが60年でひとまわりするから、60才で還暦になる。解りやすいように「十干」を「a」「b」「c」「d」「e」「f」「g」「h」「i」「j」として「十二支」を「A」「B」「C」「D」「E」「F」「G」「H」「I」「J」「K」「L」とすると、「aA」の年の12年後は「cA」、24年後は「eA」、36年後は「gA」、48年後は「iA」、60年後にやっと「aA」に戻る。あれぇ、ってことは「bA」とか「dA」とか「fA」とか「hA」とか「jA」ってのは無いんだわ。例えば「午」だったら「乙午」とか「丁午」とか「己午」とか「辛午」とか「癸午」ってのは無いのね。「十干」の方はおわりに「え」が付くのと「と」が付くのが交互にあるから、「え」グループの「十二支」と「と」グループの「十二支」に別れるのね。それで「干支(えと)」っていうのね。知ってた?私ビックリよ。ウマく出来てるわね。でも「十干」で良かったわねー。もしこれが「十一干」だったら「132才」まで頑張らないと還暦になれないのよ。さらに「十二干」だったりしたら「12才」で還暦を迎えちゃうの。イヤよねぇー、小学生で「赤いちゃんちゃんこ」着たりするのなんて。
194(02.02)「正しい140ミリリットル」
アルコール分40%で、700ミリリットルのバーボンを2日で1本飲むということは「0.4×700÷2=140」なので、1日あたり140ミリリットルのアルコールを摂取している計算だ。これが「医学的」にみて多過ぎる量なのか、ちょうど良いのか、少な過ぎるのかどうかは知らん。が、「総合的」にみれば「おおむね正しい」ものであると確信している。
「経済的」にみると、私の飲むバーボン「エンシエント・エイジ」は1,080円(富士スーパーに限る)なので、1日当たりのアルコール代は540円、年間で197,100円だ。同じアルコール量をビールで摂取すると、350ミリリットル缶換算で1,840円、年間671,600円、バランタインの30年で換算すると43,200円、年間で15,768,000円、この差を経済的と言わずして何と言おう。
「道徳的」にみても、日に140ミリリットルのアルコールを摂取したからといって「隣の家に放火した」とか「妻に多額の保険金を掛けて殺した」とか「銀行強盗をして警察とカーチェイスの末銃撃戦になったが人質をとって国外に逃亡した」などの「悪事」を働いたことはない。極めて品行方正な態度だと言えるだろう。
「音楽的」にみても、140ミリリットルのアルコールを摂取し終えた頃には「C」のコードを押さえようとしたら「Fメジャー7」になったり「G7」になったり、しまいには「D6(11)onE」になったりするので、メロディーに対するコード付けの可能性を飛躍的に広げることが出来る。「ブルース」のフレーズを弾こうとしたら、「アラビア音楽」が出来上がったりするので、アメリカとアフガンは音楽を通して理解しあえるのではないか、などと思い、私の「音楽」が世界に平和をもたらす可能性があることに気付く。
「睡眠的」にみても、140ミリリットルのアルコールを摂取すると、横になってから「2秒」で「ノンレム睡眠」に突入できるので、私に「不眠症」の心配はない。ただ、そのまま目が覚めないのではないか、という心配はある。
195(02.03)「意外でビックリ」
過去に「とっても意外でビックリしたこと」がいくつかある。
●1才のころ、座布団の上から飛び降りたら、なぜか「足の骨」が折れたとき。
●5才のころ、川原に向かって石を投げたら、なぜか「足の骨」が折れたとき。
●9才のころ、旅館で積み上げてある布団に飛び乗ろうとしたら、なぜか「鎖骨」が折れたとき。
●小学生のころ、冷蔵庫の中のいつも水を入れて冷やしている「水差し」の水を一気に飲んだら、それが「父親用の日本酒」だったとき。
●小学生のころ、友達の家の犬が仔犬を5匹産んで、そのうちの1匹に私の名前を付けたら、翌日その仔犬が死んでいたとき。
●走り高飛びで、背面跳びをしたら、落下地点に「マット」が無かったとき。
●剣道の試合で「つば迫り合い」をしていたら、相手の「息」がクサくて戦意を喪失したとき。
●陸上の短距離の練習で、運動靴を忘れてしまったので「デザートブーツ」で走ったら、靴が「鉛」のように重かったとき。
●「アイスコーヒー」だと思って、一気にストローで吸い込んだら、それが「コカコーラ」だったとき。
●二日酔いの朝、玄関を見たら、自分の「靴」が無くて、自分のものではない「靴」があったとき。
●ヨッパラって自転車に乗っていて、気が付いたら自転車が自分に乗っていたとき。
●「鮒鮨」を食べたとき。
●コンサート中に、6弦を「D」にしなくてはいけない曲を弾き始めたら「E」のままだったとき。
●真冬に便器に腰掛けたら、便座が上がっていたとき。
●あわてて電車に飛び乗ったら、逆方向に走り出したとき。
●ゴキブリを退治しようと思って、殺虫剤を持って近づいていったら、いきなり私の方に向かって飛んできたとき。
●いきおいよく仰向けに寝転んだら、背中の下に「三角柱の積み木」があったとき。
196(02.04)「利息で暮らす方法」
100万円を1年間普通預金に預けても、利息が10円にしかならないそうだ。しかも税引き後だと9円だ。
私のように、利息で暮らしたいと思っている者にとっては、絶望的な「超低金利」なのだ。
かりに年間500万円の収入を利息で得ようとすると、今の金利だと「5千555億5千555万5千555円」の預金が必要になる。漢数字を使わないで書くと「555,555,555,555円」、「ギャラ交渉用語」で言うところの「5並び」ってヤツだ。
現在の私の資産だと「下6桁」までは何とかなるが、あと「6桁」ほど足りない計算だ。ま、考えようによっては、半分まで行っているのだから悪くはない。
問題は、あとの6桁をどう補うかだ。
私のシナリオはこうだ。
手始めに、道端で500万円入りの封筒を拾う(過去の財布拾い経験を考慮すれば、決して不可能なことではない)→交番に届けるが、落とし主が現れず全額受け取る(1桁クリア)→「500万円を拾う技術」という本を出版、ベストセラーになり印税が5千万円入る(2桁クリア)→全額で馬券を買ったら「万馬券」になってしまう(4桁クリア)→この段階ですでに55億円以上あるので、ここらで妥協してもいいのだが、目標はあくまで「利息暮らし」であるから、ヒルマずに、もう一度全額で馬券を買う→幸運なことにまたもや「万馬券」になる(6桁クリア)→めでたく「利息暮らし」に突入する。
なーんだ、案外「利息暮らし」ってのも簡単なもんだわ。
でも「JRA」って、55億5千555万5千555円も馬券を売ってくれるのかしら。しかも55円がハンパだし。
197(02.05)「適正体重の穴」
適正な体重の指標が、150cm以下の場合は「『身長(cm)-100』kg」、151cm〜165cmの場合は「『{身長(cm)-100}×0.9』kg」、166cm以上の場合は「『身長(cm)-105』kg」なのだそうだ。
ただ、この指標には問題点があって、ひとつは「150.1cm〜150.9cm、および165.1cm〜165.9cm」の人のことを無視していること。「俺達には適正体重がないのかよ!」という「150.5cmとか165.5cm」の人の声が全国各地から聞えてきそうだ。
もうひとつは「150と151cmの人」の適正体重に大きな差があることだ。150cmの人の適正体重は「50kg」、151cmの人の適正体重は「45.9kg」。たった1センチの違いで、適正体重が「4.1kg」も違ってしまうのだ。小学生のある時期、ムリにでもヤセなくてはならないことになる。それまで標準体重をキープしてきたのに、不幸にも身体測定のときに「151cm」になってしまったら、「あーらまあ。151センチよ。明日までに4キロ減らしてね」などと、保健室の先生に言われてしまうのだ。それを減らすことができなかったら、一夜にして「肥満児」と呼ばれるハメになる。それがキッカケとなって「グレ」てしまう小学生が続出するのはいかがなものか。
ちなみに、私の身長は173cm(全盛期は185cm、股下95cm、年収8千万、ブラピ似だった)だから「173-105=68」で、68kgが適正になる。今私は63kgだから、あと5kg太らなくては適正ではない。だから、今「ウニ丼を5キロ」食べたとしても、まだ私の体重は適正である。「ウニ丼」を「松茸」とか「ふぐ」とか「グラム3千円の松坂牛」とか「銀座の寿司屋の大トロ」などに置き換えても問題は無い。5キロの「鉄アレイ」を誤飲しても体重は適正値のままだ。
198(02.06)「**的**」
今や「ワールドカップ」のど真ん中。前回の王者、フランスが初戦で負けるという波乱の幕開けだった。
テレビで観戦していたら、解説者から「守備的ミッドフィールダー」とか「攻撃的ミッドフィールダー」という言葉が出てきた。あまりサッカーに詳しくない私でも「ミッドフィールダー」というのが、真ん中へんにいる人だということはわかる。「守備的」、「攻撃的」というのは、その人が、守備に重きを置いているか、攻撃に重きを置いているかを言っているのだろう。人はそれぞれ性格が違うから、サッカー選手にもいろんなタイプがあるはずだ。
「守備的フォワード」なんて人がいたっていい。フリーで、絶好のシュートチャンスのボールが回ってきても、すかさずサイドラインに蹴り出して「ホッ」と胸をなで下ろすような人だ。
「攻撃的キーパー」も場合は、ゴールキックからいきなりシュートをする。「エポック社」のサッカーゲームでは、結構得点につながる技だ。
「中立的監督」は、審判が自軍のファールを取らなかったら、猛烈に抗議する。
「自虐的サポーター」は、あえて敵のサポーター群の中に一人で乗り込み、ボコボコにされるやつ。
「道徳的フーリガン」は、街にくり出してアバレたい気持ちはあるのだが、つい「ゴミ」を拾ってしまったりするイイやつだ。
199(02.07)「楽しいドーピング」
ワールドカップで、日本はベスト16だったが、韓国が4位という素晴らしい成績を収めた。小耳にはさんだ情報だと、韓国チームはイタリア戦の前に「1千万円の高麗人参(50年物)」をみんなで食べたのだそうだ。あの驚異的なスタミナはそこから来ていたのか。日本も「1億円の梅干し(500年物)」とか「1兆円の納豆(5万年物)」とか食べていれば、トルコに勝てたのかも知れない。
「それって『ドーピング』になんないのか?」H井Y則からの質問だ。
「食べ物だったらいいんじゃねえの」
「じゃあ、1千万円の高麗人参のエキスを注射したらどうなる?」
「注射器ィ使っちゃたら『ドーピング』だべ」
「高麗人参でもか?」
「高麗人参でもだ。『ツベルクリン』だって危ないらしいぞ。『ユンケル』だって注射しちゃあヤバイだろ」
「飲むぷんにはいいんだ」
「ああ。ただし『ユンケル』も3千円以上のヤツは引っ掛かるな。『キク』からね、アレ」
「じゃあ、いつも僕らが飲んでる800円のはいいんだ」
「うん。でも注射しちゃダメだよ」
車で山形まで行くには、こういうバカ話でもしないとヒマで仕方がないのだ。
200(02.08)「祝200号」
記念すべき「200号」のギターランドだ。
以前に「10の倍数」を「フシメ」とする風潮に一石を投じたことがあるが、さすがに「100の倍数」となると、それをコトホイでも「バチ」は当たらないだろう。200ケ月ってことは、16年と8ケ月だから、創刊したときの私は24才だった。当時の私は、ケガレを知らず、夢と希望に満ちあふれ、ハツラツとして、見た目は「ブラピ」だった。そんな私を、16年余りの歳月が、もうこれ以上ケガレるところなどなく、現実と絶望を知らしめ、ヘロヘロのヨレヨレに変えてしまった。見た目も「ベッカム」に変わってしまった(仮に、今の私が「ベッカム」ではない、と言う人が居たら、その根拠をレポート用紙10枚以内にまとめて内容証明郵便で郵送するように)。
1983年の1月に「第1号」を創刊。当時はまだ「ワープロ」の出始めの頃で、「リコー・マイリポート」という、液晶画面に2行しか表示されないもので、記憶力と想像力を駆使してレイアウトをしていた。写真の部分などは写真自体を版下に張り込んでいた。
そんな苦労が3〜4年ほど続き、「ワープロ」から「パソコン」へと作業環境が変化する。ただ、その頃はまだOSが「MS-DOS」だったりしたので、何をするにもいちいち呪文のような言葉を打ち込まなくてはならず、七転八倒しながらギターランドを作っていた。とはいえ、ワープロ時代と比べると、格段にレイアウトなどの自由度は高く「便利な世の中になったものだ」と思った記憶がある。
その「DOS」時代も3〜4年で終わりを告げ、いよいよ「Macintosh」時代へとなだれこむ。呪文などいらない。マウスでカチカチするだけだ。写真もスキャナで取り込んでそのまま出力。レイアウトは自由自在。「ますます便利な世の中になったものだ」と思いながら、現在に至る。
もしかしたら「300号」の時にはもっと便利なことになっているかもしれない。
マウスもキーボードもスキャナもプリンターも無く、パソコン本体すら要らない。「白い紙」があればいい。それを見つめて、文章とか画像を想像しただけで、その通りのものがそこに現れる。文章にいたっては推敲などしなくても、「ノーベル文学賞」モノの完璧な文章が自動的に作られる。これは「便利」だわ。
問題は、ギターランドが「300号」まで続くかどうかだ。
202(02.10)「厄年」
「厄年」なのだそうだ。
「かぞえで42才」だから「シニ」につながるってなことが由来である気がする。そうだとすると、これは思いっきり「駄ジャレ」であるわけで、「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」とか「伊東へ行くならハトヤ、電話はヨイフロ(4126)」などと同じレヴェルのものだ。一方で、男が42才くらいになると何かしら不具合が出るので、気を付けなさいという「イマシメ」の意味があるという説もあるが、それを42才に限定する必然性も無い。ますます「駄ジャレ説」が信憑性を帯びてくる。で、まだ3ヶ月ほど残ってはいるが、私の「厄年」を振り返ってみる。
1月、「お年玉年賀はがき」で「切手シート」すら当たらなかった(例年5〜10くらいは当たっているし、過去に「ふるさと小包み」を2回当てた実績があるにもかかわらずだ)。
2月、泥酔する。
3月、車に轢かれそうになった。
4月、泥酔する。
5月、クビが動かなくなった(この時点ではまだ借金は無かったのにだ)。
6月、泥酔する。
7月、ゴキブリが私の足の上を「通過」して行った(ゴキブリに踏まれたとも言える)。
8月、泥酔する。
9月、自転車を盗まれた(しかも2台あるうちの新しい方)。
10月、泥酔する予定。
この状況が「厄年」としてふさわしいのかどうか、判断はビミョーなところだ。
なお、特に表記が無い月もまんべんなく泥酔は行われていた。
203(02.11)「ネタ切れ」
最近プリンターの調子が悪く、突然空白が出来てしま
うことがあります。
204(02.12)「増税してみろ」
「タバコ」「発泡酒」「ワイン」に増税の動きがある。人にはそれぞれ嗜好があっていいはずだ。「タバコ」「発泡酒」「ワイン」をこよなく愛する者にだけ、過大に税の負担を強いるというのは如何なものか。その「3点セット」で命をつないでいる私に対する「イヤガラセ」なのだろうか。それとも「イジメ」か。まだまだ他にも増税、または課税してしかるべきものはあるだろう。
「ケーキ」高カロリーなので肥満のもと。百害あって一利無し。増税すべきだ。
「紅茶」私は滅多に飲まない。増税すべきだ。
「フランス料理」1品づつ小出しにされるとじれったい。いっぺんに出せ。増税すべきだ。
「懐石料理」「フランス料理」に同じ。増税すべきだ。
「ディズニー・シー」行ったことがない。増税すべきだ。
「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」「ディズニー・シー」に同じ。増税すべきだ。
「ルイ・ヴィトン」男がこれを持っているのを見ると、なぜか蹴飛ばしたくなる。増税すべきだ。
「グッチ」「ルイ・ヴィトン」に同じ。増税すべきだ。
「競馬新聞」私は読まない。増税すべきだ。
「日本経済新聞」「競馬新聞」に同じ。増税すべきだ。
「高枝切りバサミ」そんなに高い所の枝を切らなくてはならないような木がある家は、大金持ちに違いない。増税すべきだ。
「サイクル・エクササイズ」毎日自転車で坂道を登っているので必要ない。増税すべきだ。
「紅白歌合戦」日本人の音楽感が問われているようで、困ってしまう。課税すべきだ。
「連続テレビ小説」見ない。課税すべきだ。
「泥棒」収入である。課税すべきだ。
「宇宙人」勝手に地球に訪問して、我々に何の恩恵も与えない。課税すべきだ。
205(03.01)「6種類の小回り」
「『小回り』にも6種類の滑り方がある」
ほとんどの脳細胞を「スキー」に関することに割り当てている、O橋T和が突然言いだした。
スキーの滑り方は、私の中では「大回り」「中回り」「小回り」の3つにしか分類されていないので、それがさらに6種類に分割されるとはオドロキだ。オドロキながら爆笑していたら、O橋T和がその6種類の「小回り」をひとつずつ解説し始めようとしたので「無駄なことはしないように」と、やめてもらった。そのまま放っておいたら、3×6=18種類の滑り方を全て解説したはずだ。1種類20分として、6時間も講義を受けるところだった。
ただ、後でちょっと気になったのは、果たして6種類の「小回り」というのは、どんなものなのかということだ。
ひとつは、たぶん私の考えている「小回り」と同じものだろう。
残りの5種類を想像すると「右足だけで滑る小回り」「左足だけで滑る小回り」あたりが含まれそうだ。それにしても、あと3種類もあるのか。うーむ。もうこれは「足回り」だけ考えていても無理だな。他のところに目を向けるべきなのだろう。きっとこうだ。
「笑いながら滑る小回り」
「泣きながら滑る小回り」
「怒りながら滑る小回り」
「微笑みながら滑る小回り」
「悔しがりながら滑る小回り」
「はにかみながら滑る小回り」
「モジモジしながら滑る小回り」
「震えながら滑る小回り」
「トイレを我慢しながら滑る小回り」
なーんだ、全部で12種類もあるわ。
206(03.02)「プロデュース」
プロデュース業で、ヒトヤマ当てようか、という話しになった。
■ アイドル系で「モーニング狼。」を売り出す。
■演歌系で「氷川きよJ」を売り出す。
■CMの女王系で「菊川冷」を売り出す。
■ビートルズ系で「ジョージ・ハリンソ」を売り出す。
■同じく「リソゴ・スター」を売り出す。
■同じく「ジョソ・レノソ」を売り出す。
■お笑い系で「ポール・マッカートニー・谷」を売り出す。
■同じく「爆笑門題」を売り出す。
■大物ミュージシャン系で「マイ化ル・ジャク損」を売り出す。
■同じく「スピーディー・ワンダー」を売り出す。
■野獣系で「ボッブ・サプ」を売り出す。
■借金系で「武富土」と「マコム」を売り出す。
■偉大なる将軍様系で「金正臼」を売り出す。
■メジャーリーグ系で「イモロー」を売り出す。
■同じく「松丼」を売り出す。
■魚系で「骨あり魚(魚の骨を抜いてから、改めて骨を埋め込んだもの)」を売り出す。
■スキー系で「サロシモニョール(スキーの大手メーカー、サロモンとロシニョールのイイところを集めたもの)」を売り出す。
■ギター系で「サイレンとギター(演奏中、ずっとサイレン音が鳴っているというもの)」を売り出す。
どれも大ヒットの予感がする。
207(03.03)「N藤1号」
ウチから一番近いスーパーなので、イトーヨーカドー(別所店)でよく買い物をする。夕方の食料品売り場などは大変な込みようで、レジの所に長蛇の列ができる。
あるとき、ふと気が付いたのだが、私の並んでいる列の進み方が他の列よりも速いようなのだ。たまたま私の列にいる客の買い物量が少なかったのかと思ったが、買った物を袋詰めしている人々の様子を見るとそういうことでもなさそうだ。どうして私の列だけ流れが速いのだろう。その謎はレジ係のおねえさんが視界に入ったときに解き明かされた。
そのおねえさんは、明らかに他のレジ係よりも動作が速いのだ。
カゴから商品を取りだし、バーコードセンサーの上を通過させ、新しいカゴに収める。この一連の動きが、一般のレジ係のスピードを100とすると、軽く150は越えている。一般のレジ係のスピードを1000とすると、軽く1500は越えている。一般のレジ係のスピードを10000とすると、軽く15000は越えている。あまりに速すぎて、私にはセンサーの上を通過している物体が何なのか識別できなかったほどだ。
しかも読み取り作業のみならず、水気のあるものをポリ袋に入れたりするのもめっぽう速い。「きぬごし」などと書いてあるトーフが、一回まばたきをする間に、あーら不思議、ポリ袋収まっている。「めかじき」などと書いてある魚が、一瞬でポリ袋の中にいる。マリックのマジックよりもスゴいかもしれない。マギー司郎でさえもビックリだ。
現金の受け渡し作業も、ソツが無くスピーディーだ。こちらがお金を出すのとほぼ同時におつりが返される。先におつりをもらっている人すらいたような気がする。
というように、とにかく速いおねえさん(N藤さんという名前だ。思わず名札を見てしまった)なのだが、あまりの速さゆえ、私はある疑惑を抱いてしまった。
「N藤さんは、イトーヨーカドーが社運をかけて極秘で開発した『レジ・ロボット/N藤1号』なのではないか」
もしそうだとすると、その人間離れしたスピードも納得ができる。今にして思うと、文字通り機械的な感じもしたし、首スジから「ボルト」のようなものが突き出ていたような気もする。
N藤さんが本当にロボットだったら、きっとメチャメチャ強いはずなので、こんど会ったらいきなり殴りかかってみようかと思う。
その結果として「N藤1号」であることが判明するか、私がタイホされるかのどちらかだ。
208(03.04)「新スケール」
1オクターブ(半音12個分)をどう「区切る」かで、いろいろなスケール(音階)ができる。たとえば、半音の個数を「2・2・1・2・2・2・1」と切るとメジャースケール(長音階)、ドレミファソラシドになる。「2・1・2・2・1・2・2」だとナチュラル・マイナー・スケール(自然的短音階)、「2・1・2・2・1・3・1」でハーモニック・マイナー・スケール(和声的短音階)、「2・1・2・2・2・2・1」でメロディック・マイナー・スケール(旋律的短音階)あたりが一般的なものだ。以上のものは全て7音音階で、8音目で最初の音に戻る。変わったところでは「2・2・2・2・2・2」で6音のホール・トーン・スケールや、「1・2・1・2・1・2・1・2」で8音のコンビネーション・ディミニッシュ・スケールなんてのもある。「4・1・2・4・1」で5音の沖縄音階などは、大胆な切り方の例だ。
長年音楽とかかわっている私としては、ここらで新しい音階を作ってみようかと思う。
●「1・2・3・1・2・3」の6音で「ワルツ・スケール」なんてのはどうだ。ちなみに音は「ド・レ♭・ミ♭・ファ#・ソ・ラ」だ。
●「6・1・1・1・1・1・1」の7音で「後半追込型・スケール」。音は「ド・ファ#・ソ・ソ#・ラ・ラ#・シ」
●「0.5・0.5・0.5・0.5・0.5・・・・0.5」の24音で「神経質・スケール」。音は「ド・ドとド#の間・ド#・ド#とレの間・レ・・・・シとドの間」。
●「6・3・3」の3音で「学校制度・スケール」。音は「ド・ファ#・ラ」。
●「4・4・4」の3音で「大当たりしかし確変ならず・スケール」。音は「ド・ミ・ソ#」。
●「9・3」の2音で「ドラえもん・スケール」。音は「ド・ラ」。
●「9・-5・8」の3音で「ドラ美ちゃん・スケール」。音は言いたくない。
●「6・6」の2音で「一刀両断・スケール」。音は「ド・ファ#」。
●「12」の1音で「モールス信号・スケール」
以上、新スケールの使用に際しては、特に許可を必要としないので、自由に使って頂きたい。
209(03.05)「無感覚的人差し指」
突然、左手人差し指先端の感覚が無くなった。歯医者で麻酔を打った後の口のような感じで、自分の指とは思えない状況だ。はじめは指先だけだったので、そのうち治るだろうと思っていたら、1週間後には第2関節にまでそれが広がり、今もその状態が続いている。ギターの弦を押さえても弦の感触が伝わらない。セーハをすると、何本の弦を押さえているのかわからない。したがって、本来私が持っている演奏力の半分くらいしか今は出せない(ただし、本来私が持っている演奏力の全てを出したことはいまだかつて無い)。「百年に一人の天才ギタリスト」とチマタで言ってもらいたい私としては、非常にハガユいことだ。
しかも、なぜ左手人差し指なのだろう。右手の小指はギターではほぼ使わない指なので、常々もしも何かシクジってしまったら「最初に『詰める』のは右手の小指」と決めていた。次にシクジったら右手の薬指。まだ「スリーフィンガー」が出来る。その次にシクジったら右手の中指。「ツーフィンガー」「カーターファミリー」も出来るし、ピックを使うのも問題無い。右手だったら3本まで指を無くす覚悟が出来ていたのに、1本も無くしたくない左手に来るとは理不尽だ。理不尽ではあるが、こうなった理由を考えてみる。
1)ギターの練習のし過ぎ(20年前までは本当に練習していた)。
2)酒の飲み過ぎ(私の主なエネルギー源なのだから仕方がない)。
3)誰かが「呪い」をかけている(「呪い」の効果でパウロ・ヴァルガスの肩が動かなくなったという実例がある)。
4)スカラー波の影響(無い)。
5)バチ(過去の悪行三昧がバレたのかもしれない)。
6)トシ(最も可能性が高い)。
このまま左手人差し指が治らなかったらギター弾きを廃業して、右手だけで出来る仕事をするしかない。いつか街のパチンコ屋で私を見かけたら「パチプロ」として立派に暮らしていると思って、そっと見守ってほしい。
210(03.06)「無感覚的人差し指2」
左手人差し指の異常を前号でお知らせしたところ、たくさんの方から「大丈夫ですか」「治るといいですね」「私の指で良ければ使って下さい」「とっとと病院に行け」「一生治らないでしょう」「ざまあみろ」「ばか」など温かいハゲマシのお言葉を頂いたのだが、めでたく3週間後に治りました。ご心配をお掛けしましたが、また「天才ギタリストと呼ばれたい男」に戻ることができました。
いやあ、ホント実際のところは、ギターを弾くのにかなり不自由で、気持ちは「ブルー」だったのよ。で、その3週間で考えたことが、指がダメになったら確実に仕事ができなくなるわけで、これは指に「保険」でも掛けておかないと「ヤバイよな」ということだ。今後のプランはこんな感じだ。
左右の指10本にそれぞれ1億円ずつの保険を掛ける�右手小指、薬指、中指はダメになっても、なんとかギターは弾けるので、その3本を不慮の事故を装ってツブす�3億円もらう�一生遊んで暮らす。
なーんだ。ギター弾けなくたってだいじょうぶだわ。
211(03.07)「ひろし」
島根県某所のおみやげ屋の入り口に、なにやら意味あり気な「文」が書いてあって、最後に「ひろし」という署名がある。「誰だ『ひろし』って」と思いつつ店内を見ていると、いくつかのみやげ品にも教訓めいた文と「ひろし」の署名がある。「文」の内容は忘れてしまったが、「人生とは、人が生きることだ」とか「水は流れるものだ」のような、さほどアリガタくもなく、つい「んで?」とツッコミたくなるようなものだったと思う。「みつお」という署名はよく見かけるが「ひろし」は初めてだ。おそらく、そのおみやげ屋の主人あたりが書いているのだと思われる。
それ以来、確かな正体はわからないまま、ツアーのメンバーの間で「ひろし」はすっかり人気者になり、何やら格言めいたことを言って、最後に「ひろし」を付けるのがハヤッた。しまいには普通に会話をしているときにも「今日の晩メシ、何にする?ひろし」「寿司でも喰うか。ひろし」「ワルくないね。ひろし」「じゃ、7時にロビーで集合な。ひろし」「OK。ひろし」のようなことになってしまった。コンサートのサウンドチェック時にも、その症状は変わらず「テスト、ワンツー、ワンツ−、マイクのテストです。ひろし」とか言ってしまったりする。機材車のMちょんと麻雀をしているときも「あ、それ当たりです。『メンタンピンドラドラバンバンひろし』でハネマンです」などと、1役増えたりもする。人を呼ぶときも「きよし。ひろし」などと、誰を呼んでいるのかわからなくなる。漫才コンビのようでもある。
今でも頭の中で何かを考えているときには、最後に「ひろし」が必ず付いてくるので、ちょっと鬱陶しいぞ!「ひろし」。
212(03.08)「喫煙者の叫び」
どうも最近の世の中の風潮として、「喫煙者」に対する風当たりが強くなっているようだ。いたる所で「喫煙所」が撤去されている。たしかに新幹線の「喫煙席」の車両なんかは、喫煙者の私でもちょっとヒイてしまうくらいのケムリ状態ではある。タバコも値上げされたし、いっそ禁煙してしまおうかとも思うが、それでは何かに負けてしまったかのようでシャクだ。やはり周りから嫌われながらも喫煙活動を続ける決意をする。どうせだったら、今まで以上に「超ヘビースモーカー」になってどんどん嫌われてやることにする。マナーも無視する。「禁煙」の表示があるところでも構わず吸う。「禁煙席」と「喫煙席」が別れているところでは、わざと「禁煙席」で吸う。電車の中で吸う。飛行機の中で吸う。映画館で吸う。コンサート会場で吸う。ガソリンスタンドで吸う。花火製造工場で吸う。千代田区で吸う。「嫌煙権」を主張する団体の事務所に行って吸う。殴られても吸う。逮捕されても吸う。刺されても吸う。マフィアに監禁されて拷問を受けても吸う。海に潜っても吸う。宇宙でも吸う。起きている間中吸う。寝ていても吸う。今吸う。後で吸う。ここで吸う。あそこで吸う。どこでも吸う。
そして「ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア」という曲が生まれる。
213(03.09)「速く動く」
今月で32才になる。本当は42才になる。42年×365日=15,330日。その間うるう年が10回あったから、10日たして1万5千340日生きてきた。んー、多いような、少ないような数だ。時間にすると、15,340日×24時間=36万8千160時間だから、多いような気がする。13億2千537万6千秒だと確実に多い。
ただ、42年間の1年1年が同じ長さだったかというと、そうは思えないフシもある。30才を過ぎたころから、1年たつのが異様に速く感じるようになった。逆に子供のころのことを思い出すと、1年というのがとても長い時間だった気がする。特に0才から1才までの1年間などは、あまりに長すぎて、何も思い出せないほどだ。
かりに光に近い速さで自分が動くことが出来たら、まわりは止まって見えるので、他の人より時間は長く感じるはずだ。つまり、トシとともに時間の過ぎるのが速く感じるというのは、自分の動きが遅くなっているということなのだろう。ということは、今でも若いころの時間感覚を取り戻すことは可能なわけで、とにかくいつでも速く動けばいいのだ。
朝起きたら、2秒で歯を磨き、1秒で顔を洗う。5秒で朝食をとり、0.7秒で服を着る。今までは駅まで12分かけて歩いていたのを2分に縮める。今でも速い京急のスピードをさらに上げてもらう。ずーっと走りながら、30分の個人レッスンを3分で、1時間のグループレッスンを6分で終える。1日分のタバコを20本まとめて5秒で吸う。夕食と入浴とテレビ鑑賞と新聞を読むのと酒を飲むのとくつろぐのを3分でまとめる。一気に寝る。
こういう暮らし方をすれば、時間が長く感じられるのだろう。
214(03.10)「九州ツアー」
6月の石川・島根ツアーが23公演だったのに比べて、9月の佐賀・大分ツアーは20公演なので少しは楽かと思っていたら、やはり九州の残暑はあなどれなかった。湿度の高さが結構コタエる。しかも過去8年間、9月の九州で一度も台風に当たっていなかったのに、今回はとうとうブチ当たりました。台風14号直撃だ。1週目の公演を終えて、いったん横浜に戻るため、佐賀発ANA18時30分発の飛行機に乗るべく空港で待機。14号は結構ハデに暴れている状態。飛行機が飛ぶかどうか微妙なところだ。チェックインを済ませ、登場ゲートで待っていたら、私たちが乗る飛行機が飛んでくるのが見えた。マーシャラー(飛行機が着いたときに丸いフダを持って誘導する人)とか、給油の車とか、整備の人とかも着陸する飛行機を待って準備している。「ってことは、何とか帰れるんだ」と思い、ビールかなんか飲んでいたら、なかなかさっき見えた飛行機が降りてこない。マーシャラー(飛行機が着いたときに丸いフダを持って誘導する人、今回、この『マーシャラー』という言葉をスチュワーデスさんに教えてもらって覚えたので、何度も使ってみたいのだ)とか、給油の車とか、整備の人とかも居なくなってしまった。どうやらさっき見えた飛行機は降りることが出来ず、他の空港に行ってしまったらしい。ほどなく「あんたらの乗る飛行機は欠航になったわ。かわいそうだから福岡空港20時20分の東京行きに乗せてやるから自力で福岡に行くよーに」という内容の場内アナウンスがあったので、とりあえずJR佐賀駅にバスで向かう。40分ほどで佐賀駅に到着。バスの中で知りあった母親3人子供3人計6人連れの団体に「あなたについて行きます。見捨てないでください」などと、愛の告白のようなことを言われていたので、仕方なく彼女らの荷物まで持ってあげて、福岡行きの電車に飛び乗る。連休でディズニーランドに行くらしい。悲惨な旅行の幕開けと言っていい。電車は30分ほどで福岡に着いて、地下鉄に乗り換えて10分くらいで福岡空港に着く予定だ。ギリギリで飛行機に間に合う計算だ。ところが15分ほど走ったところで電車が止まり、いっこうに動こうとしない。その状態でさらに15分くらい待っていたら、「この電車はいつ動くかわからんです。急ぐのならばここで降りてタクシーかなんかで行けば」という内容のアナウンスがあったので、あわてて親子連れともどもタクシー乗り場に駆け込む。が、客待ちしていた2台は他の人が乗ってしまい、次のタクシーを待つことになった。その後、いくら待ってもタクシーは来ない。タクシー会社に電話をしたら「あー。この町にはね、タクシー2台しか無いの。2台。ね。ちょっと待っててね」という地獄に落とされるようなコメントだ。後ろを見ると、タクシー待ちの列は果てしなく長い。最後尾の人がタクシーに乗れるのは何年後のことなのだろう。こうなったら徒歩と遠泳と徒歩で横浜に帰ってやる、などと決心しかかったころ、タクシーが来た。すかさず飛び乗り、運転手さんに「福岡空港まで何分で行けるか」と聞いたら「そーねー。高速使えば速いんだけどねー。いま台風で高速通行止めだからねー」と答える。「だったら高速使わねーで何分だって聞いてんだろ」などと運転手さんの首を絞める。パニック状態になると人は凶暴になるという一例だ。この段階ですでに20時20分の飛行機はアキラメている。しかし最終便の21時30分がまだあるので、それに望みを託しつつの行動だ。首を絞めたのが良かったのか、運転手さんのスルドい走りで、21時5分に空港到着。ところが最終便は満席。キャンセル待ちをしろ、というANAの言い分だ。「ねえさん、ちょっと聞きな。それは俺達がここにこうしてたどり着くまでに、どんなドラマがあったのかを知っての言葉かい。いや。知らねーだろな。出会いがあったんだよ。出会いが。見ろ、この親子連れ。明日ディズニーランドに行くんだってよ。な。見せてやりてーじゃねーか、ミッキーマウス。食わしてやりてーじゃねーか、ドナルドダック。おいらだって明日ぁレッスンってもんがあるんだ。な。学校みてえに『今日は自習ね』なんてわけにはいかねーんだよ。こちらの人は明日新潟に行かなきゃなんねんだ。こちらのガイジンさんは明日レコーディングなんだ。さらにこちらの人は明日・・・」頭の中でカウンターのおねえさんにこう言おうと思って、考えをまとめていたら「お客様空席がご用意出来ましたのでどうぞ」などと言われて、なんとか最終便に乗り込んだ。九州と横浜の距離を感じた一日だった。
215(03.11)「飛び込ませない方法」
阪神がリーグ優勝をして、大勢の人が道頓堀川に飛び込んだ。さらに日本シリーズで優勝などして『日本一』になったら、もっと多くの人が飛び込むかもしれないということで、橋の欄干に細工をしてそれを防ごうとしていた。結果として、それは杞憂に終わった。
だが、本当に彼らが飛び込むことを阻止したければ、より良い方法は他にいくらでもあったはずだ。橋にばかり注目してはいけない。飛び込んだ後のことを、彼らに考えさせることが大切なのだ。
「川底に『針の長さが50センチの剣山』を敷き詰める」けっこう痛いと思う。
「川に『2万匹のピラニア』を放流する」2万匹のピラニアを買うのに、いくらかかるのかは知らない。
「川に『1週間エサを与えていないワニを放す」何人かは喰われる。
「川に『ジョーズ』を放す」ジョーズが淡水で生きていられれば、かなりの人数が喰われる。
「川に『500人のオカマ』を泳がせておく」たいていの男は飛び込まないと思う。
「川に『800人の痴漢』を泳がせておく」ほとんどの女は飛び込まないと思う。
「川に『大量の青酸カリ』をばらまく」その後の環境問題については知らない。
「川を上流でせき止めて『水を無くす』」それでも飛び込むヤツのために、マットレスくらいは用意してあげよう。
「川の上流で『3000人くらいの人が一斉にウンコをする』」それでも飛び込むヤツがいるのなら、そいつが本当の『日本一』だ。
216(03.12)「完璧なディフェンス」
バレーボールのワールドカップをテレビで観ていて感じたのは、昔と比べて日本人の体格が外国人と比較しても遜色無いくらいになっていることだ。にもかかわらず、なぜ負けてしまうのだろう。それはディフェンスが甘いからだ。バレーボールの最大のディフェンスといえば「ブロック」だろう。昔から皆がやっているように「手」でブロックをしようとするから「スキ」が生じるのだ。「カラダ」を使えば良い。ネットの高さは2m55cmだから、身長2mクラスの選手を横にして、同じく身長2mクラスの選手が彼を持ち上げれば、ネット上に幅2m、高さ50cmほどの「カベ」が出来る。選手は6人居るので、それを3枚作ればネットの幅9.5mをほぼカバー出来るのだ。より完璧に「カベ」を作るのであれば、身長3.2mの選手を3人探す。あとは「フェイント」の対策を考えればいい。
サッカーでも「引き分けでいい」という状況の試合がある。そんなときには、とにかく点を入れられなければいいわけで、攻める必要はまったく無い。サッカーのゴールは高さ2m44cm、幅7m32cmなので、身長2m44cm、幅67cmの人間を11人集めて、ゴール前に立たせるだけで、少なくとも負けは無い。または、身長1m22cm、幅1m47cmの人間を5人並べて、その上に一人ずつ肩車させてもいい。いずれにしても、顔と顔の間に多少のスキマが出来るので、なるべく顔幅の広い人材が望ましい。相手は「ムキ」になってシュートを打ってくるだろうが、点が入ることは無いので、1時間半の間、ひたすら痛みに耐えていれば良い。
アイスホッケーにいたっては、ゴールの大きさが高さ1.5m、幅2.1mなので、ゴール前に「KONISHIKI」を寝かせておけば、まず点が入ることはない。
217(04.01)「接地面積な小学生」
スキーに行って宿の風呂に入っていたら、小学3〜4年生の男の子があとから入ってきて、こう言った。
「失礼します。湯加減はどうですか。熱いですかね」子供にしてはなかなか社交的な話し方をするヤツだと思いながら、実際に結構熱い湯加減だったので「まあ、そこそこ熱いよ」と答えた。「じゃ、失礼して」などと言いながら、彼が湯船に入ってくる。やはり子供の彼には熱すぎたのだろう。「わ。こ、これは、ア、アツ、熱いわ。あちー、あちー、あちー」などと言いながら我慢している。かわいそうなので「水、入れたら」とアドバイスしたところ「いえ。それはボクのプライドが許しませんので」と返してきた。大笑いしながら「江戸っ子かよ」と突っ込んでみたら「いえ。茨城です」とフツーに言われた。
そのうち熱さにも慣れたらしく、いきなり彼はスキーについて質問してきた。「普通のスキーとショートスキーとではどっちが速いのでしょうか」「ま、それは普通のスキーだろうな」「ボクの兄の話しだと、接地面積が少ないショートスキーの方が速いはずだとのことでしたが、違いますか?」彼が「接地面積」という言葉を知っていることに少し驚きつつ、こう返した。「んー。逆に接地面積が大きいほうが速いんじゃないかな」「どうして接地面積が大きいと速いのですか」「そりゃあ、同じ重さがかかるのだったら面積が広い方が、重さが分散されて摩擦係数が減るからだよ」科学的な根拠に自信は無かったが、ちょっとムキになって答えた。「マサツケースーが減ると何故速いのですか」だんだん面倒臭くなってきたので「もともと、そーゆーもんなの」とブッキラボウに答えた。「納得できません。何故普通のスキーが速いのですか?」「接地面積が大きいから」話しが元に戻ったのと、ノボセてしまいそうだったので「お先に」と言って風呂から逃げた。
218(04.02)「イサギヨいプロレス」
夜中にテレビのスイッチを入れたら、プロレスをやっていた。私は全くのプロレス音痴で、普段は一切プロレスなど見ないのだが、その試合にはつい引き込まれてしまい、ゲラゲラ笑いながら見続けてしまったのだ。
それはアメリカの「WWE(World Wrestling Entertainment)」という団体の試合で、何がスゴイかというと、父と娘が試合をしているところに、父の愛人が乱入し娘を攻撃、しかも母親が出てきて娘とツルんで愛人に立ち向かうという内容なのだ。具体的にいうとこうだ。
悪役レスラーのビンス・マクマホンが、実の娘ステファニーの態度が気に入らないということで試合をする(この時点で、まずは爆笑)。その試合中にビンスの愛人、セイブルが乱入、ステファニーと戦い始める(再び爆笑)。と思ったら、ビンスの妻、リンダが出て来てセイブルと乱闘(三たび爆笑)。結果は、父ビンスが娘ステファニーをフォールして勝利(その理不尽な結末に驚いて、大爆笑)。
いやあ、堪能しました。ここまで来ると、格闘技云々の話しではなく、体を張ったコントでしかありません。しかも、その後の試合が、毒液を吐きまくる日本人レスラーが出たり、「リキシ」という名前のアメリカ人のデブが出たり、「泥棒一家VS変態兄弟」というタッグマッチで、しまいに変態兄弟が仲間割れをしてしまい「墓場マッチ」という試合になったりで、まあ、モリダクサンな内容だ。
あとで知ったのだが、ビンスというのが、この団体のオーナーで、プロの脚本家を雇ってシナリオを作り、入念なリハーサルののちに試合をやっているとのこと。完璧に「ショー」として割り切っているところがイサギヨい。
雇っている「プロの脚本家のセンス」は、ちょっとどうかと思うが、笑えることは保証する。
219(04.03)「新幹線トッポ事情」
スキー帰りの新幹線車内でのことだ。越後湯沢から乗車した私たちの斜め前の席に、次の駅で乗車した一人の男が座った。会社員で年齢54才、身長172センチ体重74キロ、妻52才、長男26才、長女22才、母76才の5人家族、今の彼の悩みが妻と母親の関係がギクシャクしていることっぽい人だ。
彼はやおら席に着くなり「トッポ」という名の棒状のお菓子を取り出し、それを「ポリ、ポリ、ポリ、ポリ」と食べ始めた。仕事の疲れを癒すために甘いものを補給しているのだろか、何か事情がありそうだ(この時点で、私は彼のことを心の中で「トッポ・ジジョウ」と呼ぶことに決めた)。
最初の1本を食べ終えた「トッポ・ジジョウ」は、1本づつ食べることがもどかしくなったのだろうか、今度は2本まとめて食べ始めた。しかも1本目の「ポリ、ポリ、ポリ、ポリ」という優雅な速度ではなく「バリバリバリ」という「一気喰い」だ。妻の言い分もわかる、母親の気持ちもわかる、だがそのハザマで俺はどうすればよいのだ的な食べ方だ。と思ったら、今度は3本の「トッポ」を取り出したので、見ていた私は椅子からズリ落ちた。このままのイキオイだと何本まで増えるのだろう。椅子からズリ落ちたまま見続けた。「ボキベキバキ」という「トッポ3本怒りの一気喰い」だ。お互いに少しは相手の立場で物事を考えればよいのだ。我慢が足りん。よーし、今日こそは二人を並べてガツンと言ってやることにしよう。
期待された「4本喰い」は無かったが、勇気と決意を胸に秘めた「トッポ・ジジョウ」は次の駅で新幹線から降りていった。
もしかしたら、ただの「甘党」だったのかもしれない。
220(04.04)「追っかけ『QUEEN』少年」
「QUEEN」のベストアルバムがチャートで1位になった。30年前から彼らの「追っかけ」だった私からすれば「なーにを今さら」という気もしないではないが、まあいい。ユルす。
当時中学生だった私は、北海道斜里郡清里町に暮らしていたわけで、実は「追っかけ」たくても、追っかけられる境遇ではない。レコードはミゾが擦り切れて、B面の音が聞えるほど聴いた。歌詞も全て覚えた。ギターもマネ出来るところはコピーした。そうなってくると、中学生のイタイケな少年の心理はこうなる。
「動く『QUEEN』が見たい」。
で、どうなったかというと、当時は「フィルム・コンサート」という、外タレのプロモーション・ビデオとかライヴ・フィルムを映画館などで上映する催し物があって、それを見に網走市まで行くことになる。「汽車」で1時間弱だ。「すっげえ、フレディーが動いてるべ」。スクリーンの中で動く「QUEEN」に感動した中学生は、やがて高校生に進化した。そうなると、ちょっと生意気な高校生の心理はこうなる。
「生の『QUEEN』が見たい」。
で、どうなったかというと、学校をサボって札幌まで「QUEEN」のコンサートに行くことになる。「夜行列車」で7時間だ。「おー、タイツ姿のフレディーだべ。袖からビラビラの布をぶら下げたブライアンがギター弾いてるべ。タムを叩くと水が飛び出る仕掛けのドラムを叩いてるロジャーだべ。存在感の薄いジョンがベース弾いてるべ」。その後学校に行って、担任から「大目玉」を喰らったことを差し引いても、当時の私には貴重な体験だった。
やがて大学生になり、上京。何年か後に再び「QUEEN」が来日した。すでに違う方面の音楽に嗜好は変わってはいたのだが、もう一度くらいは見てみようと思い、コンサートに行った。「なかなかやるじゃん、フレディー。イイ感じだぜ、ブライアン。リズムがタイトだぜ、ロジャー。やっぱ存在感薄いぜジョン」。
いきなり東京弁になった私の目に映った「QUEEN」は、かつてのトキメキこそ無かったが、やはり光り輝いていた。数年後、フレディー・マーキュリーが他界し、事実上「QUEEN」は完結した。
221(04.05)「『KISS』でノックアウト」
1977年の「KISS」のコンサートをNHKで放送していた。ハデな歌舞伎風のメイクでハードロックを演奏するという、斬新なスタイルで人気を集めていた。今でも現役で活動していて、近ごろまたちょっとしたブームになっている。「KISSの追っかけ」をしていた私から言わせると「なーにを今さら」という気もしないではないが、まあいい、ユルす。当時16才の私は、春休みを利用して横浜に住んでいる兄の所に遊びに来ていた。ちょうどその時に「KISS」の武道館コンサートがあった。普段レコードを聴いて、ギターをコピーしていた私は当然の流れでこう思った。「動く『KISS』が見たい」。で、兄を説得して、一緒に武道館までコンサートに行ったわけだ。当時すでにクラシックギタリストになっていた兄にとって「ハードロック」のコンサートというのは、かなりストレスの溜まる状況であったと思われるが、そこんとこはちょっとガマンしてもらうしかない。コンサートでは「KISS」の前に前座で「VOW-WOW」という日本のバンドが演奏したのだが、その「VOW-WOW」の音で私たち二人は「ノックアウト」させられたのだ。演奏のスゴさにではない。メチャメチャ音が「デカ」かったのだ。もちろん生まれてからそれまでで聞いた音の中では最大のものだったし、それ以後の26年間でもあれ以上の「デカ」い音は聞いていない。前座が終わり、本命の「KISS」の音が地味に感じられたほどだ。恐らく音量は同じくらいだったのだと思うが、すっかり耳をヤラレていたのだ。それからの3日間、二人とも「耳鳴り」が続いていたのだから、間違いない。耳元で大声で話さないと会話も出来ない状況だ。繊細な音の表現が命でもあるクラシックギター弾きにとっては致命的な事態だ。いやあ、兄にはワルイことをしました。ただ「KISSを生で聴いたことがあるクラシックギタリスト」という珍しいプロフィールが出来たことがせめてもの救いだ。
222(04.06)「ブラックホール寿司」
太陽の80倍の質量の星が確認されたそうだ。太陽の8倍以上の質量の星が「ブラックホール」になると言われているので、これは間違いなく「巨大ブラックホールの素」だろう。そもそも「ブラックホール」というのは、サイズのわりにしては質量があるヤツのことで、その重力の強さゆえ、光りでさえ外に出ることができない星のことだ。人間でたとえると「小柄なのに思いのほか体重がある人」のような感じだ。例えば「地球」を「ブラックホール」にしようと思ったら、質量はそのままで、地球の半径を「0.9ミリ」まで小さくする必要がある。実際の地球の半径は「約6,370キロ」なので、それを「0.9ミリ」にするには、体積をおよそ「35京4,560兆分の1」まで凝縮しなくてはならない。つまり、通常「200グラム」の米が入る弁当箱に「70兆9,120億トン」の米をギュウギュウ詰めにするようなものだ。「つまり」と言ったわりには実感がない数字だが、要するに何でも「ギュウギュウ」に固めていけば「ブラックホール」に近づくわけで、「おにぎり」も強く握れば多少なりとも、それは「ブラックホール化」していることになる。ってことは、優秀な「寿司職人」が「寿司」を「ナノ」単位まで小さく握ることができたら「ブラックホール」も作れるのではないか。「ブラックホール中トロ」とか「ブラックホールイクラ」とか「ブラックホールウニ」なんてぇのができる。「ブラックホール穴子」なんて「穴」つながりで「オツ」な感じだ。「えーと、白身魚と赤貝握って。ブラックで」などという、わけのわからない注文風景が現れる。ただ、握った瞬間に「寿司職人」もろとも「お客」までもが「ブラックホール寿司」に吸い込まれてしまうから、決して誰も食べるこはできない。
223(04.07)「鳥のせい」
2年ぶりくらいで体重計に乗ったら、4キロほど増えていた。その理由として考えられるのは、次の7つだ。
� 2年前の体重計が壊れていた。
� 今回の体重計が壊れていた。
� どちらの体重計も壊れていた。
� 地球の重力が強くなった。
� 体重計に乗ったときに、4キロの鳥が肩にとまっていた。
� CIAの陰謀。
� 体重が増えた。
�、�、�、を疑い出すと、体重計に乗るという行為自体が意味を為さなくなるので除外する。
�が本当だとすると、そのうち人工衛星とか月とかが落ちてくるので、それはコワいからこれも除外する。
�については、CIAとの取り引きは何年も前から断っているので可能性は薄い。NTTとJCBとDHCとNHKとTDKとの取り引きは今でも続いている。
�の理由はまったく身に覚えが無い。自分自身の感覚では、2年前の状況と何も変わってはいない。しいて言えば、ベルトの穴が1個ズレたのと、当時のズボンを穿くと30分ほどで「吐き気」がするくらいで、大きな変化は無い。
したがって、消去法で考えると、4キロの違いは、�の理由がもっとも可能性が高くなる。
224(04.08)「虫コワい」
「虫」がコワイ。「蜘蛛」「蛾」「ゴキブリ」「ゲジゲジ」「ムカデ」全部コワイ。特に後者の3種は関東に移住してから認知したものなので、私にとってそれらは「エイリアン」に等しいコワさだ。前者の2種は関東移住以前にも目撃はしていたが、その個体の「大きさ」が違う。北海道の「蜘蛛」とか「蛾」は小さいのよ。この辺のは「デカい」でしょ。とは言え、冷静に考えたら、真剣に闘えば負けるはずはないのに、何故私はそれらを恐れるのだろうか。今はたまたま彼らの方がカラダが小さいので「PRIDE」みたいな闘いをしても私が勝つだろうが、仮に進化の過程で彼らが私と同じくらいの体格になっていたとしたら、多分勝てないからだと思う。シミュレーションしてみる。
「身長が173cmの『蜘蛛』と闘う」敵がハイツクバって攻めてくるのは解っているから「ローキック」で頭を狙う。何発かはヒットするだろうが、おもむろに「糸」を吐かれて足を取られる。倒れたところを8本の足で抱えられ、あとはゆっくり全身を糸でグルグル巻きにされ、負ける。
「身長が173cmの『蛾』と闘う」敵は空中戦しか戦法がない。寝技に持ち込めばこっちのものだ。触覚をつかまえて首尾よく寝技に持ち込む。これで勝利は決まった。と思ったら「鱗粉目つぶし攻撃」を仕掛けられ、ヒルンだスキに6本の足で抱えられ、上空へと連れ去られ、負ける。
「身長が173cmの『ゴキブリ』と闘う」うまく後ろに回り込んで、一気に「バックドロップ」を決めようと思ったら「アブラ」で滑って自爆。モーローとしているところを6本の足で抱えられ、上空へと連れ去られる。敵が「飛ぶ」ということを忘れていたために、負ける。
「身長が173cmの『ゲジゲジ』とか『ムカデ』と闘う」見たとたんに、あまりの「キモチ悪さ」に卒倒。気が付いた時には、無数の足で抱えられていて、あとはゆっくりと喰われて、負ける。
みなさんも、虫を見かけたら、自分と同じ身長の彼らと闘うことを想像して、この夏を乗り切って下さい。
225(04.09)「アテネの反省」
今月は「アテネ・オリンピック」を堪能した。日本のメダルラッシュが素晴らしかった。ただ、中には「やりよう」によってはもっと楽しく観戦できるのに、と思ってしまう競技もある。以下のような感じだ。
●ハードルの中に「倒れないもの」を何台か設置しておく(選手は、1台1台確かめながら、慎重にハードルを跳ぶ)。
●マラソンの給水所に「センブリ茶入りのボトル」をいくつか置いておく(取ってしまったら、飲み干さなくてはいけない)。
●柔道のタタミに「ダニだらけ」のものを1枚だけ敷いておく(「痒さ負け」というのができる)。
●アーチェリーの的の中心付近を「たわし」にする(「パジェロ」の所があってもいい)。
●競泳のスタート台に「バネ付き」を1台だけ設置しておく(本人もビックリするくらい「跳ぶ」)。
●ハンマー投げと砲丸投げの世界記録ラインより向こうに「こも樽」を敷き詰めておく(世界記録と同時に「鏡割り」のお祝いムードが楽しめる)。
●競歩に「デューク更家」を送り込む(途中でレッスンが始まる)。
●新体操に「江頭2:50」を送り込む(何かやってくれそうな期待感がある)。
226(04.10)「バージャック」
佐賀のツアー中に武雄温泉に連泊した。毎年のように泊っているホテルの隣に「Let it be」という名前のバーがあって、これまた毎年のようにそこで呑んでいたのだが、今年も例に漏れず初日からそこでメンバー全員で呑んでいた。そこのマスターが音楽好きな人(店の名前からも容易に想像できるし)で、店の中にギターなどの楽器が置いてある。で、私たちもギター弾きのハシクレなので、ちょっと弾いて差し上げようということになったのだが、なにしろその店に行く前に焼き肉屋の「飲み放題コース」で、2、3回分の「モト」を取ったあとだったから、気分は「ヘロヘロ」だ。自分でもビックリするくらいな「玄人離れ」した演奏だったのだ。店の中は「なんだコイツら、ホントにプロか?」的な雰囲気が充満している。このままでは私たちの「プライド」というものが地に落ちてしまう。
反省した翌日、機材車を店に横付けし、勝手に機材をセットアップ、完全にバーを「ジャック」した。いつの間にかヴァルガスもフルセットのパーカッションをセットしている。驚いたマスターは知り合いに電話を掛けまくり、あっという間に30人くらいの客が集まり「勝手に押しかけコンサート〜祈名誉回復編」が始まった。落語の「寝床」を地で行くようなものだ。1時間半ほど弾いただろうか。マスターをはじめ、みんな喜んでくれたようで「来年は市民会館でやってくれ」などという話しにまでなった。めでたしめでたし。
227(04.11)
本番で指の調子がワルいことはよくあるのだが、今回ほど深刻だったことは初めてだ。リハーサルの段階からすでに人差し指が曲がったっきり伸びない。一旦伸ばすと今度は曲がらない。まともに演奏が出来ない状況だ。シャレにならない。どうやら「肩凝り」から来ている指の反乱らしい。スタッフの「プーさん」の献身的なマッサージのお陰で、その日は何とか本番の最後まで演奏することは出来たのだが、今後またそういう状況にならないとも限らない。そういう危機的状況を回避すべく、対策を考えておく必要がある。
�本番の時には常に「マッサージ師」「整体師」「鍼灸医」「整形外科医」「美人看護婦」などの医療体制を整えておく。
�本番の時には常に「私と同じかそれ以上に上手なギター弾き」を控えさせておく。
�本番の時には常に「指を使わなくてもよい芸」を出来るようにしておく(「落語」「漫才」「一輪車」「猛獣使い」など)。
�本番の時には常に「完璧な謝罪の言葉(出来れば聴衆の涙を誘うような)」を考えておく。
�本番の時には常に「いつでも逃げ出せる順路」を把握しておく。
どれもきわめて有効な対策だ。
228(04.12)「今年と来年」
年末ということなので、今年1年の総括をする。
「1月」 正月気分で、飲んだくれる。
「2月」 正月気分が抜けきれず、飲んだくれる。
スキーツアーで、飲んだくれる。
確定申告で、飲んだくれる。
「3月」 ブルーノートでジョン・スコフィールド
を聴き、飲んだくれる(どうにも、ウマい。まいった)。
「4月」 暖かくなったので、飲んだくれる。
「5月」 ゴールデン・ウィークを祝って、飲んだくれる。
「6月」 岩手移動だらけツアーで飲んだくれる(岩手県を2周もグルグル回ったので、
少し変になっていたと思う)。
「7月」 織姫と彦星の再会を祝って、飲んだくれる。
「8月」 猛暑なので、飲んだくれる(ホント、暑かったよねェ)。
BBQで、飲んだくれる。
「9月」 佐賀台風ツアーで、飲んだくれる(風速50メートルの中、路上ライヴでもやって
やろうかと思った)。
「10月」 鳥取砂丘ツアーで、飲んだくれる。
コンサートの打ち上げで、飲んだくれる。
「11月」 おさらい会で、飲んだくれる。
指が動かなくなり、ヤケになって、飲んだくれる。
その他、いろんなことで、飲んだくれる。
「12月」 どうせ、飲んだくれる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついでに来年の目標も立ててみる。
一、タバコをやめる(ただし、再開も可)。
一、酒をやめる(ただし、ビール、バーボン、焼酎、日本酒以外)。
229(05.01)「ノスケトラダムスの大予言」
新年にあたって、2005年の出来事を「大予言」する。
◆「2004年の『QUEEN』リバイバル・ヒットに続いて、『THE NACK』が再び流行る」
ただ、曲がひとつしか無いので、シングルのヒットのみに留まる。しかもほとんどの人が、もともと知らないか、忘れているので、普通に「新人バンド」として扱われる。
◆「『ローラーゲーム』が復活する」
「東京ボンバーズ」の人たちは、今何をされているのでしょうか。
◆「『市町村合併』の延長で『都道府県合併』が始まる」
「東京都」と「京都府」が合併して「東京京都都府」ができる。「和歌山県」と「富山県」と「岡山県」と「山形県」と「山梨県」とが合併して「和歌富岡山形梨県」ができる。「群馬県」と「鹿児島県」が合併して「群馬鹿児島県」ができるかと思ったら、「馬鹿な子供が群れをなしている島」みたいなイメージなのでヤメになる。
◆「『オレオレ詐欺』、『振込め詐欺』に続いて、『サギサギ詐欺』が蔓延する」
突然かかってきた電話の相手がこう言う。「あ。これって『詐欺』なんだけどさ、お宅の息子さんが事故起こしちゃってね、大変なのよ。でもホント、これって『詐欺』だから。心配しないで。無視してかまわないから。いやあ、でもな、事故の相手がワルくてね・・・その『スジ』のモンだから・・・タチの悪い・・・ま、いっか。どうせ『詐欺』なんだからね。振込んじゃダメだよ。100万円とか」。おそらくこの方が「振り込み率」が高いはずだ。
◆「『アンゴルモアの大王』が降ってくる」
6年遅れていたのだ。
230(05.02)「ジム・ホールの正体」
1930年生まれだから、今年で75才だ。「ジム・ホール」というジャズ・ギタリストのことなのだが、先日「ブルーノート東京」で聴いてきました。参りました。もう、背中も丸まってしまっている「おじいちゃん」なのだが、推定で私の約30倍は「ウマ」いです。いや、もしかしたら約5億8千万3.14倍くらいかもしれません。思わず「ですます調」に文章がシフトしてしまうほどに、ヤラれたわけだ。で、どうしてそんな高齢になっても、バリバリにギターを弾くことが出来るのか、について考えてみた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
� 実は、若手のギタリストが「ジム・ホール着ぐるみ」を着て弾いていた(アメリカの『東急ハンズ』で売っていると思う)。
� 実は、「ジム・ホール」はNASAが開発したロボットで、事務を担当していた「ホールさん」がモデルになっていた(『ホールさん』が、いつか『CNN』で暴露するはずだ)。
� 実は、「ジム・ホール」は「CGのアニメーション」で、出てくる音もコンピューターの打ち込みだった(シャツの背中に『pixer』と書いてあったような気がする)。
� 実は、努力と天才の両方を兼ね備えていた人だった。
� が、たぶん正解だ。
231(05.03)「島に向かって」
今年も「長崎」「岩手」「佐賀」「鳥取」のツアーが決まっているのだが、「長崎」はたくさんの「島」がある県だ。今回のツアーでは、その「島」にも行くらしい。噂ではカーフェリーが通っていない所もあるらしく、そうなると機材車ごと島に乗り込むということが出来ないので、手作業で機材を船に積み込むことになる。通常の「PA(音響機器)」と「楽器」のセットを、力づくで船に積み込むのは現実的ではないので、それらを「スリム化」せざるを得ないだろう。
「PA」は通常メインのアンプ(30kg)、モニターのアンプ(20kg)、メインのスピーカー(25kg×2)、モニターのスピーカー(15kg×4)、ミキサー(15kg)、エフェクター(25kg)、ケーブル類(25kg)、スタンド類(40kg)、その他いろいろなのだが、それらは全て廃止。当然マイクロフォンも使わず、MCは「地声」でどなる。パーカッションも生で叩く。そうとう手が痛いだろうが、バルガスには我慢をしてもらう。
「楽器」を「スリム化」するのは、かなり難しいことだが、パーカッション関係の「スチール製」のスタンドがかなりの重量なので、取りあえずそれを削る。シンバルは現地で鍋のフタをかき集め、それを天井から「紐」で吊るせばよい。「コンガ」や「ボンゴ」も現地の「和太鼓保存会」かなんかから太鼓やツヅミを借りて、それらを床に並べる。多少叩きづらいだろうが、それなりの奏法をバルガスに考えてもらう。「タンバリン」も現地で「寿司桶」を借りて代用する。「ギター」も「三味線」に替えればかなり「スリム」になる。こうすれば「三味線」三本と「バチ」だけ持って船に乗り込めばよい。
ただしコンサートのタイトルが「三味線と和太鼓の演奏会しかもブラジル人入り」に変わる。
232(05.04)「大切な個人情報」
個人情報保護法が施行されたので、私も自分自身の個人情報を保護することにした。
これからは私の名前を勝手に呼ばないでほしい。「大橋」とか「博和」とか、ミダリに呼ばれると個人情報が漏れてしまう。「おまえ」「おまえさん」「あなた」「あんた」「おい」「こら」「ボケ」「カス」などと呼んでもらいたい。
住所も簡単に人に伝えてはいけない。「懸賞」などで応募するときは、絶対に住所は書かない。郵便や宅配が届いたら、配達人に「何故ウチの住所を知っているのか」と問いただし、今後は勝手に配達しないよう忠告する。さらに区役所に行って戸籍を抹消してもらう。
電話番号も知られてはいけない。電話がかかってきたら「間違いです」と言ってすぐに切る。さらに電話線を引きちぎって、電話機を床に投げ付けて粉々にする。携帯電話も決して電源は入れない。念のためバッテリーも外しておく。
生年月日もプライベートなことだ。「1961913」としておけば、1961年9月13日なのか、19619年1月3日なのか、196年19月13日なのか、19年6月1913日なのかわからないからバレないはずだ。
性別も大切な情報なので、どちらかわからないよう、ズボンとスカートを1日おきに履き替える。当然化粧も1日おきだ。トイレも1日おきに男女を使い別ける。子供にも1日おきに「お父さん」「お母さん」と呼び方を変えさせる。
職業も極秘だ。決して人前でギターなど弾いてはいけない。人にギターを教えてもいけない。「バレバレ」だからだ。どうしても弾いたり、教えたりしなくてはならないときは「俺、ホントは『賞金稼ぎの殺し屋』なんだけど、結構ギター好きなもんで」などと「ウソ」をついて誤魔化しながら弾いたり教えたりする。
233(05.05)「泥酔サイクリング」
ある朝目覚めて、尾てい骨と右肩にスルドい「痛み」があるならば、それはあなたが前日にヨッパラって自転車で4〜5回転んだに違いない。しかもその後1週間は「歩行が困難」なほどの症状に見舞われるはずだ。のちに多数の「スリ傷」も発見するであろう。
私の「予言」は的中した。違っていたのは「あなた」の部分が「私」にすり替わっていたことだ。
おそらく自転車に乗っても転ぶし押して歩いても転ぶので、途中でアキラメて自転車を捨てて帰ったのだろう。家には自転車の姿は無かった。のちに長女の捜索によって、無事発見、回収された。子供を育てておいて良かったと思う瞬間だ。
で、その「痛み」というのが尋常ではなく、特に尾てい骨の方が重症で、椅子に座るだけで「ギョエーッ!」と叫んで1メートルは飛び上がるほどのものだ。寝返りを打つにも2センチづつ身体を回転させなくてはならないので3分はかかる。歩くときも尾てい骨周辺の筋肉を使うと、アブラ汗が流れるような痛みを伴うので、どうしても「花魁(おいらん)」のような歩き方になってしまう。
また「多数のスリ傷」の方は、入った途端に3メートル飛び上がって、天井に激突することによって、入浴時に発見された。
234(05.06)「思い出すことができた」
GSNトリオで、430回のコンサートをやってきた。延べ15万6千人に聴いてもらった。いろんなシチュエーションがあったが、印象深いものを思い出してみる。
89年・関内「旗揚げコンサート」出番前の緊張がピークに達し、H井Y則が「壁」に向かって「お祈り」をする。
90年・新横浜「ギターと落語」落語家の三遊亭窓里さんとのジョイントコンサート。3部構成で、1、3部がギター演奏、2部が落語という、今考えるとなかなかアバンギャルドな企画。
91年・銀座「武部勤衆議院議員パーティー」いまや自民党の幹事長である武部議員のパーティーで演奏。のちに「逮捕」された人も含め、ものスゴい面々がウヨウヨしていた。
92年・金沢文庫「伝心寺コンサート」お寺の「お堂」で演奏。これで、死んでも「極楽浄土」に行ける保証を得た。
95年・北海道「上川町」北海道は日帰りでコンサートをするには適さない場所であることを確認。
95年・青森「十和田中学校」何が印象深いかというと、前日まで九州に居たという「和泉元弥」並みのハードスケジュールだったことだ。
96年・北海道「北海道ツアー」計3000キロ車での移動。中でも「タクシーで5時間」というのが笑った。戻っていく運転手さんは泣いていた。
97年・関内「三人寄れば文殊のギター」デビューが小ホールで、8年後に大ホールでコンサート。次は「東京ドーム」になるだろう。
98年・板橋「板橋区ミスコンテスト」ミスの方々の控室が楽屋の隣だったので、何とか覗いてみたいという衝動を抑えることに、メンバー全員が全力を使い果たす。
そんな「甘酸っぱい」思い出もある。
235(05.07)「約1.7倍」
「喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます」
「喫煙は、あなたにとって脳卒中の危険性を高めます。免疫学的な推計によると、喫煙者は脳卒中により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります」
最近の「タバコ」のパッケージに書いてあるコメントだ。
これは例えるなら、コンサートを開いておいて、「私のギターは、あなたにとって音感を悪化させる危険性を高めます」と言っているのと同じことだ。さらに、生徒のみなさんに「ギターは、あなたにとって不安定な生活の危険性を高めます。経済学的な推計によると、ギター弾きは貧乏により死亡する危険性が非ギター弾きに比べて約17万倍高くなります」と言いながらレッスンをするようなものだ。
そんなことなら、いっそのこと「このタバコは、あなたを『コロす』ことを目的に販売しております。あなたは約1.7秒後に死にます」と言ってくれたほうがスッキリするのになあ。
236(05.10)
237(05.09)「楽しいローカルニュース」
旅先でローカルニュースを観ていたら、こんなニュースが報じられていた。
「昨夜未明、○○郡○○町の町道で、同町の○○さん運転の乗用車が民家の塀に激突。○○さんは軽傷を負いました」
いくらニュースが無いとはいえ、そんなことを電波に乗せる意味があるのだろうか。その塀が「重要文化財」かなんかだったら報道の価値もあるだろうが、○○さんが「軽傷」なら問題は無いだろうに。その程度のことで、名前を公表された「○○さん」も気の毒だ。さらに、こういう報道がエスカレートしないとも限らない。最悪の場合はこうなる。
「昨夜未明、○○郡○○町の町道で、同町の○○さんが酒に酔って自転車で転倒。○○さんは尾てい骨を強打、一夜明けた今も『ガニ股』で歩行しています」
「昨夜未明、○○郡○○町の町道で、同町の○○さんが酒に酔って嘔吐。仕上げに『サンマーメン』を食べていた模様です」
「昨夜未明、○○郡○○町の町道で、同町の○○さんが酒に酔って激怒。見えない相手に向かって、しきりにケンカを売っていました」
「昨夜未明、○○郡○○町の町道で、同町の○○さんが酒に酔って「UFO」と遭遇。宇宙人と肩を組んで歩いていました」
あ。こんなニュースだったら観たいわ。
238(05.10)「100パーセント弱」
「この世に、純度100パーセントの物質は無いのです」
バーで知り合った「東京工業大学」の先生のコメントだ。
「たとえばアルコールなどは、空気に触れたとたんに100パーセントではなくなりますし、純金といわれる24金も、精製する過程で必ず不純物が混ざります。今、私が研究しているのが『塩』、NaClをどれだけ100パーセントに近づけることが出来るかということで、今現在で99.9999999パーセントまできています。今後、小数点以下の『9』をひとつ増やすのに、また数年かかるでしょう」
最先端の科学はスゴいことになっているようだ。ただ、その話しを聞いていて、私のアタマの中にいくつかの疑問がわいてきたので、それを先生にぶつけてみた。
「じゃあ『果汁100パーセント』と言っているジュースは『ウソ』なのですか?」
「それは、果汁を凝縮して還元していますから、100パーセントとも200パーセントとも言えますが、実際は容器の成分も溶け込みますから、本当は100パーセントではありません」
おー!そうだったのか。私が今まで100パーセントと信じて飲んできた「バヤリース」や「トロピカーナ」や「サンキスト」や「ミニッツ・メイド」や「ポッカ」や「ポン」は100パーセントではなかったのだ。だまされ続けた44年間だったのだ。
なので、私は各ジュースメーカーに以下の意見を投書することにした。
「『果汁100パーセント弱』と表示しなさい!」
239(05.11)「理不尽な白兎」
「因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)」の事件現場に行ってきた。事件の概要はこうだ。
洪水で離れ小島に流されてしまった「白兎A」が、なんとか向こう岸まで戻ろうと考え、通り掛かりの「ワニ(この地方ではサメのこと)A・B・C・D・・・」らをだまし、彼らを1列に並べさせ、その背中の上をピョンピョンと渡って計画通り岸にたどり着いた。が、しかし、まんまとだまされたことに気付いた「ワニA・B・C・D・・・」がキレて「白兎A」の毛皮をはぎ取ってしまった。そこに通り掛かった「八十神(やそがみ)」たちが重傷の「白兎A」を見て「スッゲー痛そうじゃん。海に入って風にあたってたら治るんじゃねーの」的なガセ情報を吹き込む。その通りにした「白兎A」の傷はさらに悪化。もはや瀕死の状態だ。そこに今度は「大国主命(おおくにぬしのみこと)」が通り掛かり、「あらあら。大変だわ。痛そうだし。そういう場合はね、真水で身体を洗って『蒲(がま)の穂』で身体をくるんでいるといいかも」的なアドバイスをし、その通りにした「白兎A」の傷は回復。喜んだ「白兎A」は「あなたこそ『八上姫(やかみひめ)』と結婚することが出来るでしょう」などと、恩人の神様に対して突然「予言者」のようなものの言い方をする。
納得のいかない事件だ。
加害者かと思った「白兎A」は被害者でもあり、最後には神様よりエラそうな予言者になる。被害者の「ワニA・B・C・D・・・」は報復することによって、加害者に変わる。「八十神」たちは「神様」のくせに、遊び半分で「動物虐待」をする。しかも、こやつらは「大国主命」の兄ちゃんだ。唯一、ワルいことをしていないのが「大国主命」だが、普通のアドバイスをしただけで、絶世の美女である「八上姫」をゲットする。よくわからん話しだ。
でも世の中って、大体こんな感じか。
240(05.12)「教訓バカ」
240号ということなので、20年間に渡ってこのような「バカ文」を書いてきたことになる。当初は24才だった私も、とうとう44才になってしまった。44才ともなれば、社会的にも地位を確立してしかるべき年齢だと思われるので、そうそう「バカ文」ばかりも書いてはいられない状況だ。人々のタメになる「教訓」のひとつも書けなければ、ただの「バカ中年」と呼ばれるのは必至だろうから、頑張って人生の「教訓」を書いてみる。
『人生とは、生まれてから死ぬまでのことである』生まれる前と、死んだ後のことを人生と言ってはいけないということ。
『人生は、はかないようだが、結構長い』たとえ「100才」まで生きたとしても、宇宙や地球のスパンから見たら、ごく一瞬のことだが、秒単位で考えると「31億5千3百60万秒」もあるということ。
『人生は、山あり谷あり、クレパスもあり』生きていると、イイ時もあれば、ワルい時もある。さらには、2度と這い上がれないような絶望もあるということ。
『人生は、ワン・ツー・パンチ』よく意味はわからないが、水前寺清子にも人生はあるということ。
『人生劇場』これもよく意味はわからないが、村田英雄にも人生はあったということ。
『人生幸朗』元祖「キレ芸」の師匠だったということ。
241(06.01)「『辰』採用」
ギターランドもメデタく21年目に突入し、2006年、干支も酉から戌になった。次の亥で「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」1回転の区切り目だ。ただ、この中で気になるのが、唯一架空の動物である「辰」の存在だ。他は実在の動物で固められているのに、何故「辰」が12種の中に採用されたのか。きっと、こういうことだろう。
その昔、中国で十干十二支を決める会議が開かれた。十干と十一支までは、わりとすんなり決まったのだが、あとひとつの十二支がなかなか決まらなかった。
「『クマ』あたりでどうでしょう?」
「うーん。語感が『ウマ』と似とるしなぁ。紛らわしいんちゃうか?」
「じゃあ、似たところで『パンダ』は?」
「それも絶滅危惧種やしな。途中で居なくなったら、縁起ワルいんちゃう?身体のガラも葬式の幕みたいやし」
「『レッサーパンダ』は?」
「あ。それ、エエかもわからん。ただ、名前が長すぎるわ。」
「じゃあ『レッパ』かなんかに縮めましょう」
「キョウビの女子高生ちゃうんやから、何でも縮めたらエエいうもんとちゃうわ」
「ところで、近ごろの『レッサーパンダ』はよく立ち上がるらしいですよ」
「そない立つんか?立つねぇ・・・。ほな、『タツ』にしとこか」
以外とクダラナい決まり方をしていたのだ。
242(06.02)「便利なウミヘビ」
早いもので、2006年も残すところあと11ヶ月足らずとなりました。そろそろ「忘年会」の予約をしたいものです。
それはさておき、近ごろ「へんないきもの」という本が売れているようだ。内容は、一風変わった生物を紹介しているもので、例えば「コモリガエル」というカエルは、メスが自分の背中(しかも皮膚の中!)で無数の卵を育て、成長した子供たちが母親の背中の皮膚を破って外界に出て行く、のようなことが書かれている(おー、キモチ悪りぃー)。
で、これを読んでいて思い出したのが、十数年前に和歌山でのコンサートついでに「南方熊楠記念館」に行き、そこで見た「ウガ」という生き物の標本だ。こやつ、基本的には「ウミヘビ」なのだが、尻尾からたくさんの「エビ」が「生え」ているのだ。要するに1匹の「ヘビ」の尻尾と、たくさんの「エビ」の尻尾がくっついている状態で「ヘビエビ」だか「エビヘビ」だか「ヘエビ」だか「エヘビ」だか、訳のわからない様子なのだ。どうやら「ヘビ」の方が主役で「エビ」の方が「寄生」しているらしい(おー、キモチ悪りぃー)。
こんなことがユルされるのだったら、違うバリエーションがあってもおかしくない。
「ウミヘビ」の尻尾から、たくさんの「イルカ」が生えている。キモチ悪いが、かわいらしい。
「ウミヘビ」の尻尾から、たくさんの「ウニとイクラ」が生えている。キモチ悪いが「ウニイクラ丼」ができる。
「ウミヘビ」の尻尾から、たくさんの「レッサーパンダ」が生えている。キモチ悪いが、立つ。
「ウミヘビ」の尻尾から、たくさんの「細木数子」が生えている。キモチ悪いが、ズバリ言う。
「ウミヘビ」の尻尾から、たくさんの「ギター」が生えている。キモチ悪いが、弾く。
243(06.03)「新冬期オリンピック」
トリノ・オリンピックは「金メダル」1個のみ、という結果だった。次のバンクーバーでは、さらなる好結果が出るように、各競技のルールを考えなおす。
「カーリング」各チームのストーンの中に、爆弾を1個入れておく。平和の祭典の場で、戦争の悲惨さをアピールする効果がある。
「バイアスロン」射撃の的にキャラメル、招き猫、印籠、浮世絵のライターなどの景品を置く。もちろん、的のそばには「ハタキ」を持った目つきの悪いおばちゃんが居る。
「ショートトラック」1週1メートルの「超ショートトラック」にする。目が回って倒れたら負け。
「スピードスケート・パシュート」足と足をひもで縛って、三人四脚にする。三人三脚で「輪」になってもよい。
「スケルトン」仰向けでやる。
「スノーボードとスキー」ゲレンデを滑り降りることは共通しているので、ひとつにまとめる。ボードをそれぞれの足に装着し、スキーっぽくする。多少「ガニ股」にはなるが、気にせず滑る。ついでにコースを「こぶこぶ」にして、最後にジャンプ台も用意して「モーグル」と「ジャンプ」も兼ねる。
「フィギュアとアイスホッケー」奇麗な衣装を着て、ゴールを狙う。戦いながらも、時には3回転、4回転などのジャンプを入れたり、イナバウアー、ビールマンスピンなどでアピールする。ゴールの得点に技術点、芸術点が加えられ、勝敗を決める。
244(06.04)「日本語の悲劇」
もともと文字が無かった日本語に、無理矢理、漢民族の文字を当てはめたときから日本語の悲劇が始まった、という見かたがある。その後、工夫を重ねて、国産の漢字を作ったりもしたが、日本語を使いこなすには、膨大な数の漢字を覚えることになる。もしも、漢字の代わりにアルファベットが輸入されていたら、覚える文字は「26個」で済んだはずだ。そのコンセプトに近いものとして、ひらがな、カタカナも発明されたが、日本語には同じ「音」で複数の意味を持つ言葉が多いので、漢字が無いと文の意味が間違って伝わってしまう可能性もある。「kaki」と書かれても「柿」なのか「牡蠣」なのか「火気」なのか「下記」なのか「夏期」なのかわからない。「kakiotaberu」となれば「柿を食べる」か「牡蠣を食べる」にしぼられるが、中には「花器を食べる」という「ツワモノ」がいないとも限らない。「クウキハナイ」も「空気は無い」なのか「食う気は無い」なのかわからない。「食う気?花井」などと、ヒネクレた読み方をするやつもいるかもしれない。「いくらですか」も「イクラですか」なのか「幾らですか」なのかわからない。「行く?『ラデスカ』」だと、どこに行きたいのかすらわからない。しかも、ローマ字、ひらがな、カタカナのみの表記だと、とても読みづらい文になるというへいがいもあるしなによりもじすうがおおくなってしまうのでむだにすぺーすをつかってしまう。コレハカタカナデモオナジコトダシアルファベットダトサラニイミガワカラナクナル。horanekonnafuunikakaretaratottemoimigawakarizuraidesho。
245(06.05)
私の腕時計は1週間に1分進む。
衛星と通信して常に正確な時刻を示す電波時計なるものが存在する今、世界の「SEIKO」がそんなものを作っていいのか。しかも、自動巻という前近代的な仕様のせいか、1日腕から外しておくと、時を刻むことを放棄している。
「バカ時計」だ。
曜日が「LUN/MAR/MIE/JUE/VIE/SAB/DOM」という「スペイン語」の表記であるところが、いかにも「南米輸出仕様」らしさをカモシ出しているのだが、だからといって腕時計まで「時間にルーズ」で「働かない」というモノにする必要はないだろう。
何はともあれ、この時計は年間52分くらい進むわけで、13年と7ヶ月後には12時間進んで、再び正しい時刻を知らせてはくれる。それまで待つか。ただし、正しくなった直後から、また進み始めるわけで、正確な時刻を知らせてくれるのは、ほんの一瞬でしかない。しかも、12時間進んで、短針と長針は正しい時刻を示しても、昼の12時に日付カレンダーが変わってしまうという問題が残る。したがって、すべてが正しくなるのは27年と2ヶ月かかることになる。それまで待つか。生きていれば、わしゃあ、71歳になっとるがのう。
246(06.06)
いよいよワールドカップが始まる。とりあえず、グループリーグで勝ち残らなければならない。相手は「オーストラリア」「クロアチア」「ブラジル」の3国だ。「オーストラリア」はみんな身長が高いので、日本としては全員「ドクター中松のジャンピングシューズ」を履いて、対抗する。間違えて「ぽっくり」とかを履かないように気をつける。「クロアチア」もかなりの強敵だ。ただ、「クロアチア」はユニフォームが「赤と白の格子柄」なので、ピッチ上ではかなり目立つ。だから、日本は「芝が生えているユニフォーム」を着て、グラウンドと同化し、相手に動きを悟られないようにすれば勝てる。「ブラジル」に勝つのはちょっとキビシそうなので、引き分けで良しとする。11人全員がゴール前で「組み体操のピラミッド」みたいなのを作り、とにかくゴールさせない作戦だ。アドリアーノとかロナウジーニョの強烈なシュートが顔面などにバンバン当たるだろうが、そこは「大和魂」で90分間こらえる。
完璧なプランだ。
247(06.07)
何年かぶりに高熱に苦しんだ。38度から39度の熱が、4日続いたのだ。しかも通常通りレッスンも行ったので、辛さ具合もヒトシオであった。で、そのモーローとした頭の中で考えたのが、「何故熱が上がるのか」についてだ。何かの加減でナニガシかのウィルスが体の中に入る。普段なら、体の中の「異物排除部隊」が侵入したウィルスに向かって「ワー!」などと叫びながら攻撃し、殲滅するのだが、体調がワルかったり、肉体が老化していたりすると、「異物排除部隊」の攻撃力も弱まり、ウィルスの方に体を占領されてしまう。「それはいかん」ということで、「異物排除部隊」が活動しやすい状況になるよう、脳が熱を上げる指令を出す。つまり、熱が上がっている状態というのは、体の中で戦いが活発になっている状態なので、むやみに熱を下げてはいかんのだ。発熱は正常な反応なのだ。熱がある方が健康なのだ。ウィルスがドバーッと体の中に入ったのに、熱が上がらないというあなたは、もう死んでいるのだろう。私はできることなら、一生高熱で居たいほどだ。ずーっと42度くらいだといいな。45度とかだと、スッゲーカッコイイのだぜ。「のだぜ」ってのが変な言い方になっちゃったぜ。そんなことはどうで++もいいから、みんなもドンドン発熱しようぜ!フィーバー!フィーバー!
248(06.08)
禁煙を断行した。
24時間、一本も吸わなかったので、自分へのごほうびに一本だけ吸うことを許可した。それからまた7、8時間は一本も吸わなかったので、もう一本吸うことを許可した。さらに3、4時間吸わなかったので、珠玉の一本を吸うことを許可した。
これだけの短期間で、メゲることなく何度も禁煙に挑む姿に、自分のことながら、脱帽した。おそろしいほどの精神力の持ち主である。これだけの精神力を持っているのだから、一日に十数回程度の禁煙なら簡単にできる自信はある。「禁煙と自分を一体化した」と言っても過言ではない。「趣味は?」と聞かれたら、すぐに「禁煙」と答えるだろう。「ライフワークは?」と聞かれたら、迷わず「禁煙」と答える。きっと最期に「禁煙に成功した」と言って、私は人生を終えることだろう。
249(06.09)
国際天文学連合(IAU)の決議で、冥王星が惑星から外された。長い間親しまれてきた「水金地火木土天海冥」という、惑星の並びの覚え方が「水金地火木土天海」になってしまう。なんかしっくりこないのは、もともとの「♩♩♪♪♪♪|♩♩♩♩」という、ぴったり4拍子の2小節分に収まっていたリズムが「♩♩♪♪♪♪|♩♩♩」という半端なものになるからだろうか。
英語でも「Mercury, Venus, Earth, Mars, Jupiter, Saturn, Uranus, Neptune, Pluto 」の頭文字を取って、
「My Very Educated Mother Just Served Us Nine Pizzas.」
という覚え方があるそうだ。この覚え方を覚えるのが大変そうな気もするが、英語使いの人にとっては覚えやすいのだろうか。いずれにせよ、この覚え方も、最後の「Pizzas」の部分が消えるので、文章としては意味を成さなくなる。ただ「Nine」の部分を置き換えれば、文章として成り立つので、いろいろな候補が考えられる。
「My Very Educated Mother Just Served Us Notebooks.」教養のある母親ならではの贈り物。
「My Very Educated Mother Just Served Us Nuclear-bombs.」教養あり過ぎ。
「My Very Educated Mother Just Served Us Nintendo.」たまにはゲームで遊びなさいという、ガリ勉で生きてきた母親の反省が感じられる。
「My Very Educated Mother Just Served Us Nothing.」児童虐待のニオイがする。
「My Very Educated Mother Just Served Us Natto.」関西方面では、イヤガラセになる可能性もある。
250(06.10)
今月、2週間の長崎県ツアーがある。長崎県から連想されるものを三つあげろと言われたら「チャンポン」「皿うどん」「カステラ」「オランダ坂」「出島」「グラバー邸」「平和公園」「ハウステンボス」「雲仙」あたりになるだろうか。九つになってしまったのは、三つに限定されたことに漠然とした抵抗感があったからだ。さらにもう一つ、長崎県のキーワードとして重要なのが「島」だ。長崎県は非常にたくさんの「島」を有する県なのだ。全部でいくつの島があるか知っていますか?知っていたら、私に教えなさい。それくらいたくさんの数の島があるのだ。で、今回はその中のいくつかの島に行くのだが、中にはフェリーをチャーターして行く所もある(船をチャーターするなんてことは「不忍池」以来のことだ)。移動するのが人間だけだったら、そこまでしなくても「漁船にもぐり込む」「泳ぐ」「長めの走り高跳びの棒を持って、全速力で海岸線まで走り『ビヨーン』とかいって島までジャンプする」「サメをだまして一直線に並べさせ、その背中の上を歩いて渡る」等の方法が考えられるが、機材車があるからそういうわけにもいかないのだ。あ。そうだ。「『モーゼ』をつれてきて、海を割らせる」をやれば機材車も渡れるわ。誰か「モーゼ」の携帯番号を知っていたら、私に教えなさい。
251(06.11)
演奏旅行で地方に行った初日の夜、風呂からあがってスーツケースを開け、パンツが無い事に気付いたとき、私に与えられた選択肢は以下の通りだ(なお、その場所はスコブるのどかな所で、最寄りの「コンビ二」までは3キロもあるので、店でパンツを購入するという手段は除外する)。
「穿かない」最もイサギヨい考え方だが、そのままだと翌日のコンサート前に、楽屋で着替えをする際に、他のメンバーから私のアラワな下半身を目撃されるのは必至だ。以後『露出狂』扱いされながら、ツアーを続けるのはさすがにツラい。
「シャツを穿く」両袖に足を通せば、それなりの様子にはなるだろうが、首の部分があるので『中国の子供のズボン』みたいに、股間がオープンエアになってしまうのが難点だ。
「マネージャーに借りる」とても小柄な女性なので、そうとうキツいとは思う。しかも、なかなかの高齢な方なので、その形状も気になるところだ。
「シーツを破いて『フンドシ』を作る」ウマく出来たとしても、ギターを弾くというよりは、日本海の荒波に向かって『和太鼓』を叩きたくなってしまいそうだ。
「地肌に、パンツに見えるようなペイントをする」志村けんの『白鳥パンツ』みたいになってしまう可能性が高い。
「もう一度穿く」自分の中で『潔癖さ』についての葛藤があるが、私はこれを選択した。後に、このことを機材車のN良さんに話したところ、「そんなもん、毎日裏っ返して穿きゃあ、一週間はもつだろ」というコメントをもらった。『修羅場』をクグってきた人なのだ。
252(06.12)
演奏のスタイル上、「アドリブ」でギターを弾く場合が多い。何をやってもイイのだ。何をやってもイイけれど、やった事のオトシマエは自分で付けることになる。ステージで突然神が降りて来て、メチャメチャ「COOL」なフレーズを弾いた時などは、嬉しさのあまり、床に転がってヨダレを垂らしながら手足をバタバタしたくなる。逆に、つい「イモ」なフレーズを弾いてしまった時は、服を全部脱ぎ捨てて全速力で逃げ出したくなる。そういった「COOL」と「イモ」の差は紙一重だったりもするので、気が抜けないビミョーな所だ。そこで、常に「COOL」な「アドリブ」が出来るように、「アドリブ」に対する解釈の自由度をもっと広げてみる。
①「弾かない」休符も音楽表現のひとつであるから、これも立派な「アドリブ」である。「休符を聴かせたかったのだ」と言い張ることが出来る。
②「チューニングをメチャクチャにしておく」どんなフレーズを弾いても、予想外の音が出て来る筈なので、「チューニングさえ合っていれば、この世のものとは思えないほどの素晴らしいプレイだったのだ」と言い張ることができる。
③「弦を切る」「弦さえあればこの世の物とは思えないほどの素晴らしいプレイだったのだ」と言い張ることが出来る。
④「踊る」「突然『舞踏家』になりたくなったのだ」と言い張ることができる。
⑤「寝る」高座で寝てしまっても「名人」と言われるのだから、「『古今亭志ん生』が降りてきたのだ」と言い張ることができる。
253(07.01)
2007年が始まった。なぜかと言うと、1月1日になったからだ。ただ、今の1月1日が「年の始まりの日」になったのはたまたまのことで、他の364日にも「年の始まりの日」になる可能性はあったはずだ。
今の2月14日が「年の始まりの日」だったら、女の子が好意を寄せている男の子に「餅」を渡す。「義理餅」の場合もある。
今の3月3日が「年の始まりの日」だったら、「雛あられ」入りの雑煮を食べる。
今の4月1日が「年の始まりの日」だったら、「ウソ」しか書いていない年賀状を読む。
今の6月下旬〜7月上旬の某日が「年の始まりの日」だったら、「ジメジメ」とした中、憂鬱な気分で新しい年を迎える。
今の8月某日が「年の始まりの日」だったら、「冷やし雑煮」を食べながら、Tシャツに短パンで「書き初め」をする。
今の9月某日が「年の始まりの日」だったら、台風上陸で暴風雨の中「初詣」に行く。
今の12月25日が「年の始まりの日」だったら、「クリスマスケーキ入り雑煮」を食べる。初詣に行くと、神社が電飾でキラキラしていて、狛犬がトナカイに置き換えられ、神主が「赤い服」を着ている。
今の12月31日が「年の始まりの日」だったら、「そば」と「雑煮」を同時に食べながら、「紅白歌合戦」と「新春かくし芸大会」を同時に観ながら、「過去1年間の反省」と「これからの1年の抱負」を同時に考える。
254(07.02)
英語の月の名前は、9月から12月までが「2つ」ズレている。セプテンバーの「セプト」、オクトーバーの「オクト」、ノベンバーの「ノベン」、ディセンバーの「ディセン」はラテン語でそれぞれ「7」「8」「9」「10」を表す。スペイン語だと「Siete」「Ocho」「Nueve」「Diez」だからそっくりだ。「Octopus(足が8本)」とか「Octave(8度)」などは思いっきり「8」に関係している。何故そんなふうに「2つ」ズレたのかというと、もともと古代ローマでは10ヶ月(304日)を1年としていて、1月から4月まではローマの神々の名前が付けられ、それぞれ「マルティス」「アプリウス」「マイウス」「ユニウス」と呼ばれ、残りの5月から10月までは、それぞれ5から10の数を表す「クィンティリウス」「セクスティリス」「セプテンベル」「オクトベル」「ノウェンベル」「デケンベル」と呼ばれた。その後、1年が304日ではどんどん季節がズレていくので、2ヶ月足して355日にされた。で、11月と12月が加えられ、やっぱり神の名前から「ヤヌアリウス」「フェブルアリウス」とされた。さらに、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が登場し、何故か1年の始まりを「ヤヌアリウス」に変えてしまったので、その時点では7月から12月が「2つ」ズレた状態になったわけだ。しかも、横暴なことに7月の「クィンティリウス」を「ユリウス」という自分の名前に変えてしまたのだ。さらに後にローマの初代皇帝アウグストゥスも8月の「セクスティリス」を「アウグストゥス」に変え、結局現在の9月から12月がオカシな呼び方になっている。
そもそも「神の名前」と「数の名前」を混ぜてしまうというネーミングのセンスにも疑問を感じるが、何より強引に1年の始まりを2ヶ月ズラシてしまったシーザーがスゴいわ。昔って何でもアリだったのね。(次回「2月の受難」に続く、と思う)
255(07.03)
というわけで、英語の月の名前がおかしなことになったようだ。今度は、各月の日数を考えてみる。どうして2月だけが、ほかの月より日数が少ないのか。前回も触れたが、もともとは3月が一年の始まりだったので、2月は一年の最後の月だった。で、3月から順番に31日、30日、31日、30日・・・と、並べて一年を366日としていた。つまり、その時点で、2月はまだ30日だったのだ。ところが、どうやら366日では一年が長過ぎるようだと気付き、一日減らそうということになり、一年の最後の月である2月を一日減らした。この時点で2月は29日。そこで例の「アウグストゥス」の登場だ。シーザーにならって強引に8月に自分の名前を付けてしまったという乱暴な人だ。このアウグストゥスが、シーザーの名前が付いている7月が31日あるのに、自分の名前を付けた8月が30日しかないのは「オモシロくないっ!」とイカった。「ワシの名前が付いている月が、シーザーの名前の月より日数が少ないとは何ごとか!ただちに8月を31日にしなさいっ!どうせハンパな日数なのだから、2月から一日持って来なさい!」という経緯で2月は28日という、少ない日数にされてしまったのだ。7、8月以外の月にも、その後の権力者の名前が付けられていたら、さらに2月は日数を削られていたかもしれない。まだ、28日残っているだけでも良かったのかもね。